6 待ち人
…まずは、仲間の元へ向かってください…
光の神はそう言うと、空へ消えていった。
あまり長い時間地上に留まると、地上に悪影響が出かねないと言い、あっさりと消えていってしまった。
その後、来る時とは別の丘の頂上から祭事の時に利用する簡単に整備された道を辿り、森の外まで降りることにした。
光の神によると、森の入り口でタスクとイオを待っている人物がいるようだ。
普段なら聖域の入り口である森の入り口から出れば確実に咎められる為、気が乗らないのだか光の神に言われては仕方がない。
タスクは溜息を吐きながら剣を握り直した。
光の神により白い鞘を付けられ、全てが真っ白だった。今は光っているわけではないが、何で出来ているのかわからない白さは悪目立ちしてしまいそうだ。
2人が森を抜けると、少し先の道脇に立つ木の側に人影が見えた。
「あれって…」
少し近づいたところでイオが呟いた。
その人物は、木陰の岩に腰掛け横を向いているが、2人が知っている人物である事はすぐにわかった。
その人物は近づく足音に気がついたのか、2人の方へ顔を向けると驚いたように目を見張り動きを止めた。
「
語伝へ近づいたタスクは気まずくなり頭をかいた。
普段なら確実に怒られる状況だが、光の神が言っていた待っている人物かもしれず、どうしたものか言葉に詰まっていると語伝が大きな溜息をついた。
「まさか、お前達だったとは…。その剣も、伝承通りだ…」
語伝は額に手を当てると、やれやれと首を緩く振った。
語伝の愕然とした様子に戸惑ったタスクとイオは顔を見合わせた。
「とりあえず、2人に話がある。家に来なさい」
どこかくたびれた様子の語伝に連れられ、2人は語伝の自宅に向かった。
敷地内に大きな木のある語伝の家は、こじんまりとしているが何処かほっとするような佇まいをしている。そんな穏やかな雰囲気の家なのだが、訪れた理由が理由なだけに少しばかり緊張する。
家の居間に通された2人は、語伝に少し待つように言われ大人しく椅子に座っていたがどうにもそわそわしてしまう。
「お待たせ」
そう言って戻ってきた語伝は、手に何やらいくつか持っている。
「お前達は、光の神に会ったんだな」
持ってきた物を一先ず傍に置いた語伝は、椅子に座ると徐に尋ねた。
「…はい。語伝のお爺さんも昨夜、光の神を見ていたのですか?」
イオがゆっくり返すと、語伝は苦笑いをして頷いた。
「妙な胸騒ぎを覚えてな。急に窓を開けて空を見上げたもんだから、妻には呆れられてしまったがな」
カラッと笑った語伝はその時のことを思い出すように腕を組む。
「しかし、急いで外を見て良かった。窓を開けて暫くして、白い光が村の上空を飛んで行くのを見る事が出来た。あれは…光の神からの伝言だったのだろう。次の日、聖域の森の入り口で光の使い手を待つようにと、光を見送った後に声が聞こえた気がしたんだ」
妻には聞こえなかったようで、また呆れられてしまったがな。と、語伝は戯けたように笑った。
「まさか、光の使い手に選ばれたのがお前達だったとは。そう言えば、ずっと話を聞きに来てくれていたな。まさか、この為だったのかねぇ」
語伝の言葉にタスクが大きく頷く横で、イオは何かを考えるように視線を外した。
「そうだ、2人にこれを渡さないとな」
語伝はそう言うと、2人の前にそれぞれ封書を置いた。
「これは?」
タスクは言いながら白い封書を手に取り裏に目を向けた。丁寧に押された封蝋の模様を見た途端、はっとして語伝の顔を見上げた。
その模様は誰もが知る、王家の紋章だった。
「少し前に王家から連絡があってな。近いうちに、光の神が降りてきて光の使い手が現れるかもしれない。その時には光の使い手に力を貸して欲しいと。その封書は光の使い手に渡すように預かった物だ」
開けてみなさい。と、語伝に促され2人は封を開け手紙を開いた。
綺麗な文字で綴られている内容は、主にこんな感じであった。
光の使い手として、光の剣を手にした者にお願いがあります。
