第15話出発……

 出発の準備といっても特別何かするわけでもない。もともとアキトとセツナは、流浪の旅人、みたいなモノだ。アネットもエルフの国から追放されているからアネット自身の荷物はあまりない。


 食料と自作した日用品だけアキトとセツナは持って、アネットはリリネットからもらった短剣とリリネットの持っていた荷物を持って洞穴を出る。


 もちろん荷物はアネットに持たせるなんて事はしない。アキトとセツナはアネットを蝶よ花よと育てることに合意しているのでアネットの荷物は2人で分担して持つ。そして基本的にアネットはセツナのもふもふの毛に包んで旅をする事にした。


 出発直前、最後にリリネットのお墓に別れの言葉を告げに行った。


「お母さん行ってきます」


 眼に活力が宿り、生きる希望を見出したアネットの言葉には確かな力強さが込められていた。


 簡素だけどこれからの人生に前向きな言葉はきっとリリネットの元にも伝わっただろう。


 3人はお墓を背に、歩みを始めた。


 3人仲良く順調な一歩を踏み出したかのように思えたがそうでもなかったらしい。


「アネットのためにもここの場所を知りたいけれど、僕たちはここがどこか分からないんだよね。うーん、どうしようか」


(上から見れば森に穴が開いてるだろうし、一発で分かると思うけど……)


「大丈夫だよ。お母さんはいつでも見ていてくれていると思うから」


 少し寂しげな表情を覗かせることもあるが、アネットの表情は明るい。


「でもまた3人でここに挨拶に来ようね」


「うん」


「キュイッ」


 いつか叶える約束があるなら、万が一離れることがあったとしてもまた会うことが出来るだろう。


「それにしても適当に歩いているけれど、僕たち森を探検するにしてもどこに行けば良いのか分からないから永遠に迷子なんだよね」


 思いだしたかの様に杜撰な旅の計画を話して聞かせたアキトだが、その心は非常に軽かった。


(この旅に希望は見えないけれど、アネットに希望が見えたから万々歳、だな)


「え? 大丈夫?」


「大丈夫、大丈夫。僕たちの旅なんて目的があってないようなものだから。ね、セツナ」


「キュイー」


アキトの旅の目的は確かに存在したのだが、完全に忘れてしまっている。もちろんセツナもである。


元々歳に似合わず大人びていたアネットだが、お母さんの事を乗り越えたアネットは精神面でさらに成長を遂げていた。


それもそのはず1度は1人で生きていく事を決意したのである。不条理が蔓栄しているこの世界においてのその覚悟は計り知れないモノである。


そしてアキト達のこの杜撰さ、これらはアネットにあることを決意させるのに十分な要因になりえた。


(私がしっかりしないと)


 幼い子供にそんな決意をさせているとは、夢にも思っていないアキトは陽気に歌を口ずさんでいる。


「私、多分お母さんと来た方なら分かると思う」


「え? 本当に?」


「うん」


「それじゃあエルフ達の居る場所に行けるってこと?」


「ううん、エルフの里じゃなくて、確かグリ……グリファ……グリなとから王国だったと思う」


「もしかして、グリファニア王国?」


「うん、たぶんそんな名前だった」


「え? 本当に? 僕もそこから来たんだけど。こんなことあるんだね。それにしてもアネットは何でグリファニア王国から来たの? エルフの国から逃げてきたんだよね?」


「うん、グリファニア王国はお母さんが昔冒険者として行ったことがあったんだって。だから逃げている時に、お母さんがそこに行こうって。でもそこにも長くは居られなかった。それで色々あってここまで逃げてきたの」


「そうだったんだ……それじゃあここはグリファニア王国から近いってこと?」


(色々の部分も聞いてみたいけれど、今はやめておこう)


「近くはないと思うけど、お母さんはひたすら西に進んでいるだけって言っていたから東に行けば着くかもしれない。正確なことはわからないけど……ごめんなさい」


「いいっていいって。全然大丈夫。僕らだけだったら一歩も前に進んでいなかったから」


 そう言いながら笑っているアキトだが、アネットは不思議に思っていた。


(本当にどうするつもりだったんだろう)


 アキト達に対する大きな信頼は変わる事はないけれど、その性格に心配を覚えてしまうのは仕方ないのかもしれない。


「そうなんだ、確かお母さんのコンパスがあったと思うから、方角は分かると思う」


「なら良かった? アネットは天才かもしれないね」


「キュイー」


 頭を撫でられるのは嫌な気持ちにはならない、むしろ嬉しいくらいだけどアキトのスキンシップは以前に比べて遙かに多くなっていた。


 それに加えてセツナもである。身を寄せてくれるのは嬉しいがセツナは自身が巨体であるということをたまに忘れることがある。


 心身共に距離の近くなった3人の関係は既にアネットが中心になりつつあった。


「そうかな? ふふっ」


 そして頭では色々考えるがアネットも結局笑みを溢すことになるから2人をさらに加速させた。


「天才だよ。間違いないね」


「キュイ、キュイ」


 しばらくの間、ほんわかした空気が3人を包んでいたがそろそろ前に進まなければならない。


そしてアネットが切り出さなければ何も進まないこともアネットは知っている。


「2人とも、もう行くよ」


「うん」


 立場が逆転したようだ。


 3人は先程まで進んでいた道を引き返して行く。


「いやーそれにしてもさっきまでの道だったら確実に迷子になっていたね。セツナ、これからはアネットの言うとおり進もうか」


「キュイ」


 先程まで向かっていた先とは真逆の方向に進んでいくことになった3人。もう一度お墓に挨拶してグリファニア王国を目指して歩いて行く。


「それにしてもアネットはグリファニア王国に戻るのは嫌じゃないの?」


「ううん、そんなことないよ。アキトとセツナが一緒なら」


はにかみながら答えるアネットは可愛く庇護欲を駆り立てられる。


(この子はどこまで良い子なんだろうか)


アキトとセツナにそんなことを思わせてしまったアネットが、2人から抱きしめられるのは無理もない。


(アネット、めっちゃ良い子)


 森の中だと言うのに1つの丸い毛玉に覆われていた3人は切り替えて先に進むことにする。


「それじゃあ気を取り直して行こう。いざ行こう、グリファニア王国へ」


―――――――――――――――――――――――――――――――――――


2人と1匹の魔物が森の中を進んでいる。


「ようやく見つけました。我らが主様」


 彼らの遙か後方、密集した木々の中にそれはいた。


 実体を持っているのか、はたまた持っていないのか。透き通った青白い身体は、輪郭を定める事を決してしない。


しかし僅かに光る両目から向けられる視線は確かに相手を捉えているようだ。


 怪しい視線を向けられているというのに、彼らは気づくそぶりすら見せない。それどころか脳天気に遅々とした歩みを進めていく。


それは先に消えていく彼らを見届けると、掻き消える様に闇の中に溶けていった。

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異世界守護霊無双~異世界に行ったらスキルが最弱だからと廃棄されたけど、このスキル実は最強!?~ こういってん @nizipoli

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