7 旅立ち
翌日、タスクとイオは問題無く神々の神殿へ出発した。
神々の神殿は国のほぼ中央に位置し、光と闇の神の話の時に地上に平和が戻った後で光の神が空に帰って行った場所と言われている。現在では、年に一度王家が恵みに感謝し平和を誓う祭儀の場所であり、観光地として誰でも入る事ができる場所となっている。
緩やかな起伏のある平原を歩きながら、タスクはもう殆ど見えなくなった村の方を僅かに振り返った。
昨日両親に話したところ、初めは疑い驚いていたが次第に何処か観念したように了承していた。
「こう言うのも変だが、いつかこんな日が来るんじゃないかって何処かで思ってたよ」
「そうね〜」
父親の達観したような言い方に、母親までも何かを思い出すかのように頷いていた。
タスクがどういう事か聞こうとした時、母親が先に口を開いた。
「イオちゃんも一緒なのよね。なら心強いわね」
母親のカラッとした言い方に思わずムッとした事を思い出す。
なんで、俺よりイオの方が信頼されてんだよ。
タスクはチラッと隣を歩くイオを見る。
「…どうかした?」
タスクの視線に気がついたイオがタスクへ顔を向けた。
「いや、何でもない」
「ふ〜ん」
誤魔化すように前を向くタスクに、イオは興味が無さそうに返す。
「それにしても、平和だよねぇ。光の神と闇の神が地上に降りても、まるで何も無かったみたいに変化がないし」
「そうだな。魔物が増えたりはしてなさそうだしな」
動物の中でも人を襲い魔物と言われているものも、この辺りは魔物が嫌う植物の効果で滅多に姿を見ることはない。
しかし、闇の神が降り立った事で魔物の行動にも何か変化があるかもしれない。そう思い辺りの様子を見てはいたが、穏やかな風が吹き抜ける平原は至って平和である。
街道を移動する時も、多くは乗合馬車でまとまって行く事が多い。しかし、この辺りは魔物が出ない事と近くの町までは歩いても2時間ぐらいである為、2人は移動費の節約も兼ねて歩いて移動していた。
その後も問題なく旅程は進み、その日の目的地まで到着した2人は宿泊する宿にお願いをして、人の往来の無い裏庭を借りた。
人気の無い場所を借りたのは、剣の鍛錬をする為だ。光の剣を手にするまで2人は本物の剣を持ったことが無かった。これまで2人は村の剣技教室に通っており、木刀や模造刀は稽古の際に使っていたが真剣は全くの別物だ。いくら剣技教室の中で腕が良くても、剣の腕を競う剣技大会で優勝していても、真剣を使えるようにしておかなければ宝の持ち腐れになってしまう。
しかし不思議なもので、初めて光の剣を持った時には振り回すには重いように感じたが、今では手に馴染み昔から持っていたかのような錯覚まで覚えるほどだ。
そんな初めの頃に感じた違和感が、日を追うごとに薄れていき記憶の奥深くへ潜っていくことに2人は気がつかなかった。
その日、小さな町の宿の空き地には木刀がぶつかり合う乾いた音が響いていた。
2人がいつものように宿の主人に鍛錬の為の場所を聞いたところ、いい物があると思い出した様に主人が店の奥から持ってきたのが木刀だった。以前、客が忘れていってそのままだったからよかったら使ってくれ、と言われありがたく借りることにした。
タスクが大きく踏み込み、木刀を振り下ろす。
イオは振り下ろされた木刀を受け流すとタスクのバランスを崩し、タスクが立て直す前に一度後ろへと下がった。
その様子を見たタスクは口の端を歪める。
「どうした。腕が鈍ったんじゃないか?」
「誰が鈍ったって?タスクこそ、見込みが甘いんじゃない?」
お互いに、勝負を決めるべきところで決めかねている。ここのところ移動ばかりで、しっかり打ち込む事ができていないからなのか。
俄かに焦りを感じる中、お互いに問題点を確認しながらの鍛錬は続いた。
異変があったのはその数日後。
神々の神殿まで後2日という時だった。
その日は馬車の乗り換えが上手くいかず、目的の町に行くには時間がかかり過ぎてしまい、乗り換えの為に立ち寄った町で止まるには早すぎる時間だった。調べてみると、この先に小さな町がありそこからでも目的地までは行けそうであった。小さな町までは歩いても行けそうであった為、2人は歩いて先に進むことにした。
道のりを半分程過ぎた頃、脇の森から溢れてきたように3センチ程の背丈の草が道に広がっている所があった。
道に草が生えている事はよくあることなので、そのまま通り過ぎようと足を踏み入れた時、足の下から何か押し返すような感覚と背筋に鳥肌が立つような感覚が走る。
「なんだ⁈」
タスクは慌てて飛び退くと、そのまま後ろに下がり距離を置いた。
