第12話異様な瞳……

(ダメだ! 出てきちゃダメだ! アネット。中にいればきっとセツナが守ってくれるから……)


 声も上げることも出来ず心で叫ぶことしか出来ない。


 そんな心の叫びは聞こえるはずもなくアネットは一歩、また一歩と歩いていく。


少しずつ近づいてくる足音が、アネットの声も届けてくる。極限の状況下のそれはアネットの本当の叫びなのだろう。


「お母さん、助けて、お母さん……」


 アネットは悲痛な叫びを上げながら歩く。しかしその姿をアキトは黙って見ていることしか出来なかった。


「お母さん……熱い……苦しいよ」


 掌で抑えても漏れ出してしまう涙は、届かないお母さんへの思いだろう。


 アネットを見ることしか出来なかったアキトは何とか止めに向かおうとする。


 しかし思いだけで体を動かすことは出来ない。ただただ地面を舐めながらアネットを見上げることしか出来ない。


「お母さん、どうして助けてくれないの?」


 アネットの言葉の語尾が強くなっていく。


「痛い、痛いよ……お母さん」


 叫び声はアキトの心に降り積もり、内側から膨れ、心を割いていく。


 地面に這いつくばり何も出来ないアキトに、アネットを直視することは出来なかった。

 

一層増していく痛みの中、ついにアネットは限界を迎えた。


幼い子供特有の甲高い叫び声に対し、その声量は少女から発せられたとは思えない程響き渡る。きりきりと鋭利な叫びはその場にいれば、誰もが耳を塞ぎたくなることは必然である。


 そして眼を押さえるのをやめ、大きく見開かれたアネットの眼は異様であった。本来白目である部分が黒く染まり、黒目の部分は赤く染まっていた。


 言い知れぬ恐怖を放つその眼はさらに見開かれ、その眼には目の前にいた女王蟻だけが映し出された。


 そして次の瞬間、女王蟻は塵となって消えた。いや塵も残さずに消失した。


 女王蟻が消失してしまうと、働き蟻の挙動は明らかに変わった。


 今までは、脇目も振らずに敵と見なした相手には襲いかかっていた。それなのに女王蟻が消失した途端に、まるで何もなかったかのように洞穴の前から去って行った。


 働き蟻たちにとって女王は命よりも大切な存在である。そのためどんな命令でも命をかけてでも完遂させる。


 そんな存在であるが故に、もし女王が殺されでもしたら殺した相手に一斉に襲いかかるのは目に見えている。命よりも大切な存在が殺されたのだ。ならば自分の命を惜しむことなく、ひたすらに相手に襲いかかるのは当然の行動だろう。


 最初に女王が働き蟻たちを引き連れて現れた時、真っ先に女王蟻を狙わなかった理由の1つは、それが予想出来たからである。


 女王蟻を殺して働き蟻に暴走されるよりは、女王蟻に命令され規律を与えられている働き蟻を相手にする方がまだましである。


 図らずも今回は、アネットの魔眼が暴走したのか、働き蟻よりも先に女王蟻を殺してしまった。


 それなのに働き蟻たちは襲いかかってこない。そればかりか臨戦態勢を解き、帰って行く。


 これは本来あり得ないことだ。


 だから当然アキトは困惑した。


(……どういうことだ?)


 女王蟻を殺しても働き蟻に何事もなく帰らせるには、働き蟻の中の女王蟻という存在自体を消し去るぐらいしないとあり得ないことである。


 しかし現実では、それが起きている。


 アネットによって働き蟻は帰って行き、僕たちは生きている。


 何はともあれ全員助かったことは素晴らしいことである。であるが……それは同時に1つの可能性も含んでいた。


(働き蟻の中から女王蟻の存在を消し去る、か。自分で考えても馬鹿げている……)


 本来あり得ない考えを頭で否定してもそれ以外の可能性を考える事が出来ない。


もし先の考えが正しいのなら、アネットの魔眼は“相手の存在自体を消失させる”と言うことになってしまう。


(そんな事実があって良いはずがない)


 それは最悪の推測を導いてしまうのだから。


 それはとても残酷な推測


 決して事実となってはならないそれはなおも頭の中で強く訴え掛けてくる。

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