8 疑義





暗闇の中で男は不意に顔を上げた。


「一箇所、気配が消えたな…。中央辺りか…」


発せられた声は闇の中に溶けて直ぐに消えてゆく。

頭上に鬱蒼と茂る木々の先には分厚い雲が垂れ込め、日の光が差し込む隙間すらない。

目の前に広がる池も黒々としており、波も立てずに静まり返っている。


遠くで雷の音が聞こえる中、男はほくそ笑む。


「やっと現れたか…。これから、好きなだけ試させてもらおう…」


静かな笑い声に、池の水が僅かに漣を立てた。






初めて魔物を倒した後、タスクとイオは無事に目的の町に辿り着くことができた。

町はそれ程大きくはないが、夕暮れ前の賑やかな人の気配が感じられて思わずほっとする。宿もすぐに見つけることができ、2人は早々に休むことにした。


部屋に入り荷物を下ろしたタスクは、剣をベットの横へ置いた。

剣を眺めていると、改めて今日の事を思い出す。


あれは、どういう事だったんだ?


魔物が消えた事も気になるがもう一つ気になる事がある。

魔物が現れた時に、自分でも慌てていることを認識できないほど慌てていたにも拘らず、剣を握った事で一瞬にして冷静になれ、魔物に対して集中することができた。どうすれば魔物を倒せるのかも、まるで身体が覚えているかのように自然と動くことができた。

タスクは緩く首を振る。


覚えてるなんて、あるわけがない。魔物に会ったのも、倒したのも今日が初めてだ。

…あれのお陰なのか?


タスクは改めて白い剣を見つめた。




イオは剣を手に取った。

魔物の倒し方だけではない。戦いの最中の動きも、今までの自分より動けていたように思う。それは、タスクも同じように見えた。


身体能力が上がっている?

光の神は一体、何をしたのか…


イオは夕日の淡い光を反射する剣を見つめた。




その2日後、2人は予定通り神々の神殿のあるホースキの町に到着した。昼過ぎに到着した2人は、神殿の場所を聞くと早速向かうことにした。

神殿は、町の背後に聳えるように控える小さな山の頂上にあるようだ。町の人に聞いた時に、崖の様に切り立った山の頂上に小さな建物を確認することができた。

山を回り込むようにして登り、暫くすると木の影から建物が見えてきた。山頂に着くと木々が途切れ、開けた所に建つ神殿は白い壁と柱が特徴的な建物だった。飾りが少なく上に長く伸びる外観は、何処か厳かな雰囲気が漂っている。

青い空が映える外観を見上げながら建物の正面へ歩いて行くと、重厚なポーチの柱の陰から人が1人歩み出てきた。

その人物は神殿の入り口で立ち止まり、2人を待っているかのようだった。距離が縮まりその姿がわかるようになると、その人物は男性で警備隊の格好をしている事がわかった。警備隊は、街の治安維持や魔物の討伐などを行っている組織だ。

この辺りで何かあったのだろうか。

タスクとイオは顔を見合わせ、疑問に首を傾げながら神殿の前まで歩みを進めた。


2人が声の届く位置まで近づくと、警備隊の格好をした男性が口を開いた。


「ここは今、閉鎖されています。観光なら日を改めてください。それとも、何か別の御用ですか?」


落ち着いた様子の男性は、2人よりもいくつか年上に見えるが20代前半くらいだろうか。


「閉鎖、ですか。俺たちここへ来るように聞いて来たんですけど…。今は誰も居ないって事ですか?」


「ここへの呼び出し、ですか。失礼ですが、詳しい内容を聞いてもよろしいですか?」


「俺たちは…えーっと、何て言ったっけ?」


頭を掻き苦笑いするタスクに、イオは呆れを隠さずに溜息を吐いた。


「私達は王家からの手紙を受け取り、この神殿へ来ました。内容は、光の神と光の使い手についてです」


「…こちらで、暫くお待ちください」


男性は僅かに考える様な素振りの後、神殿の中へ入っていった。


「信じてもらえたかな」


閉じられた扉を見つめながらタスクが口を開く。


「あの人は、誰かを待っていたんだよ。それに何も知らなかったら、私達は今頃笑い飛ばされて帰されていたはず」


イオの言う通りなのか、暫くすると神殿の扉から出てきた男性から中へ入るように声が掛かった。




神殿内に入ると、静寂に包まれた広い空間が広がっていた。

白い壁と柱に囲まれた室内の正面の壁には、天井まで続く大きな壁画が描かれている。上の方にある、白く輝いているように描かれている丸い物は光の神を表しているのだろう。そして、空に登って行く光に地上で手を伸ばしたり胸に手を当てたりしている人々が描かれている。ここが、光の神が空へ帰っていった地である事を象徴しているのだろうか。

その壁画の下の方からこちらへ歩いて来る人物の姿があった。


「よく来てくださいました。どうぞ、こちらへ」


入り口を入ってから壁画を見上げて足を止めていたタスクとイオへ、部屋の中央へ歩み出て来た女性が声を掛けてきた。

その声に促され中央へ歩き出した2人に、その人物の顔がはっきりと見えてくる。

部屋の天井近くにある窓から降り注ぐ淡い日の光に照らされたその姿は、2人の記憶に引っかかるものがあった。


「あれ、貴方は何処かで…」


近づきながら何気なく呟いたタスクにイオがはっとして声を掛けた。


「タスクっ、あの方は王女のミール様だよ。剣技大会で会ったでしょ」


2人は以前、同世代が集い剣技を競う大会で優勝しており、その時に観覧に来ていた王女から表彰式で祝福の言葉をかけられていた。

国の半分程の地域から人が集まる、大きな大会であったことを思い出す。

その言葉を聞きミールは笑みを浮かべた。


「お久しぶりです。覚えていてくださって、ありがとうございます」


ミールの前に歩み寄ったイオは、床に膝をつき胸に手を当て頭を下げる最高位の礼をとった。

その様子を見たタスクも慌てて同じ礼をとる。


「礼は必要ありません。顔を上げて、同じ目線へ」


ミールの穏やかな言葉を聞き、イオとタスクは顔を見合わせて立ち上がった。


「改めて自己紹介させてくだい。私はミール。後ろに控えているのは、私の護衛を務めているアルミスです」


イオとタスクが振り返ると、後方に居た先程の男性が静かに胸に手を当て軽く頭を下げる略式の礼をした。


「お2人の名前を聞いてもよろしいですか?」


穏やかに微笑みを湛えるミールに促され、2人は慌てて名乗った。


「私は、イオと申します」


「俺は、タスクです」


「2人が来てくれて、本当によかった」


心からほっとしたようなミールの言葉に、イオが口を開いた。


「ミール様が、光の神が言っていた仲間なのですか?」


「はい。私達がお2人と同じ光の使い手です。これから、よろしくお願いします」


イオとタスクが返事をすると、背後から声が掛かった。


「ミール様、私は外で待機しております」


「ええ、お願いします」


アルミスが神殿を出て扉が閉まり、室内に静寂が訪れたところでミールが口を開いた。


「早速ですが、お2人はここへ来る際に闇の魔物に遭遇しましたね」


「…ここへ来る時に、草の魔物に会いました。…やはりあれは、闇の魔物だったのですか?」


ゆっくりと口にするイオに、ミールもゆっくり頷いた。


「ええ、お2人が遭遇したのは闇の魔物で間違いないでしょう」


ミールは一度言葉を区切ると、意志を固めるような間の後に言葉を繋げた。


「ここでお2人に、改めて伺います。…この戦いを、引き受けてくださいますか?」





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