*閑話* 探る





王城、ミールの執務室。


タスクとイオが神々の神殿に向かって暫く経った頃、ミールは書類を手に椅子に腰掛けていた。机には、様々な書類が並べられている。


「以上、魔物の以前からの活発化以外は特に変化はないようです」


ミールが待つ書類を持ってきた高官が、机の前に立ち報告を終えた。


「わかりました。ありがとう」


ミールは一つ息を吐くと高官を下がらせた。

闇の神が降り立ってから国の各地で変化が無いか探らせていたが、魔物の大きな動きなど目に見えての変化は無いようだった。探らせようとしても闇の使い手がどんな動きをするのか特定ができないため、魔物の動きや事件や事故が増えていないかなどの大雑把な変化を探らせる事しかできず、調査を頼むにも限界があった。


国の各地で僅かに違和感を感じるけれど、やはり自分で確かめるしかないか…


ミールはここ数日、国の方々から妙な気配を感じていたが、気配が微かなためそれが闇の力の気配なのか何かの勘違いなのか掴めないでいた。


ミールが書類に目を通していると、扉を叩く音がした。


「失礼します。馬車の準備が調いました」


了承の返事をすると、顔を見せたのはアルミスだった。


「ありがとう。すぐに準備をして向かいます」


これからミールは神々の神殿に向かう予定であった。

神々の神殿で光の使い手を待つ為と、神殿には過去の光と闇の神の伝説についての多くの資料が収められており、その資料を再び調べるつもりである。


ミールは手早く支度を済ませると、馬車で神々の神殿へと出発した。

神々の神殿があるホースキの町へは、王都からそれほど離れていないため2・3時間で到着できるはずだ。

道中でもミールは、出来るだけ資料の確認をしていた。

光の神から光の力を授かった後、徐々に光の力や恵みの力の元になる祷力とうりょくが使えるようになりわかった事があった。それまでは、あまり意味のない内容の資料が恵みの力や祷力を使う事により違う意味が読み取れるようになる事があるのだ。

文字の書いてある資料に祷力を流す事で別の文章が浮かび上がり、元の文章と合わせる事で初めて本当の意味を読み解く事ができるのである。これまでいくら調べても核心に迫る内容が出てこなかったが、これにより幾つもの謎が解明できた。まだ一部しか読み解けていないが、全て読み解く事ができれば闇の力に対して有力な情報を得る事ができるかもしれない。

資料を読み進める度に、失われた過去の技術力の高さに驚かされる。祷力で文字が浮かび上がる書物など、どのように作られたのか想像もつかない。


馬車の揺れの中、簡単に目を通す事のできる資料を見ていると不意に背筋に寒気が走るような感覚があった。


「っ!馬車を止めて!」


ミールは咄嗟に御者へ指示を出した。


「えっ、止まるのですか?」


ホースキの町はまだ先であるにも関わらず、ミールの突然の声に御者は戸惑いの声を上げる。


「ええ、今すぐ!」


ミールの慌てた様な声に御者は馬車のスピードを緩め道端に止まった。

馬車が止まるとミールは軽やかに馬車から降り、馬車の前方へ回る。


「ミール様、どうされたのですか?」


すぐに護衛として同行していたアルミスが後を追いかけてきた。

今回は式典などの公務での訪問では無いため、同行はアルミスのみのごく少人数で移動していた。

後ろから近づいたアルミスをミールは手を上げて止めた。


「闇の力の気配があります。闇の魔物が近くにいる可能性が高い。私が様子を見るので、アルミスは後方で周囲の警戒を」


「でしたら、私が先に行きます」


はっとしたように言うアルミスに、ミールは一度振り向く。

アルミスの険しい表情に心配が見え隠れしたような気がして、ミールはふと表情を緩めた。


「闇の魔物は、光の力に反応して姿を現す可能性があります。まず、私が行き相手を誘い出します」


「…承知致しました」


言葉を飲み込むようにして返事をしたアルミスに一つ頷くと、ミールは正面に向き直り闇の力の気配がする方へ歩みを進めた。

アルミスは、正確には光の神から光の力を授かった光の使い手ではない。

光の神が地上に降り立った際にアルミスも近くにいたため、光の神からミールの補佐ができるようにアルミスにも光の力の加護が与えられていた。しかし光の力が使える訳ではないため、情報の少ない闇の力に相対した時に闇の力の気配を探る事ができる光の力が使えないアルミスに最初の対応をさせるのはミールには不安だった。


