5 踏み出す



辺り一面が白い光に覆われ思わず目をつぶると、先ほどまでは聞こえなかったがやがやとした大きな音が耳に飛び込んできた。

急いで目を開けると、2人の横を何かが駆け抜けていく。

辺りを見回すと、先ほどまでいた緑の丘と辺りに広がる森は無くなり、平地に立つまばらな木と一面に広がる砂埃で霞む視界の先には…


「あれは…」


視線の先に見えたのは、鎧を身につけ手には剣を持つ兵士の後ろ姿だった。

辺りを見回すと何人もの兵士があちこちにいた。そして、その人達が相手にしているのは…


「なんだ、あれ…」


兵士の先には、全てが黒い塊が蠢いていた。

よく見ると、人間のように二足歩行ではあるが上半身は動物のような姿をしたもの。見たことの無いほど大きな四肢で走る獣のようなもの。または、細長い触手のようなものを振り回すもの。どれを見ても、今まで見たことの無いような姿のものが兵士に襲いかかっていた。


「あれは…魔物?…」


周囲は、あちらこちらから何かが爆発するような音や、人や動物が叫ぶ音が混ざって聞こえ騒然としている。

混沌とした状況に2人はただ立ち尽くすしかない。


「あっ…」


突然、前方で戦っていた兵士が投げ飛ばされ地面に転がった。


「っ!…」


そして間を開けずに、すぐ隣で槍のような物で体を貫かれ投げ飛ばされる兵士の姿が目に飛び込んできた。

耳を塞ぐ騒音の中で、倒れた兵士の叫び声だけがやけに大きく聞こえた気がした。


声も出せず身動きも出来ずにいた2人だが、不意に周りの景色が揺らいだ。

違和感を感じた時には、既に周りの景色が変わっていた。


周りには建物が並び、大きな街の道の真ん中に2人は立っていた。

多くの人々が行き交っていてもおかしくない大道りなのだが、賑やかな人の往来は全くない。その代わりに、建物の窓は割れ壁は崩れてまるで廃墟のような光景が広がっていた。地面も至る所でえぐれ、そしてあちらこちらに瓦礫でないものが転がっている。


嫌な音を立てる心臓は置き去りにして、そのものの正体がはっきりとしてくる。


人だ…


先ほどの兵士のような鎧を身に付けていて近くには剣が落ちている。

少し離れた所にも同じように兵士が倒れている。

どちらとも全く動く気配は無く、おそらく…


死んでいる…


さらに辺りに目を向けると兵士の格好をしていない人も倒れている。一般人だろうか。その姿は砂を被ったように黒く汚れている。

そこでようやくわかった…

倒れている人の服に広がる黒い色が、血が染みたものであることが。

地面や瓦礫にも広がる黒い色は、倒れている人達が抵抗した証拠なのだろう。


タスクは頭の芯が痺れるような、焦りなのか恐怖なのか区別出来ない感覚の中、何かを求めるように辺りを見回した。

改めて見回してみても何処にも生きている人の気配はなく、既に息絶えた人が何人も倒れているだけであった。


イオは耳元で心臓の音が聞こえ、目の前の光景が遠ざかるような感覚を覚えた。無意識に伸ばそうとしていた手が、まるで自分のものではないような気がしてすぐに身体に引き寄せる。


呆然と立ち尽くしていた2人の視界がまた白く覆われた。

気がつくと緑が広がる丘と森に囲まれた元の場所に戻っていた。


タスクは辿々しく息を吐き出した。

それまで息も上手くできていなかったことに気がつく。

隣ではイオも額に手を当て肩で大きく息をしている。


…これが、以前の争いの記憶です。これと同じ事が、これから起こります…


耳に届いた光の神の声が、徐々に頭に浸透してくる。


…このままでは、また多くの人が命を落とす。争いを止める為に、2人の力を貸してください…


タスクはゆるゆると首を振りながら口を開く。


「…待ってくれ。どうして俺たちなんだ。俺たちよりも、国王とかに言ったほうがいいだろ」


…国王には既に伝えてあります。争いを止める為に、既に動き出している者もます。後は光の力が使え、共に闘うことができる光の使い手が必要なのです。光の力を扱う素質がある貴方達にしかできないことです。どうか、力を貸してください…


「そんな…」


…この村も、かつては戦禍に巻き込まれ多くの命が失われました。同じ事を繰り返さない為に、力を貸してください…


光の神の話を聞いた途端、2人の頭の中で村の風景と先程見た戦禍に見舞われた街の光景が重なって浮かんだ。

もしも、村が襲われ、家族や友人が襲われたとしたら…

血塗れで倒れていた人と身近な人の姿が重なって見えた…


「っ…、俺は…」


タスクは下げていた顔を上げ、光の神を見た。


「俺には本当に、光の力が使えるのか…」


…はい。あなたには、あなた達には、光の力が使えます…


タスクは一度大きく息を吸うと、ゆっくりと吐き出した。


「…力を貸す。…みんなを…守りたい…」


「…タスク…」


手を握り締めながら光の神を見上げたタスクを、イオは言葉なく見つめた。


本当に、自分にできることなのだろうか。


まるで麻痺したかのように上手く回らない頭の中で、なんとか浮かんだ想いにイオは目線を下げた。


…前回は私たちの力が上手く届かず、多くの命が失われてしまいました。けれど今回は、私たちがより多くの援護をします。同じ悲劇を繰り返さないために、後はあなたの力が必要なのです…


「…イオ…」


タスクの思わず溢れた声に、イオは弾かれたように顔を上げた。

イオを見るタスクは、期待とも不安とも取れないなんとも言えない表情をしている。

その表情を見た途端、イオの身体からふと力が抜けた気がした。そして、一つ息を吐くと光の神を見上げた。


「私も、力を貸します」


…ありがとうございます…


光の神から、自身が発する光のような温かみのある声が聞こえまるで2人の身体に染み込むような感覚を覚えた。


…では、2人に光の力を授けます…


光の神の声の後、2人の周りに白い光が広がった。

先程の記憶を見たときの光とは違い、太陽の光の様な暖かさがあり、徐々に身体に染み込んでくるような感覚があった。

完全に光に包まれたところで、2人の意識も白く覆われていった…



2人が気が付いた時には、辺りを覆っていた白い光は無くなっていた。


「なんだったんだ…」


周りにも自身にも何も変化した様子はなく、タスクが疑問に手を見下ろすと、頭上から光の神の声が聞こえてきた。


…これを、2人に授けます…


2人が顔を上げると、頭上から目の前に1本ずつ刀身から持ち手まで全てが白い剣がゆっくり降りてきた。


…これは光で出来た剣であり、この剣を媒体として光の力が使え、闇の力を退けることが出来るでしょう。先程、貴方達の身体も光の力が使えるようにしました…


「え、…」


驚きの声を上げると、イオは自分の身体を見回した。


…大丈夫、身体への変化や悪影響はありません。元々ある能力を引き出しやすくしただけですから。さぁ、その剣も触れて大丈夫。…受け取ってください…


タスクは力強く頷くと剣に手を伸ばした。

イオも一度大きく息を吐くと剣に手を伸ばした。


2人が剣に触れると、一瞬剣が白く輝いた。

それと同時に、触れた指先から何か温かいものが身体の中に伝わり、心臓が大きく脈打つ気がした。


その感覚は、ずっと前から探していたものに出会えたような、随分と懐かしいものに出会えたようなとても不思議な感覚だった。





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