12 選ぶもの
「結晶の神殿の一つはナウリの村にあります」
「え…」
「…イオ?」
声を上げて固まったイオをタスクは振り向いた。
「知っている場所でしたか?」
「うん…。私が産まれた村なの。小さい時に引っ越したけど…」
穏やかに問いかけるミールにイオは呆然としたまま頷いた。
「そっか、イオは小さい時にフーイリに来たんだっけ。じゃ、道案内は頼んだぜ」
タスクは明るく笑いながら軽快にイオの肩を叩くと、イオは叩かれた肩をさすりながら眉を寄せた。
「道案内って、もう何年も行ってないからそんなに詳しくないよ」
2人の様子を微笑んで見ていたミールは、そこでふと表情を曇らせた。
「…申し訳ありませんが、結晶の神殿へ私は一緒に行くことができません」
「そうなのか?」
聞き返すタスクにミールは頷く。
「まだ調べきれていない神殿があるのです。私は残りの神殿の調査を続けますので、2人で各地の神殿を回ってほしいのです。神殿と神殿には見えない繋がりがあり、お互いの声を遠く離れた神殿まで届けるができます。2人が結晶の神殿に到着したところで、私が神々の神殿から呼びかけて結晶を呼び出す手助けをしましょう。その時に他の神殿についてわかったことを知らせます」
「…わかった。神殿には2人で行くね。それにしても、神殿ってそんなに色んな機能があるんだね。とても大昔に建てられたなんて信じられない…」
イオは呆れたかのように緩く首を振った。
「神々の神殿や各地の神殿は皆、恵みの力が使えた頃に建てられました。その頃は、今とは違った技術が存在していたようです。お陰で、神殿の事を調べるのに時間がかかっていますが、できるだけ早く調べ上げて2人に伝えます」
「わかった。調査はミールに任せるから、こっちも任せろ」
腕を組みながら大仰に言うタスクを横目に、イオは溜め息を吐きながらも頷いた。
その後神殿を出たタスクとイオは、ナウリの村へ向かうための準備に麓の町へ降りることにした。
2人を見送りに神殿の外に出たミールは、手を振る2人に手を振り返し姿が見えなくなるまでその場に留まっていた。そんなミールの下へアルミスが歩み寄る。
「全てを伝えられましたか?」
「…今、伝えるべき事は伝えました」
振り返らずに答えたミールの視線の先をアルミスも眺める。
「いずれわかる事です。彼ら自身で戦うことを決めたのなら、全てを伝えて備えさせても良いのでは?」
「…彼らはまだ、周りの変化に追いつくのに手一杯のはず。この先は、いずれ必要な時に伝えます」
ミールの静かな言葉に、アルミスは僅かに眉を寄せた。
「…ミール様は、優しすぎるのでは」
「優しいかどうかは、彼らが決める事です」
自嘲のような笑みを残してミールは神殿へ戻った。
「本当にいるとはな」
タスクの目の前では、道端の草が瞬く間に巨大化し闇の魔物の姿を現していた。
ホースキの町を出て暫く歩いた頃、不意に足元から寒気の様な感覚が襲い急いでその場から離れたところだった。神々の神殿を出る前にミールから、ナウリの村の方角から闇の力の気配があるため気をつけるように言われていたこともあり、2人はすぐに身構えることができた。
「ミールは、こんなに離れた所にいる魔物を感知していたの?」
徒歩での移動であったが、早朝に町を出て今は太陽も天頂を過ぎ、神殿のあった山や町の気配は全く感じられない距離まで来ている。
光の力を使いこなせるようになれば、遠く離れた所にいる闇の力の気配もわかるようになるのだろうか。
そんな事を考えながら地面に網のように茎を広げる闇の魔物を見ていると、茎の先に付いた葉に見覚えがある事に気がついた。
「あれって、コシラカみたいじゃない?」
