3 伝説の話



「…おしまい」


白髪のお爺さんは、話が終わると周囲に集まっていた子供たちを見回した。


「この話は、絵本にもなっている光と闇の神様のお話と同じものだ。みんなも、読んだことがあるだろう。

だからみんな、作り話のお伽話だと思っているだろうが、この話は昔、本当にあったことなんだ。とっても昔に起きたことだから、なかなか信じられないだろうが、今の平和な暮らしがあるのもその時の人達が守ってくれたからだと言うことを覚えておいてほしい」


語伝かたりつてと呼ばれるお爺さんは、様々な表情で話を聞いていた子供達に微笑みかける。


「今日のお話はここまでにしよう。みんな気を付けて帰るんだよ」


お爺さんがどこか必死に語っていた様子を、少年は茫然とした表情で聞き入っていた。


「タスク?おーい」


話が終わり、他の人達が動き出しても身動きせずに前を見続けているタスクに、近くに座って同じように話を聞いていた少女が顔の前で手を振った。


「っ、なんだ?イオ」


はっとしたタスクは、横にいたイオを振り向いた。

その様子にイオは大きく溜息を吐く。


「なんだじゃないでしょ。話は終わったよ?帰らないの?」


「あぁ、そっか。帰るよ」


そこでようやく周りの人が帰りだしていたことに気がついたタスクはやっと動き出し、座っていた椅子を片付けてお話会の会場になっていた集会所を出た。


「今回のお話は知ってる話だったね」


タスクと歩きながらイオは大きく伸びをした。

今日は天気も良く、穏やかな風が2人の間を通り抜ける。

ここフーイリの村は周りに広い平原が広がり、辺りを絶えず風が吹いている長閑な村である。


「そう言えば、聞いたことのある話しだったなぁ」


「…本当に今日のお話し聞いてたの?」


タスクの曖昧な物言いにイオは苦笑いをした。


「聞いてたって!あれだろ?あの、光と闇の神様の話」


語伝のお話会は年に数回行われており、村の子供たちが集まり村や国の伝承や歴史が語られている。

今日も村の小さい子供達が集まり、語伝の語る物語に聞き入っていた。

小さい子供にもわかりやすく語られる話しは、年齢が上がるにつれ参加する子供は減ってくるが、10代も後半に差し掛かっている2人は未だにお話会に参加していた。

一度は参加しないと言っていたタスクも、お話会の日になるとどうしても気になり、結局は同じように足を運び続けているイオと2人で聴きに来ていた。


タスクの慌てた様子に思わず笑ったイオは、そう言えばと語伝の話の最後を思いだした。


「今日の語伝のお話、最後の方に力が入ってたよね」


「本当にあったことなんだ、って言ってたやつか?とは言っても、神様の話しなんて現実離れしすぎじゃないか?」


「前にも、同じように言ってた話があったよね。確か…恵みの力の話」


以前のお話会で、大昔の人々は自然を操りその力を生活に役立てることで豊かな暮らしをしていたと言う話があり、自然を操る力のことを恵みの力と呼んでいた。と言うものだった。


「ああ、あれか?自然の力がなんとかってやつ。あれも本当か怪しいだろ」


「だよねぇ。何か証拠でもあれば違うのに」


「でも、本当だったら面白いよな」


「そお?ややこしいだけだと思うけど」


想像して笑うタスクにイオは訝しげな表情を向けた。






その日の夜。


なんでこんなにも気になるんだ。


タスクは自宅の自分の部屋で、昼間の語伝の話を思い出していた。

絵本で読んだこともあり、初めて聞いた話ではないにもかかわらず話の内容が頭から離れなかった。

タスクは頭を振ると何気なく窓辺まで歩み寄る。夜空には丸く白い月が浮かんでいた。

そして月の光に誘われるように窓を開け、部屋の明かりを消す。


…何がしたかったんだ?


身体が勝手に動いたのだが、普段はしない行動に首を捻った。

すると、急に辺りが暗くなった。タスクが空に顔を向けると、先ほどまで出ていた月が雲に隠れ辺り一面暗い雲に覆われている。


曇ってきたのか?


