第4話 突然の結婚

「ねえ、直人」

「うん」

「残り一日もないけど、私たち結婚しよっか」

「は?」

「私たち結婚しよっか」

「いや、なんで?」

「うーん、記念に?」

「もう役所やってないぞ、多分」

「じゃあ、事実婚で」

「別に、まあ、いいけど、僕は」

よし、と声を上げて、由紀は立ち上がった。ショートヘアで丸顔の由紀に、まだ慣れない。そもそも本当にこいつは由紀本人なのだろうか。

「行くわよ、新婚旅行」

「えっ」

「遠くへは行かれないから、山か海」

「えっ」

「どっち?」

「う、海、かな」

「ちょっと距離あるけど、歩いて行くわよ」

 慣れないショートヘアで丸顔で、しかしこの声で、少し強引なマイペース女は、やはり由紀しかいないだろうなと安心できた。僕は曖昧にうなずいて、外出するための支度をした。いつの間にか、時計は午前3時前を指していた。

 外は寒かった。風が少し強めだった。地球温暖化で日本もほぼ熱帯の地域に足を踏み入れていたのだが、この冬はなぜか寒い。地球が終わるからかどうかは知らないが、夏は涼しく、冬は寒かった。ぐるぐる巻きにしたマフラーを握りしめる。

「海まで歩くの寒くないか?」

「歩いてればあったかくなるわよ」

「元気だなあ」

「直人よりは元気よね、私はいつも」

 由紀は以前から元気な女だった。一億総うつ、のこの時代に、一人だけ元気いっぱいだった。僕自身はあまり生きる気力のない人間なので、元気な由紀がわりと好きだった。どうして別れたのだったか。思い出せない。

「なあ、僕たち、なんで別れたんだっけ?」

「忘れたの?」

「うん。なんか忘れた」

「あまり意味なく別れた気がする」

「そうだっけ」

「何となく距離ができたんじゃなかったかなあ」

風が顔に吹きつけた。痛いくらいに寒かった。

「別れることもなかったな」

「そう?」

「だって今、この世の終わりに一緒にいるじゃんか」

「うーん、今まで別れてたから、一緒にいられるだけかもよ」

「そうか、それでもいいけど」

 とぼとぼと、二人で歩く。歩き続ける。冷たいアスファルトの上を。24時間後には、僕らはもうここにはいない。もう誰もいなくなる。そんなことは想像すらできず、明日もまた同じ一日が過ぎそうな気がしてならない。



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