イオの問いかけにタスクは改めて魔物の姿を見た。
コシラカは何処にでも生えている野草で、地面に這うように茎を伸ばし先端に丸い葉を持っている。花の季節には小さな白い花をつけ、季節の移り変わりを伝える馴染みのある植物である。
「言われてみれば、あの丸い葉っぱはコシラカだな」
興味深そうにしげしげと観察するタスクの横で、イオは気落ちしたように眉尻を下げた。
「あの花まで魔物になっちゃうなんて…」
「来るぞ、構えろ」
巨大化が止まった魔物が茎をうねらせ、その先を2人に向かって振りかぶる。鞭のようにしなり伸ばされた茎を2人はそれぞれ躱し走りだし、手をかけていた剣を一気に引き抜いた。
すると視界が開けるかのように明瞭になり、周囲の様子がはっきりと捉えられるようになった。気が付けずにいた動揺は一瞬で収まり、迫り来る魔物の茎に狙いを定める。
タスクは剣を振り向かってきた茎を避けると、草の根元である茎の発生源へ向けて踏み込んだ。しかし、密集した茎にすぐに行手を阻まれる。素早く身を屈めると、頭上すれすれを茎が横切っていく。その隙に一歩前に進むが、そこへも別の茎がしなり伸びてきたため急いで剣を振り下ろして切り落とす。
「切りがないな」
思わず呟いたタスクから離れた所では、イオが向かって来た茎を切り落としたところだった。草の根元へ向かおうにも、半歩進む度に茎があらゆる方向から向かってくるため思うように動けずにいた。足元に転がる茎が増えていく中、タスクが茎の間を縫うように前進しているのが視界に入った。
「相手の手数が多い。無闇に突っ込むな!」
「注意を拡散してるんだろ。何とかしろ!」
「まったく」
イオはため息を吐くと向かって来ていた茎を避け、続けて近くの茎を切り落とした。
何気なく交わされた言葉の2人なら気付けたかもしれない違和感は、魔物との戦闘でうやむやになり何事も無かったかのように過ぎていく。
「俺に植物をけしかけるとは、良い度胸だ」
タスクが思わず呟いた言葉は、タスクが疑問に思う隙もなく死角から近づく茎が意識を持っていく。そのまま2人は目の前の魔物を倒す為、戦闘に集中していった。
目の前の茎を切り落としたイオは、根元への進入を幾重にも重なって阻んでいた茎が僅かに緩んでいる事に気づいた。すかさず目の前の茎を乗り越えると、根元へ向けて走り込む。行手を遮る茎を潜り距離を縮め、遅れて伸びて来た茎を薙ぎ払うと根元の目の前まで辿り着いた。すぐさま、根元を覆う茎へ剣を振るう。切られた茎の隙間から根元が見えたが、最後の一手よりも背後に迫る茎の方が早かった。
「だめかっ」
迫る茎に気がついたイオはすぐに振り向き切り落としたが、無数の茎が押し寄せる中その場に留まる事ができず後退するしかなかった。
イオが根元に近づいた頃、タスクを取り囲んでいた茎の包囲網が僅かに緩んだ。すぐに茎の隙間をすり抜け、根元へ迫る。イオが根元から離れるのと入れ替わるように根元へ辿り着いたタスクは、駆け込んだ勢いのまま根元を覆う茎に剣を振った。そして、倒れ落ちる茎の間から覗く根元を認めると力を込め剣を突き立てた。
「どうだ!」
手に伝わる感触を確認し素早く身を引くと、目の前に襲いかかって来ていた茎が倒れ込んできた。振り向きざまに向かって来ていた茎を剣で払い後退したが、辺りを見ると蠢いていた茎が時が止まったかのように動きを止めているようだった。タスクが茎の間を抜け離れる頃には、まるで萎れるように茎が地面に倒れていった。
タスクとイオは乱れた呼吸を整えながら、静かに透き通りだし消えていく魔物を見つめた。
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