9 覚悟





「…この戦いを、引き受けてくださいますか?」


その言葉にタスクとイオは動きを止めた。


「それは…、どういう事ですか?」


イオの言葉にミールは表情を改めて言葉を続ける。


「光の神からのお願いに、協力を申し出てくださった事は分かっています。しかしその後、闇の魔物に実際に遭遇しこれから起こる事をその身で実感する事ができたはず。これからは、更に強力な闇の魔物も現れます。人を切る事もあるでしょう。自身の命が失われるかもしれません。…それでも、その剣を握って共に歩んでくださいますか」


穏やかな口調ながらも、瞳の奥に確かな意志を感じイオとタスクは言葉を詰まらせた。

言葉を発する事ができないでいる2人に、ミールはふと表情を和らげる。


「本音を言えば…、実際に闇の魔物に相対した事で戦う決意が揺らぎ、立ち向かう事が出来なくなってしまうのが恐ろしいのです。貴方達は、もっと違う命の使い方を選んでも良いのです」


剣を握り相手の命を奪う覚悟、自分の命を奪われる覚悟はあるのか。本当にこの戦う道を選んでもいいのか、最後までやり切る覚悟があるのか…


タスクは、ミールの言葉を自分の中で繰り返し口を開いた。


「もし…、俺達がこの戦いから降りたら、どうするんですか…」


「お2人の協力が得られなかった時は、他の協力者を探し直します。ですが、たとえ協力者が見つからなかったとしても、私は1人ででも闇の力に立ち向かいます」


はっきりと言い切るミールのその揺るがない姿に、2人は胸が一つ大きな音を立てたような感覚を覚えた。


「…剣を握る覚悟、だっけか。似たような事、先生に言われたな」


タスクは手元の白い剣を見下ろした。


タスクとイオは村を出る際に、剣を教わっていた先生に会いに行っていた。

本来なら2人はまだ学生であり、それぞれの学校に通っていた。その為、学校を休み村を出る理由として、王都にある警備隊の養成校に一時入学する事になっている。王都の養成校は他の養成校に比べて入学が難しいのだが、ミールに会う事になった剣技大会で優勝したことを評価され、特別に一時入学が許されたと言う筋書きになっている。剣技大会に出場するきっかけになったのは、村で剣技教室を開いている先生に勧められたからで、養成校に行く足掛かりとなった先生には事前に挨拶へ行っていた。

語伝には本当の理由を話す事は止められていたのだが、後に警備隊として剣を握る可能性が出てきたからか、それとも何かを感じ取ったのか、先生はお祝いの言葉と共に剣を握る覚悟について話してくれた。



