第11話死闘……
抵抗むなしく流されていった後には本当に何もない荒野が広がっていた。森の中に不自然に広がった清々しいその情景は、それを作った当事者の心を表しているかのようだった。
草木1本残ることすら許されない圧倒的な攻撃。
これほどの攻撃を受けてまだ立ち向かってくる魔物なんているはずがないという考えが頭を占める中、“もしかして“が頭の中をよぎる。
しばらく更地と変えた場所を静観していると遠くから大地を踏みしめる音が耳に届いてくる。
(な、まだ向かってくるのか! セツナはもう限界が近い……)
彼らの足音が無慈悲にも近づいてきていることを伝えてくる。
そしてついに蟻達はアキトの視界に入ってくるまでに近づいてきた。
その光景はアキトに吉報と凶報を同時にもたらした。吉報はついに女王蟻が姿を現したということ。凶報は働き蟻がまだ百匹以上はこちらに向かってきているということ。
(セツナのスキルも超越魔法一発くらいが限界だろう。あとは……)
別にセツナの魔力が少ないわけではない。それどころか守護霊で繋がって初めて分かった。セツナの魔力は膨大である。
しかし消費魔力も非常に膨大。
超越魔法を操る必要のある魔法はもう使用することが出来ない。
頭の中で何か解決策を講じるが、考えるだけ無駄なこと。あとはがむしゃらに戦うほか道は残されていない。
守護霊を装備して物理攻撃での戦闘になるだろう。覚悟を決め、せめてもの抵抗として1つの魔法を発動させる。
「独創中級魔法:
魔法を発動させると、地面から突き抜けてきた美しくも禍々しい氷が壁となってアキトと蟻を一直線に繋いだ。
ある程度近づいてきたところで改めてその大きさと数の量に圧倒される。蟻と蟻の隙間から見えるものは蟻であり、アキトの視界はどこまでも黒く塗り潰されている。物理的な攻撃しか残されていない今、お互いの領域に入った瞬間に闘いは始まる。
確実にその時は近づいていた。
10メートル、5メートル、3、2、1
視界全てが鋏を備えた醜悪な蟻の顔で埋められる。
そして得意気に差し出してきたその鋏がアキトを捕らえようとする瞬間、アキトは右腕だけ守護霊を装備して鋏ごと醜い顔をぶん殴った。
飛躍的に向上した攻撃力をもつ拳の前に頑強な鎧を持つ魔物でさえも攻撃は貫通し、後方に吹っ飛んでいく。
そして瞬時に装備を解除し蟻の群れに中に特攻していく。一発一発相手を仕留めきるつもりで拳を振るう。
右腕を装備して殴り、すぐに解除。続けて左腕を装備して殴りつけすぐに解除する。これを何度も繰り返し、なるべく気力が削がれないように戦う。
何匹倒すことが出来ただろうか。倒しても倒しても目の前に湧いてくるそれは無尽蔵にアキトの体力、気力を削っていく。
風前の灯火となったアキトはなんとか洞穴の前にまで戻り、もう1度セツナへと左腕を飛ばす。
セツナも限界を迎えてしまう最後の魔法を行使する。
セツナに繋げた守護霊の感覚からセツナも満身創痍であることが伝わってくる。
それでもアキトはここでやめるわけにはいかない。
最上級回復魔法「
「独創超越回復魔法:
最上級回復魔法「
そしてさらに守護霊の能力で底上げした「
時間にして10秒程ではあるが何を受けても何をしたとしても体に支障をきたすことはなくなる。
(この10秒で仕留めきらないとアネットもセツナも殺されてしまう。この10秒ですべて倒すんだ!)
左腕を送還、再度近くに召喚し、今度は両腕とも装備する。あとはひたすらに拳を振るうだけ。
踏み込み腰を捻りその勢い全てを拳に乗せる。
既に倒した数を数える余裕は全くない。ただひたすら殴り続ける。
殺して殺して殺して……一体どれほど敵を倒せばいいのだろうか。
(殺しても殺しても減っている気がしない。手から足から体中から悲鳴が聞こえてくる。あぁ、もう10秒は経過したのか……)
アキトはもはや理性で行動なんてしていない。ただ生命の危機に陥った生物として、最後のあがきをしているにすぎない。
すべての感覚が鈍くなっていく中で、目の前の蟻がどんどん離れていくのだけがわかる。
(やっとどこかに行ったか……)
そう思ったのも束の間、ようやく手に入れた安心感を即座に捨てることを強制される。
目の前にいた魔物は依然としてこちらを向いて動いていたからだ
(そうか……僕が飛ばされているのか……)
歩んできた道を巻き戻されるように何も出来ずに後方へと吹き飛ばされていく。
せめてもの抵抗として装備を外し、守護霊を自分を背中から支えるように配置した。
身体の芯を突き抜けるような衝撃と共に地面が起き上がってくる。
死んでいてもおかしくない状況の中で、こちらに近づいてくる蟻の魔物を見ることが出来ている。
(まだ生きているのか……)
前方からやってくる魔物の群れを見る限り、その数を減らすことが出来たのかさえ怪しい。
起き上がる体力も気力もない中で一際大きな鳴き声が耳に入る。それはおそらく女王蟻のだろう。
勝ち誇ったかのように叫んでいるその声は、心を酷く逆撫してくる。
その気持ちが届いたのか女王蟻は、他の蟻に道を開けさせまっすぐこちらに向かってきた。
その歩みと共に絶望、憎悪、後悔、様々な感情が複雑に絡み合い心の中を侵食してくる。死ぬ寸前に人生の走馬灯を見るらしいが浮かんでくる思い出はこの世界にやってきた後の出来事ばかりだ。
クズな王女にクズな勇者、そんなクズ共を称えるくだらない王国の連中。対して短くも濃厚な時間を共に過ごしたセツナとアネット。死ぬ間際になって改めて自分のやるべきことを自覚する。
もっとセツナに触れていれば……もっとアネットを気にかけていれば……。もっとあのクズ共への復讐を誓っていれば……
死ぬ瞬間さえも心を負の感情が支配していることに自分を嫌いになりそうだ。それでももうすぐそんなことを考えることも出来なくなるだろう。
人生に幕を下ろそうとしているアキト。しかしその後ろから何かを引きずる音が聞こえてきた。
死への恐怖心が死守していたはずの後方から魔物の足音を幻聴を聞いているのかと思ったが、それは違った。
まだなんとかこの世を映しているアキトの目は別の姿を映しだした。
それはアネットだった。
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