先程空を見た時には曇っているようには感じなかったが、急に雲が出てきたようだった。月の光が全く通らない分厚い雲は、どこか重苦しい雰囲気を醸し出している。

雨が降るのかと空を見回していると、暗い空の一箇所に目が止まった。空に違和感があり目を凝らして暗い雲を見つめていると、僅かに何かが動くのが見えた。


「なんだ?」


更によく見ると、その動くものは暗闇の中だと言うのにそこだけが浮き出ているかのように光っているのがわかった。その光は、月の光のような白い光ではなく黒い光だが暗い中でも黒く光る丸い姿は存在感を放っていた。そしてその光はだんだんと大きくなってきているようで、こちらに向かって来ているかのようだった。


「何なんだよ、あれ」


その光が何かはわからなかったが、見たこともない光景に信じられない気持ちで見上げる。何度か目を瞑り頭を振ってみたがその光景は変わらず、見間違えではなさそうだった。そして、その間にも大きくなり近づいて来ている黒い光に言いようのない恐怖を感じ始めた。


あれ、まずいんじゃないか?…


気持ちは段々と焦り始めるが、近づく黒い光から目を逸らすこともその場から動くこともできずにタスクは空を見上げ続けた。

黒い光が見間違えを否定できない大きさに見えるまで近づいてきたところで、その軌道がタスクのいる場所とは違う方向へ向いていることに気がついた。そしてそのまま黒い光は、何処か遠くへと飛んでいく。


茫然と黒い光が飛んで行った方向を見ていると、辺りが俄かに明るくなってきたことに気がついた。

直ぐに空を見回すと、空を覆っていた黒い雲が切れ切れになり隠れていた白い月が姿を現していた。その月は先程よりも強い光を発しているようで、空を覆っていた厚い雲も月の光によって掻き消えるように無くなっていく。

月の光に思わず目を眇めていたタスクは、月の下に何か光るものを見つけた。月の光に紛れていたその光は、徐々に大きくなり月の分身のように白く丸い姿をしていた。そしてその白い光も段々と近づいてきているようだった。


「またか、いったい何なんだ」


すぐに月より大きくなった白い光はタスクの方へ向かってきているようだったが、突如その一部が割れて全く違う方向へ向きを変え、夜空を切り裂くように飛んでいった。

残った白い光も違う方へと飛んで行くのかと思い見ていたがどうも様子が違う。残った白い光はタスクがいる方へ向かってきているようで、さらにその姿が大きくなってきた。


まさか、と思っている間にも白い光はあっという間に近づき、焦りが全身を駆け巡ったがタスクはその場から動くとこが出来ずに驚きのまま空を見上げていることしかできなかった。

大人の身長ほどの大きさに見えるほど近づいた白い光は、村の上空で地上を白く照らすと僅かに向きを変え、タスクの頭上を超え西の森へ飛んでいった。

白い光は森へ消えたが落ちた音も衝撃もない。

ぶつかると思い、固唾を飲んで見ていたタスクは白い光が森に消え姿が見えなくなったことで我に帰り、急いで辺りを見回した。目に写るのは、いつもと変わらない夜の闇に沈んだ静かな村と部屋の姿だった。

タスクは急いで部屋を出ると家族が集まる部屋のドアを開けた。乱暴に開けたドアの向こうには、いつものように椅子に座り就寝前の時間をゆっくりと過ごしている両親の姿があった。


「どうしたんだ、そんなに慌てて」


驚いた様子で振り向いた父親に、先程の出来事を話そうと口を開くが、いつもと変わらない光景と就寝前ののんびりとした雰囲気が頭を麻痺させたかのように言葉が出てこない。


「い、今、白い光が…空から…」


「どうしたの?白い光?」


「寝ぼけてるのか?」


「寝ぼけてない、今…」


両親の声を聞いていると、自分の声がやけに宙に浮いているような現実感が無いもののように思えてきた。何か言おうと思うのだが言葉が出てこない。


「……いや…何でも…ない…」


結局は何も言葉にならず、のんびりとした空気に背を向けた。


あれは夢だったのか?

いや、そんなわけない。


部屋を出たタスクはそのまま家を出て、光が落ちた森を見つめた。今は静かな黒い姿か浮かび上がっている。明るく輝いていた月も今はいつもと変わらない光りに戻っている。


夜の森に入るのは危険だ。明日、日が昇ってから見に行こう。


少しは冷静になったタスクは、一つ息を吐くと部屋に戻った。





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