「君達は今まで、此処で剣技を身につけてきたが、それは競技としての剣技だ。今後は競技用の剣ではなく、本物の武器となる剣を握る事もあるだろう。

剣を握る事は、相手の命を奪う事にも繋がる。そしてそれは同時に、自分の命も奪われる覚悟をしなければならない。

剣を握る時には、どちらの覚悟もすること。それができなければ、人を襲う魔物と同じになってしまう。

その事を忘れずに、精励しなさい」


普段は穏やかな雰囲気のおじさんなのだが、元警備隊でさまざまな経験を重ねてきた先生の言葉は2人の背筋を伸ばすには十分だった。



「…そう…だったね…」


イオもタスクと同じ事を思い出したのか、懐かしそうに目を細めた。


「…俺の意思は変わらない。この戦いを引き受けます」


タスクは真っ直ぐにミールを見つめた。


「一度知った以上、放り出す事はできない。俺に出来る事をしたい」


「…私も、引き受けます。ですが、その前にお聞きしたい事があります」


静かに話すイオに、ミールはゆっくりと頷いた。


「私にわかる事なら何でもお答えします」


その言葉に一つ息を吸い心を落ち着けるように吐くと、イオはミールを真っ直ぐに見つめた。


「まず初めに…2つ、お聞きします。

1つは、私達が光の使い手として選ばれた理由と、いつ選ばれたのかです。

私達が光の神と出会ってからすぐに、語伝が身の回りの手配を手伝ってくれました。王家からの手紙や、学校の事は以前から準備していなければあの時に手配出来なかったはず」


タスクは語伝と話をした時の事を思い出した。

確かに、まるでタスク達が光の使い手に選ばれる事が初めから決まっていたかのような準備の良さだった。王家からの手紙も、タスク達に向けての言葉だったようにも思える。


「もう1つは、…光の神に私達が協力することを伝えた時に、私達の意思を操作するような事はしていませんか…」


イオの言葉にタスクは顔を上げた。

イオはただ真っ直ぐにミールを見つめている。


「私達はあの時、過去の光と闇の戦いの記憶を見ました。私達は戦うことになるとわかったはずなのに、深く考える前に協力を言い出そうとしていた。考え無しに協力できることではないのに、その時の状況には違和感があります。

もし、私達が逃げ出さないようにする為に何らかの操作をしていたのなら教えてください。…今更辞める気はありませんが、自分で選んだ事であることを大切にしたい…」


言葉にしながらイオは手を握りしめていた。

ミールはその様子を見て、一度目を閉じてから口を開いた。


「一つづつお答えしましょう。

まずは、お2人が選ばれた理由と選ばれた時期について。選ばれた理由は光の神から聞いているかもしれませんが、お2人が光の力を扱う素質があった事と、戦闘になった時に戦う事ができると見込まれた為だと光の神から伺っています。

そして、私がお2人が選ばれた事を聞いたのは先日光の神が降り立ったときです」


そこで、ミールがふと苦笑いを零した。


「いえ…正確には、誰が選ばれたのかの詳細を聞いたのは光の神が降り立ったときで、その一年ほど前には、光の使い手の候補となる人物がいることを聞いていました」


「え…」


タスクが思わず漏らした声にミールは僅かに頷くと、穏やかに言葉を続ける。


「私は以前から、時たま光の神の声を聞いていました。その中で、光の使い手の候補となる人物が国の北西の外れにある村にいる事を聞いたのです。調べたところ、その方角にフーイリの村があり光と闇の神の伝承を色濃く伝えている所であることがわかりました。光の使い手の候補者であるならば、剣技などを身につけている可能性があると思い、私はその地域で行われた剣技大会に視察に行きました。結果として予想は当たり、フーイリの村から参加していたお2人と顔を合わせることができました。その時はお2人が候補者である確信はありませんでしたが、村で伝承を守っている語伝に連絡を取り協力を要請しました。もちろん、その他の候補者が居そうな所へも協力の要請をしていましたが、お2人が光の使い手である事を想定して準備を整えてきたのは事実です」


イオは僅かに視線を逸らしてから顔を上げた。


「1年前から、私達が選ばれていて準備されていたと言うことですか…」


「はい。光の神達は時間の感覚が違うので、1日くらいの感覚だったでしょうが」


ミールが頷くのを見て、イオは一つ息を吐いた。


「…わかりました」


タスクは横からイオの様子を見ると、ミールの話の続きを待った。


「2つ目の意思の操作をしたかについてですが、光の神がお2人に何をしたのかは正直なところ私にはわかりません。ただ、過去の記憶を見せて危機感を煽り、協力をするような流れを作っていなかったとは言い切れません。それでも、お2人が協力することを自身で選んでくれたのは事実です。私は、簡単ではなかった選択をしてくれたことをとても嬉しく思っています」


穏やかに微笑むミールを見て、イオは静かに口を開いた。


「…今後の為に、聞いておきたかったんです。…いざという時に、光の神に操作されたからと周りの所為にして逃げたくなかったから…」


ミールがゆっくり頷くのを見て、イオは苦笑いを零した。


「…後2つ、気になる事を聞いてもいいですか?」


「ええ、もちろん」






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