14 繋ぐ意志
まだ、動ける…
タスクはなんとか衝撃から立ち直ると、地面を踏み締め剣を握り直した。そして、倒れているイオの下へ向かう魔物へ駆け出す。
立ち上がろうとしているイオへ向かっていた魔物は、タスクが近づいてきた事を察知するとすぐにタスクの方へ頭を向け口を開き襲いかかった。タスクは既の所で躱すと、すれ違い様に閉じかけていた口に剣を差し入れ口の端を目掛けて切り込んだ。しかし剣が掛かる寸前で魔物が強く口を閉じ剣を咥え、そのまま剣を握るタスクごと持ち上げ地面へ激しく叩きつけた。
「っ…!」
タスクは体に衝撃が走ると同時に視界が弾け飛んだ。
イオが体の痛みを堪えて立ち上がると、タスクが魔物に持ち上げられているのが目に入った。急いで魔物へ駆け出すが、タスクはそのまま地面へ叩きつけられてしまう。
まずい!
タスクへの強い攻撃に歯を噛み締めたイオは、魔物がタスクに気を取られているうちに胴体へ近寄ると手をついて上に飛び乗り背を伝って首元へ駆け上がった。そして、首元へ近づくと剣を振り上げ飛びかかる。だが、剣が首へ掛かる直前で横から飛んで来た尾に弾き飛ばされてしまった。宙を飛び地面に叩きつけられたイオは、手足がバラバラになるような衝撃に息ができなくなった。
このままじゃ……
全身を突き抜ける痛みに視界が暗くなる中、意識を手放さないよう気力の端を必死に掴むことしかできなかった。
タスクは視界が遠ざかるのをなんとか繋ぎ止めていた。
体に力が入らず動かすことができない。
魔物が動く音だろうか、何処かから重いものが地面をずり動くような低い音が聞こえる。
このままじゃ…
そう考えた先に出てきた言葉は「死」だった。
俺はここで…死ぬのか…
その言葉が過ぎった途端、胸の辺りを鷲掴みにされたような気がした。
自分が死ぬかもしれない事は覚悟していたつもりだった。だが、実際に目の前に死が近づくとそれまでの覚悟では補いきれない感覚が湧き出す。心臓が冷たく冷えつつも暴れ出しそうになるのを押さえ付ける。
どうすればいい…
不意に、ある言葉が蘇った。
–––必ず、生きて帰ろう–––
その言葉が頭で響くと共に、剣を握る手に僅かに力が入った。
それは、ホースキの町を出て暫く経った頃だった–––
不意にイオが、タスクの名前を呼んだ。
「ん?…」
振り向いたタスクは、イオの真剣な様子に言葉を飲み込むと静かに次の言葉を待った。
「ミールも言ってたけど…この剣を握っているかぎり私たちのどちらか、もしくは両方の命が無くなるかもしれない。この前草の魔物を私たちが斬ったように、次は私たちが斬られる番かもしれない。でも…」
そこて正面を向いていたイオと目が合った。
「必ず、生きて村に帰ろうね」
その強い意志が込められた瞳に、僅かに喉を詰まらせたがすぐに一つ頷く。
「ああ。必ず、2人で一緒に帰ろう」
–––タスクは剣を握る手に更に力を込めた。
いつの間にか、剣から温かな光の力が手を伝って体に流れてきている。
イオは、どうなった…
光の力が体に流れたところから、まるで水に溶けるように痛みが軽くなっていく。
動け…
タスクが腕に力を込めると痛みはあるが、それまで動かなかった体が動く。軋むような痛みを無視して体を起こすと、荒く息を吐きながら地面を踏み締めた。顔を上げるとタスクに背を向けて何処かへ向かう魔物の姿が目に映る。タスクは剣を握り直すと、地面を蹴り駆け出した。
水が流れる僅かな音が、まるでイオの意識を呼び戻すかのように耳に届く。どうやら、イオが倒れていたのは川の流れの近くだったようだ。それと同時に、手放さずにいた剣の感触が掌に伝わってくる。剣の柄から温かな光の力の存在がわかり、イオはすぐに光の力を体に引き寄せた。光の力が触れた所から体の痛みが楽になっていく。それまで動かすことができなかった体が動き、剣が触れていた手に力を込めた。
言った本人が倒れてたらダメだよね。
必ず生きて帰ろうと言った、ホースキの町を出てから交わしたタスクとの会話が蘇る。無謀な事のように思った闇の力への対抗だが、踏み込んだのなら死ぬ気など無かった。
光の神が身体の機能を強化したのなら、痛めた体が光の力で動くようになるかもしれない…
その思いを肯定するかのように、身体も自然と光の力を全身へ巡らせている。
まだ、戦える…
悲鳴を上げそうになる痛みを堪えて、体に力を入れて起き上がる。息を大きく吐き出し顔を上げると、何かを追うように頭を巡らす魔物の姿が見えた。
魔物の背後から近づいたタスクは、魔物の横に迫ると離れた川縁にイオが倒れているのが見えた。
とりあえず、こっちを向け!
