4 遭逢



朝を迎え、タスクは大きな欠伸をしながら森への道を歩いていた。


あの後、部屋に戻ってもなかなか寝付けず結局眠れたのかわからない。

しかし、日が昇り森の中もだいぶ明るくなっているはずだ。


白い光が落ちたと思われる方向の森の入り口へ歩いて行くと、その手前で見慣れた人物の後ろ姿が見えてきた。


「イオじゃん。どうしたんだ、こんなところで」


「あぁ、タスク。おはよう」


驚いたように振り向いたイオは、タスクの姿を見ると小さく息をついた。


「おはよう。森に用事か?」


「いや、別に…用事ってわけでもないんだけど…」


言いにくそうにしているイオを見て、タスクは口の端を上げて笑みを作った。


「もしかして…イオも見たのか?昨夜の白い光が落ちたのを」


「タスクも見たの⁈それじゃ、その前に落ちてきた黒い光も?」


ハッとしたように顔を上げたイオは、前のめりになりながらタスクに詰め寄った。


「ああ。黒い光が遠くに行くのも、白い光が割れてその片割れが森の奥に落ちるものちゃんと見たぜ。やっぱり、昨夜のは夢なんかじゃなかった」


どこか得意げなタスクの言葉を聞いたイオは、何かを考えるように顎に手を寄せた。


「探しに行くんだろ?一緒に行こうぜ」


「うん、行こう」


意気揚々と言うタスクにイオが頷くと、2人は一緒に森に入っていった。




村の西側に広がる森には聖域と呼ばれる場所があり、祭りの時にしか近寄る事が許されない神聖な場所とされている。また、森の中には急な崖もあり、村の子供達は小さい頃から森に近づくことは禁止されていた。しかしそこは、駄目だと言われれば近づきたくなるもので、タスクとイオも小さい頃はこっそり森に入り遊んでいた。

そんな入り慣れた森なのだが、今日はいつもと雰囲気が違っている。


「なんだか、森の様子が変じゃない?」


「そう言えば、やけに静かだな」


イオの言葉にタスクは改めて辺りを見回した。

いつもは、鳥や虫の鳴き声や動く気配などが感じられる賑やかな森なのだが、今日は微かな木々の葉の擦れる音が聞こえるのみで静まり返っている。


その後も森の奥へ進み続けるが、静かなこと以外は変わった様子は無く、緑の森が広がっている。


「何も無いけど、方向はこっちだよなぁ」


タスクはため息を吐きながら、傍の木に手を置き幹を見上げた。


「…フフッ」


小さな笑い声を聞き、タスクは隣のイオを振り向いた。


「どうしたんだ?」


「いや、ちょっと…昔を思い出して…」


「昔?」


「森でタスクに会った時のこと」


懐かしそうに笑うイオにタスクは眉間にしわを寄せた。


「そんな昔の事、いつまでも覚えてるなよな」


「なかなか印象的で、忘れようにも忘れられないんだよね」


不機嫌を露わにため息を吐いたタスクはそそくさと歩き出し、その様子を見たイオはまた小さく笑った。




その後暫くして、辺りは緩やかな登り坂になっていた。

イオは緩やかな坂になっている辺りを見回す。


「この辺りはもう聖域に入ってるかもね」


「バレたら怒られるな。でも、白い光が落ちたのはこっちなんだよな〜」


森の中には小高い丘があり、その頂上は祈りの場となっていて丘の麓のあたりまでが聖域とされている。

その後も段々と急になってきた上り坂を登っていると、不意に木がなくなり開けた場所に出た。辺りは草に覆われ、顔を上げると丘の頂上辺りは森が切れ、青空が広がっている。


「ついに、頂上まで来たな」


タスクは頂上の祈りの場まで来ると辺りを見回した。

そこは、2人の背丈程の大きな岩が置いてあるだけの殺風景な場所で、その先を暫く行くと地面が切れ崖になり遠くまで森が見渡せるため、より一層風通しの良い場所になっている。

祈りの場と言われるそこは、毎年行われる豊饒を祈る祭りの際に祈りを捧げる場所であった。


「白い光が落ちた方向に来たはずだけど…、何もないね」


イオがため息を吐きながら辺りを見回した。

辺りは穏やかな風になびく草の音が響くだけで、変わった様子はない。


「仕方ない。戻ろう」


「えぇー、もう少し探してみようぜー」


祈りの場に背を向けてあっさり来た道を戻ろうとするイオに、タスクは不満げにイオの後を追いかけた。

その時、視界の隅に何か光るものが映り2人は急いで後ろを振り返った。2人が見上げた先には、祈りの場の上空に白く丸い光が浮かんでいた。

その光は昨夜見た光と同じ白い色をしており、明るい昼間でも霞むことなく輝いている。輝いていても眩しさに見ていられない事はなく、むしろどこか暖かな気持ちになるような気がした。ただ、昨夜よりは大きさが2人の身長の半分くらいで小さいように感じる。


…よく、来てくれました…


驚きで動くことも声を出すこともできないでいた2人の耳に、何処からか聞いたことのないような声が聞こえてきた。


…2人なら、来てくれると思っていました…


「こ、声が…」


「イ、イオ…今、喋った…?」


「…私じゃないから」


2人が呆然と空耳でないことだけをなんとか確認していると、白い光はまるで2人に視線を合わせるかのように岩の真上まで降りてきた。


…私達は、貴方達に光の神と呼ばれている存在…


「…嘘だろ…」


「昔話に出てくるのと同じ…」


…今語り継がれている物語は昔、実際に起こったこと。そして今、かつてのような争いが再び起ころうとしています。昨日、闇の神が地上へ降りたところを2人も見ましたね…


「あの、黒い光が…」


タスクは、昨夜見た空を飛んでいった黒い光を思い出した。


…そう、その黒い光が闇の神。闇の神は地上を闇の力で覆い、人々を消し去ろうとしています。闇の力を使う闇の使い手を操り、闇の魔物を作り出してかつてのように争いを起こすでしょう。私達は闇の神の思惑を止めるために地上に降りました。

しかし、私達だけでは人々に紛れ込んだ闇の神を相手にするのは困難です。

そこで、2人の力を貸して欲しいのです…


「…え…どう言うこと?」


イオはなんとか言葉を発することしかできなかった。

目の前の光景に驚いているところへ闇の神の話に、ただの御伽話だと思っていた話が実際の出来事であったこと。そして、また昔話と同じようなことが起ころうとしていると言うこと。次から次へと驚く事が続き、混乱ばかりが積み重なっていく。


「…力を貸すって、なに…」


…闇の神は力を欲する者に闇の力を与え、地上に闇の力を広げようとするでしょう。闇の力に対抗するには光の力が必要です。

しかし、私達が直接力を振るえば力が強すぎる故に地上に悪影響が出かねません。地上への影響をなるべく抑えて闇の力を止めるには貴方達の力が必要なのです…


「なんで、俺達なんだ…」


光の神の言葉に、タスクの口から言葉が溢れる。


…貴方達は昨夜、私達を見つけここまでたどり着いた。それは、無意識のうちに光の力に引かれたため。貴方達には光の力を扱う素質がある。闇の力に立ち向かえる光の力を使い、闇の神を止めてほしいのです…


「…いや…待ってくれ…」


…2人に、以前起こった争いの記憶を見せましょう。近いうちに同じような事が起きます…


光の神がそう言うと、一瞬にして辺りが白い光に覆われ2人はその光に包まれた。




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