マリーゴールドに誓う(現代)

(妊娠、出産にまつわる暗めなテーマです)


 ★ ★ ★ ★ ★


 四十になって、おなかに子を授かった。

 この子は「一般的で常識的な」授かり方をした。私の年齢は高いという点以外では。


 私は十代の頃に一度、望まぬ妊娠をし、気づいた時には堕胎不可能な月齢になっていた。

 まったく、命というものに対して無責任だった。

 当時付き合っていた男性とは避妊をしていれば望まぬ妊娠はしないだろうという軽い気持ちでいた。

 世の中には子供が欲しくてもできない夫婦がたくさんいる。だからたとえ避妊をしなくてもできないだろう。ましてや「きちんと」避妊をしていれば大丈夫だと考えていた。

 月のものが遅れても、また不順になってるな、ぐらいにしか思わなかった。

 母親が私よりも先に私の体の変化に気づき、病院へと連れていかれた。

 妊娠が発覚すると、彼氏の連絡先は怒り狂った両親がすべて削除し、会っていない。

 彼が私に自分との子ができたと直接知らされることはなかっただろう。

 両親は私を家に軟禁した。

 出産間際に遠くの病院に入院させられた。

 出産時、元気な産声を聞き、その時にちらりと顔を見た。

 それが、その子を見た最初で最後だった。

 情が移るからと、私は赤ちゃんを一度も抱くことすら許されなかった。その子は、産まれてすぐに児童養護施設に預けられたのだ。


 それから二十年と少し。

 十年前に結婚したがなかなか子ができなかった。

 これも過去の報いかと思っていた。

 夫は私の過去を知っていて受け入れてくれていて、こればかりは天からの授かりもの、授からないなら二人でもいいじゃないか、と言ってくれた。

 その矢先の、妊娠発覚だった。

 嬉しくないわけはない。

 だがあれだけ望んでいたのに、いざおなかの中に命が宿ったのだと考えると、委縮してしまう気持ちもある。

 あの子を思い出さない日はなかったが、今までよりもいっそう、あの子のことが気がかりだ。

 今年で二十二歳になる、私の息子。

 どこでどうしているのか、元気でいるのか。

 いや、今は手放してしまった子よりもおなかの子が大事だと自分に言い聞かせるが、判っている、そんな問題ではないんだ、と。

 日に日に、ほんの少しずつ大きくなるおなかと、体に伝わってくる命のうごめきに、家の中で隠れて過ごした日々を思い出して泣き叫びたくなる時もあった。

 今度は、今度こそは、私がこの手で育てるのだ。

 夫の支えもあって、傍目でも妊婦だと判る頃には心も落ち着いてきた。


 うららかな春の夕方、軽く散歩して帰ってきた家の前で名前を呼ばれた。

 フルネームを、旧姓で。

 驚いてそちらを見ると二十代ぐらいのの若い男の子が立っていた。

 一目で判った。あの時の、私の息子だと。

 けれど、どんな顔をすればいいのかは判らなかった。

 息子は、私の全身を見て、おなかに目を止めた。

「ありえねぇ」

 彼から漏れたのは明らかに軽蔑している声だった。

「あんた四十超えてるよな? 妊娠? ないわ。きもっ」

 ぐさぐさと突き刺さる言葉。

 めまいがした。

「大学卒業して、あんたのこと聞いて、人生の節目だからって、なのに……」

 息子は目じりに涙を浮かべて、ぐっと私を睨んで、走って行ってしまった。一度も振り返ることなく。

 ショックだったけど、嬉しさもちょっとだけあった。

 大学を卒業したんだ。産みの母親のことを聞いて挨拶に来るぐらいに、真っ直ぐに育ったんだ。育ててくれる人に引き取られてたんだ。

 なら、このままでいい。

 こちらから会うことはない。

 ずっと忘れずにいた赤ちゃんの元気な産声と、ちらりと見えたくしゃくしゃの泣き顔は、悔しそうな涙を浮かべた顔に塗り替えられてしまったけれど。


 五月になって、私は出産した。

 赤ちゃんは元気な女の子だ。

 息子と同じように、元気な産声と、くしゃくしゃの泣き顔だった。

 退院して間もなく、家に花が届けられた。黄色のマリーゴールドだ。


『あの時はごめんなさい。いつまでもお元気で』


 手書きのメッセージカードが付いていた。

 息子からだった。

 涙があふれてくる。

 花束を抱きしめて、久しぶりに大声で泣いた。

 貴方こそ、どうか、いつまでも元気で。

 貴方の妹は、貴方に負けないくらい立派で優しい人に育てます。



(了)



 お題箱より。(ぜひお題をお寄せください)

 https://odaibako.net/u/MiturugiHikaru

 

 お題:10代前半に出産して子供を里子に出した女性が40代にして妊娠してそんな中で息子さんと再会するみたいなお話。(2021年2月21日)

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