闇の力の気配に近づくと、前方に小さな草がまとまって生えていることに気がついた。そして闇の力はその草の辺りから感じられる。

何の変哲もなく見える草が闇の気配の発生源なのか、それともその下の地面からなのか。

ミールは慎重に気配を探りながら歩みを進めた。


気配の元まで1メートル程の距離に近づいたとき、草が不自然に動いた気がした。

ミールが足を止め身構えるのと同時に、草の一つが瞬く間に巨大化し、四方へ伸び地面を這っていた茎はまるで太い鞭のようにうねりながら大きくなっていく。

普通の植物の成長ではあり得ない大きさと変化の速さは、魔物でも聞いた事がなかった。

ミールはすぐに後ろへ下がり、草との距離を取った。先程ミールが居た場所は太く成長した茎がうねっている。


闇の力の気配が強くなった。間違いない、あの草が闇の魔物で気配の正体…


ミールは素早く後ろのアルミスへ視線を走らせた。


「アルミス!私が前に出ます。アルミスは援護を」


「っ…、承知致しました」


アルミスの返事を聞きながら、ミールは片手を前に伸ばす。

すると、伸ばした手が僅かに白い光に覆われその前に小さな白い光の粒が集まり出した。無数に現れた光の粒は瞬く間に細長い形を象ると、ミールが握った途端に光が一瞬にして消えそこには一本の槍が現れていた。

ミールは長い槍を軽く一振りすると、草の魔物へ向けて駆け出す。


巨大化した草の魔物は四方八方に蔓のように茎を伸ばし、茎の大元の発生源には上に伸びた茎が1メートル程の高さまでになっている。そして、闇の力の気配もその辺りから最も強く感じる。

近づくミールに気付いたのか、茎が数本ミールに向けてうねりながら向かってきた。茎の至る所には小さな葉があり、触れれば切れてしまいそうな鈍い光を反射している。

茎が勢いよく飛んでくると、ミールは素早く足を踏み替え茎に向けて槍を振った。さらに向かって来ていた茎を槍の柄が素早く弾くと、緩んだ茎に鋭い光の弧が走る。

地面に切られた茎が転がると、開けた道をすかさず駆けていく。それでも、無数に伸びた茎は次々にミールへ向かってくる。襲い来る茎の合間を槍が弧を描き、槍の残像の中でミールは前に進もうとするが、いくら茎を切り落としても思うように前に進めない。


流石に数が多いか…


ミールが一旦周囲の茎を切り落とすと、その外側から回り込むように別の茎が背後から向かって来た。

ミールがその気配に気づいた途端、茎が切られ地面に落ちる。

アルミスが背後に迫っていた茎や残りの茎を切り落としていたのだ。

アルミスの存在を確認したミールは僅かに緩んだ茎の動きを見逃さずに、茎の中心部へ踏み込む。

向かい来る茎を躱し、根元を覆うように生えていた茎を薙ぎ払うと、漸く根元が姿を表した。ミールは素早く狙いを定め、根元を力を込め貫く。


闇の力の強い中心を突けば、動きを止めるはず!


ミールは素早く根元を離れると、横から向かって来ていた茎をふりはらった。すると、振り払われた茎は再び襲ってくることは無く力が抜けたように地面に横たわった。周囲でも、先程まで力強くうねっていた茎が動きを止め地面に萎れたように横たわっている。

魔物が完全に動きを止めた事を確認していると、茎の切られた所からその姿が透き通りだし、魔物全体へ広がると僅かな光のカケラだけを残し、跡形も無く消えてしまった。


その様子を見てミールは一つ息を吐き出した。


「ミール様!」


背後からの呼び掛けに振り返ると、アルミスが駆けてくるところだった。


「怪我はありませんか?」


怪我が無いか真っ先に確認するミールに、アルミスは困ったように眉を寄せた。


「私は大丈夫です。それよりも、ミール様はお怪我はありませんか?」


「ええ、アルミスのお陰で無事に倒せました。御者も大丈夫そうね」


離れた所でじっとしていた馬車の方を見ながらほっとしたように表情を緩めるミールに、アルミスは溜め息を吐いた。


「あれほど手数が多い相手に1人で向かうなど、無謀にも程があります。ミール様に何かあってからでは遅いのです。もう少し私を使ってください。その為の護衛なのですから」


「…わかったわ。次は気をつけます」


必死に訴えるように言うアルミスに、ミールは苦笑いで頷いた。

昔から共に訓練を重ねてきたアルミスなら、ミールの間合いを見ながら的確に援護をしてくれると思っていた。

とは、流石に言えなかった。


「少し遅くなってしまいましたね。先に進みましょう」


先程の戦闘を物ともしない様子で歩いていくミールに、アルミスは一つ息をついた。






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