光の神が地上に現れたのは、間もなくこの国に災いが起こる前触れ。
人々を守り、助ける為に光の使い手の力が必要です。
どうか共に、闇の神に立ち向かい人々を助けてほしい。
神々の神殿にて、光の使い手が現れるのをお待ちしています。
まるで知人に宛てた手紙のように、思ったよりも硬過ぎない言葉とお願いの形で綴られた文の最後には、国王の名前と共にもう1人の名前があった。
「なぁ、このミールって王女の名前だっけ」
タスクは隣にいるイオに手紙に綴られた名前を指刺した。
「そうだよ。王女の名前があるって事は…この問題で動いているのは王女ってこと?」
「そうかもしれないな。以前、王女から光と闇の神の伝承について聞かれた事があるからなぁ」
語伝は顎をさすりなから懐かしそうに目を細めた。
「でも、王家からの封書なんてもっと堅苦しい言葉で、もっと命令っぽい事が書いてあるのかと思ったんだけどな〜」
「そうだな」
タスクがひらひらと手紙を振る様子を見て、語伝はふと表情を緩めた。
「王家はあくまでも、2人が自分の意思で力を貸してくれることを望んでいるんじゃないかな」
「自分の意思、ねぇ…」
語伝の言葉にイオは苦笑いを零した。
語伝から細かな話を聞き終え、玄関を出た2人に語伝は声を掛けた。
「本当に、両親への説明に一緒に行かなくても大丈夫か?」
「大丈夫だって。それに、これは俺が決めた事だし、自分で話したい。まぁ…どうしようもなくなったら来るかもしれないけど」
笑って頭を掻くタスクを見て、語伝は笑い声をあげた。
「では、説明が上手くいくことを祈っておこう」
任せとけ、と手を上げたタスクは庭先を歩いていく。
その後を続こうとしたイオを、語伝は呼び止め手招きをした。
「イオ。ちょっといいか?」
不思議そうに首を傾げたイオは語伝の元へ戻る。
「これは、老ぼれの勘なんだが…。イオが考えている事は、おそらくほぼ当たっている」
「え…」
イオは驚きに目を丸くした。
「だがな、それに飲み込まれてはいけないよ。大切なのは、自分がどう思い行動するかだ」
語伝は穏やかな笑みを浮かべると、優しくイオの肩を叩く。
「君は、考え過ぎるところがあるからなぁ。あんまり力み過ぎると、肩が痛くなるぞぉ」
戯けるように肩を回す仕草をする語伝に、イオは笑みをもらした。
「ありがとうございます。気をつけます」
庭先を歩いていたタスクの足元に、横から何か小さいものが飛び出してきた。
「ヌイクじゃないか。久しぶりだなぁ」
タスクはしゃがみ込み、足元にじゃれつくものを撫でた。
それは茶色い毛で覆われており、体長30センチくらいで、長く折れ曲がった後ろ足に小さな前足を持ち三角の小さな耳が特徴のコハニセンという動物だった。語伝がヌイクと言う名前を付けて飼っており、よく庭のあちこちを飛び跳ねながら散歩している。コハニセンはこの辺りには生息しない動物で、タスクが小さい頃には珍しさから何回か遊びに来ては撫でていた。ヌイクは首の後ろ辺りを撫でてあげると、気持ち良さそうに小さな丸い目を細めている。
「まだ元気そうでよかったよ」
タスクは久々に触る短く柔らかい毛並みを堪能した。
そもそも、動物自体がこの辺りにはあまりいない。この辺りの地域には動物が嫌がる植物が自生していて、そんな中でも生きていけるものは限られている。無闇に動物を連れてきても、植物からのストレスで死んでしまうのだ。その為、畑は動物に荒らされる心配はなく、動物の中でも人を襲い恐れられている魔物も滅多に近づかないとても長閑な土地でもある。
ヌイクと戯れているところにイオが近づいてきた。
「ヌイクじゃん、久しぶり」
イオもタスクと同じようにヌイクを撫でる。
「話はいいのか?」
「うん、もう大丈夫。行こうか」
2人は語伝とヌイクに手を振り帰っていった。
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