セントラルドグマ先輩の驚異の複写力(現代)
小さい頃から絵に興味があって、中学では美術部だった。部の中でも絵がうまいって褒められてて副部長も務めてた。
だから高校に入学して、わたしは迷うことなく美術部に入部した。
部員数は新入生三人を入れて十人らしい。
部活の初日、部長さんがわたし達一年生を美術室の真ん中に呼んで言った。
「ガチで絵を描くために入ってきた人はこっち、部活入っときたいから他の部活よりまぁここかなって感じで入ってきた人はこっちね」
どうやら部屋の真ん中でいわゆるガチ勢とエンジョイ勢に分けているみたいだ。
部長さん声かわいいなぁと思いながらそれぞれのエリアを見てみる。
ガチ勢は男子生徒一人と女子生徒一人。部屋の真ん中より窓側でバラバラに座って何かを一生懸命描いてる。部長さんもこっちらしい。まぁそうだよね。部長さんだし。
エンジョイ勢は入り口側で、机を囲んで小さめな声でおしゃべりしている。こっちは女子が三人だ。
わたしはガチ勢のエリアに向かった。あとの二人は反対側だ。
「描きたいもの描くといいよ。別に課題とかないし。文化祭の時はたくさん手伝ってもらうけど」
って言われても、ぱっと思いつかないなぁ。
「何描くか決まらないならこれでも使いなよ」
部長さんがにこにこ笑って言うと、デッサン人形を出してきてくれた。
おぉ、中学にあったのよりちょっと大きめで、しっかりしてる。いろんなポーズさせられそうだ。
「ありがとうございます。使わせていただきます」
「あはは、真面目ちゃんだねー。堅苦しいのなしでいいからね」
言われて、ちょっとほっとした。
「あ、そうそう。外で風景画とかも描いていいからね。どこに行くのか、誰かに言うか黒板にでも書いてくれといたら」
下校時間は守ってね、と部長さんは最後に言いおいて、自分の水彩画の準備を始めた。
よーし、今日はデッサン人形描くぞー。
「わー、初日なのにがんばったねー」
部活の時間が終わりに近づいて、部長さんがわたしのところに来てスケッチブックを覗き込んだ。
「って、結構面白いポーズさせてるよね」
もう一人の先輩――この人が副部長らしい――が、スケブをペラペラめくってわたしが今日描いたデッサンを面白そうに眺めてる。
ちょっと恥ずかしい。
「実はマンガも描いてるんで、そっちの参考にもなればと思って」
言うと、先輩達は「あー」と納得の声だ。
「ねぇドグマ君、見てみてよ」
副部長さんがもう一人のマジチームの男の子に声をかけた。
「その呼び方やめろって」
「わたしだけじゃなくて周りにももう定着しちゃったからいいじゃん」
ドグマ君と呼ばれた彼が苦い顔でこっちに歩いてくる。
「ドグマ君?」
思わず尋ねてしまった。
「この人、生物の授業でねー」
「やーめろって」
「いいじゃーん」
副部長さんはノリノリで「ドグマ君」の謎を解いてくれた。
「ドグマ君」は副部長さんと同級生だ。生物基礎の授業中に先生が「セントラルドグマ」について説明していた時、先輩はついうとうとしていたんだって。で、先生が先輩にセントラルドグマについて説明しなさいとあてた。
寝ぼけてた先輩は、某アニメの施設って答えてクラス中が大爆笑。それから先輩は「ドグマ君」と呼ばれるようになったらしい。
なんか不幸な事故っぽいけど、ちょっと笑っちゃう。
ぷくくっと思わず噴き出すと、先輩はさらに不機嫌そうになった。
「ごめんなさいー」
「いいのいいの。あなたもドグマ君って呼べばいいよ」
「それはさすがに……」
「そうだろう。さすがに遠慮ってものがあるだろう」
「それじゃドグマ先輩で」
「遠慮してたの
美術室に笑いが広がった。
よかった、雰囲気いい部活で。楽しく部活できそうだ。
学校生活は順調だ。
クラスの子ともそこそこ仲良くやってる。
勉強は大変だけど部活がすごく居心地いいから、総合的に学校くるの楽しい。
あ、セントラルドグマ、習った。
遺伝子の情報をコピーするしくみ? 概念? みたいな感じだよね。
あのアニメの施設とは全然関係ないのね。
今日部活いったらドグマ先輩に習ったよって言ってみよう。
放課後、美術室に行くと、いつも早くから来てる先輩がいない。
「ドグマ先輩お休みですか?」
「ううん、とっくに来て、今日は外に描きに行ったよ」
部長さんが答えてくれた。
「あいつに用?」
副部長さんだ。
「あ、いえ、しょうもないことなんですよ。今日、セントラルドグマについて習ったんで」
「あははっ、ちょっとからかっちゃおうってことか」
それじゃ先輩が帰ってきてから話そう、反応が楽しみだねーと副部長さんと話しながら今日の活動の準備をした。
わたしは今、アクリルの風景画にチャレンジしている。学校の近くの公園の一角をスケッチしてきて、色付けをしている。
しばらく没頭してると部長さんが覗きに来た。
「へぇ、いい出来だね」
「そうですか? ありがとうございます」
「アクリル画初めてだっけ?」
「はい。思ってたより濃くなっちゃって」
「一度色付けたら薄めたりできないからねー。薄い色合いが好きなら最初はたくさんの水で溶いて重ねてく感じにするといいよ」
ありがたいアドバイスをいただいていると、ドグマ先輩が帰ってきた。
なんか満足げな顔だ。うまく描けたのかな。
「おー、おかえりー。うさちゃんたち、うまく描けた?」
「うん、自分で言うのもなんだけど、いい感じかな」
うさちゃん? もしかして生物部が飼ってる二匹のウサギたちかな。
「どれどれ? おおぉー、いいねぇ。めっちゃかわいい」
副部長さんの感嘆に、入り口近くでおしゃべりしてるエンジョイ勢たちまでもドグマ先輩の絵を見に行った。みんな黄色い声をあげている。
そんなにいいんだ。
わたしも筆を水差しに入れて、ドグマ先輩の絵を見に行った。
スケッチブックに描かれた、二匹のウサギたち。
横向きのがキャベツちゃんで、斜め前をむいてるのがパセリちゃんだ。
あの子達、すごく似てるんだけど、目の周りのちょっとした模様の違いが見分けるポイントになってる。
生物部の友達が教えてくれてないと、どっちがどっちか判らない。
けれど、知ってれば一目瞭然。
先輩はその特徴もしっかり描いてる。
すごい。本当に、写し取ったみたい。
今までも先輩の絵を見て、さすが上手だなーって思ってた。でもあまりなじみのない風景を描いてたので、その本当のすごさは実感できなかった。
けどこの絵を見て、思った。
「まるで写真だ……」
思わずぽろりと漏れた一言に副部長さんがうんうんとうなずいてる。
「だよねー。ドグマ君って呼んでるの、彼の絵がほんとに遺伝子まで写し取ったみたいにすごいから、でもあるんだよね」
副部長さんの言葉に、めちゃくちゃ納得した。
「なんかいいふうに言ってるけど、からかいたいだけだって知ってるからな」
ドグマ先輩は異を唱えながら、ちょっと照れて笑ってるように見える。
わたしも、まるで複写だって言ってもらえるような、こんなすごい絵を描きたい。
美術部での活動は楽しい。
楽しむのも大切だけど、もうちょっとだけ、気合い入れてみよう。
(了)
Twitterとお題箱で募集。(2021年4月4日)
お題:兎 セントラルドグマ先輩
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