タスクの慌てた様子にイオも一緒に後ろへ下がる。そして、どうしたのか聞こうとしたところで息を呑んだ。
タスクがいた場所を見ると、1株の草が何枚かある細長い葉をうねらせながら急激に成長するかのように大きくなっていた。瞬く間に1メートルもの大きさになった草は、人の胴程の太さのある長い葉を揺らしながら地面の中から根っこを抜き出している。その後ろを見ると、もう2株同じ様に草が大きく生えてきていた。
「あれはなんだ⁈魔物なのか⁈」
「植物の魔物なんて聞いた事ない!こんな魔物がいるの⁈」
2人が驚きに声を上げていると、草の魔物は引き抜いた根を足のように動かし長い葉を揺らしてこちらへ向かってきた。
その姿に2人が戦慄を覚えていると、手前にいた魔物が弾みを付けるかのように長い葉を歪ませているのが見えた。
「下がれ!」
タスクは声を上げるのと同時に後ろへ飛び退いた。イオも同時に後ろへ下がった瞬間、2人の前を葉の切先が鋭く横へ薙いでいく。長く伸ばされた葉がタスクの服の端を掠め、僅かだが綺麗に切れてしまった。
「っ…。何だか知らねぇが、とにかく倒すぞ!」
タスクは荒く息を吐き、慌てて剣を握った。
すると、まるで水を打ったかのように混乱が収まり、耳元で高鳴っていた心臓の音も鎮まってきた。先程までは上手く捉えられていなかった魔物の姿もはっきりと見えるようになり、うねる葉の動きも把握できるようになっている。
タスクは剣を鞘から一気に引き抜くと、魔物に向けて走り出した。
イオも、タスクの声に思い出したかのように剣に手を伸ばした。
すると、先程まで纏まらなかった思考が瞬く間に鎮まり、荒かった息も整ってきた。そして鮮明になった視界で魔物の姿を捉えると剣を引き抜き走り出した。
タスクが近づくと、先頭の魔物が手を伸ばすように上から葉を振り下ろしてきた。
タスクはそれを横へ躱すと剣を振り上げ葉を切り落とし、すぐに横から向かって来た葉も返す刀で切り落とした。
そこへ、先頭の魔物のすぐ後ろからやってきたもう一体の魔物がタスクへ葉を向ける。しかし、葉がタスクへ届く前に駆け寄ったイオが葉を切り落とした。イオに狙いを移した後ろの魔物は別の葉をイオに振るうが、イオは後ろへ飛びすさり躱すと素早く走り込み葉を切り落とす。
イオが向かって来ていた葉を切り落とすのを視界の端で捉えながら、タスクはすぐさま目の前の魔物へ踏み込んだ。
葉の多くを失った魔物は残った葉をタスクへ向けるべく体勢を整えていたが、タスクが近づくと残った葉を振り回してきた。
タスクは迫る葉を剣でいなすと更に一歩踏み込み、魔物の根元を切り裂く。すると切り裂かれた魔物はその動きを止め、まるで萎れるかのように力無く地面に葉を横たえた。
イオに葉を切られた魔物は、残った葉をイオに向けて振った。イオはそれを躱すと魔物に近づき、そこへも振り下ろされた葉を切り上げると魔物の根元へ踏み込み切りつけた。すると魔物は全身から力が抜け、力の抜けた葉を地面に広げた。
タスクとイオがそれぞれ魔物を倒したその時、最後尾にいたもう1体の魔物が2人に向けて葉を振り下ろした。
イオは身を翻して躱すと、魔物を迂回するように走りだした。
タスクは攻撃を躱すと、魔物へ向けて走り込む。近づくタスクに魔物は葉を振り下ろすが、タスクは横へ避けすれ違いざまにその葉を切り落とす。そして更に魔物へ近づき、続いて向かって来た葉に剣を向ける。
そこへ、タスクとは反対側へ回っていたイオが、魔物がタスクに攻撃を集中している所を近づき根元を切りつけた。
魔物はぴたりと動きを止め、地面に横たわった。
魔物が完全に動かなくなった事を確認したタスクは、大きく息を吐き出した。
そして、次に起こったことに目を見開いた。
「どうなってるんだ。魔物って消えるのか⁈」
2人が見つめる先で、動かなくなった魔物の姿が透き通りだし、葉も根も僅かな光りを最後に残し跡形もなく消えてしまった。
「そんな、まさか…。魔物が消えるなんて聞いたことがない。死んだって、亡骸は残るはず」
イオはその様子を見て首を横へ振った。
タスクは既に消えてしまった魔物がいた場所を指さす。
「そもそも、あれは魔物だったのか?魔物って動物の中でも人を襲うものの事を言うんだろ?」
「…もしかしたら、あれは闇の魔物だったんじゃない?昔話や光の神が言っていた、闇の使い手が作り出した闇の力を纏った魔物…」
「あれが?…」
2人は唯一残された、魔物が地面から抜け出した時に出来た窪みを眺め立ち尽くした。
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