タスクはすぐさま剣を振り下ろし胴体を切り付けた。やはり傷を付けることは出来なかったが、魔物が瞬時に後ろを振り向く。タスクがその場を離れると、そこを狙って魔物が噛み付いてきた。間一髪攻撃を躱すが、一度頭を上げた魔物は追い打ちをかけるようにさらに頭を振り下ろす。タスクは必死に脚を動かし轟音を立てて地面にぶつかる魔物の一撃を躱し距離を取ると、脚がふらつきそうになるのを歯を食いしばり耐え剣を握りなおした。
「タスク!」
すると、離れた所からイオの声が聞こえてきた。
はっとして振り向くと、少し離れた所で魔物に顔を向けたままのイオが立っていた。そして、タスクが何かを言う前にイオが言葉を続ける。
「剣に祷力を込めて、魔物の首元を狙って!」
「な…」
「神殿でミールから教わった事を思い出して!」
イオはそう話しながら魔物に向けて剣を構える。すると、イオの握る剣に変化が起こったことを感じ取りタスクは目を見張った。
「あれは…」
剣の見た目の変化や光を発しているわけではないが、光の力の存在感が増し、まるで剣が大きくなったかのような感覚を覚える。
タスクがその変化に驚くが早いか、イオは近づく魔物に向けて駆け出した。
魔物に迫ったイオは、首を上げて口を開き襲いかかる魔物を横へ避けると首へ向けて走り込んだ。しかし魔物が頭を振ったため咄嗟に後ろへ飛び退き躱そうとしたが、躱しきれずに腕に頭が掠った。
「っ…!」
倒れそうになったところを腕でなんとか支え体を反転させ立ち上がると、続けて向かって来た魔物から距離を取るために後ろへ下がる。そのまま続けて後ろへ下がったところで、片足が水を踏む軽い水飛沫の音が聞こえてきた。川へ踏み入れた事に気がついたイオだが、さらに一歩後ろへ下がり完全に両足を水へ浸ける。そして剣の先を水に差し込むと、目前へ近づいた魔物の顔に向けて川の水を切り上げた。すると迫る魔物の顔へ、水飛沫と言うには大きい拳大の水の塊が数個飛びかかった。水の塊は魔物の目に当たり、魔物は視界を覆った水を振り払うように唸りながら小刻みに頭を振る。しかし、それと同時に横から魔物の尾が飛んできて、弾き飛ばされたイオは大きな音を立てて川に突っ込んだ。
イオが魔物へ駆け出した後、タスクもすぐに剣を構えた。
ミールから光の力の使い方を教わってからタスクもイオと一緒に使い方の練習を続けてきたが、剣に祷力を流すことで変化がある事には気が付かなかった。未だ光の力と祷力を別けて認識することは難しいが、光の力と混ざった祷力を剣へ流す事はできる。
タスクはすぐに、体に流れていた光の力を剣へ送り出す。体から戻った光の力が刀身へ流れると、先ほどイオが見せたような剣の変化を感じることができた。剣へ光の力を戻しながら、タスクはイオを追って行った魔物へ走り出す。
タスクが魔物の背後に近づくと頭を上げた魔物が小刻みに顔を振るのが見えた。続けて前方から大きな音がしたがそれには構わず、魔物の体に飛び乗り首元を目掛けて駆け上がる。そして首元へ飛びかかり、顔から何かを振り払ったところの魔物へ剣を振り下ろした。祷力を詰められるだけ詰めた剣は、硬い鱗を割り首深くへ食い込んだ。首を大きく切り抜けたタスクがすぐに魔物の元から後退すると、魔物が空気の抜けるような呻き声を発しながら地面に蹲る。
もう一つ!
傷を庇うように体を折り畳んだ魔物へ向け、タスクはすぐさまもう一度切り掛かった。祷力を込めた剣を先ほど切り付けた所の反対側へ振り下ろす。鱗が割れ剣が食い込むと魔物が瞬時に動き、頭をタスクに向けもがくように襲いかかった。すぐにその場から離れ後退したタスクだが、魔物の勢いから逃れきれず鋭い牙が迫る。覚悟をして剣を持ち上げたその時、タスクの横を何かが素早く通り過ぎた。気がつくとイオがタスクの前に入り込み、魔物が開いた口を横から切り付けていた。口の端から首にかけて切り込まれた魔物は、イオの勢いに押されるように横倒しになった。倒れた魔物は暫く呻くように身動いだが、程なくして力が抜けたように動かなくなった。その後暫くして顔の先から透明になり始め、それはまるで透明な炎に覆われるように全身に広がり次第に空気に紛れていく。
魔物の気配が薄らいだ事を確認すると、タスクはしゃがんだままのイオの元へ向かうため一歩踏み出そうとした。しかし脚が全く動かず、全身が動かないままその場に倒れてしまった。
動かねぇ…
まるで体中が錘をつけたように重く、何の抵抗もできないままタスクの意識は暗闇へと吸い込まれていった。
魔物の気配が薄れその姿が消えゆく中、イオの背後で重い物が落ちる音が聞こえてきた。振り返ろうとしたが、体が重く言う事を聞かない。そのまま水を吸って重くなった衣服に引き摺られるように地面へ倒れたイオは、魔物が消えていく様を最後に視界に映し意識を手放した。
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