第8話アネットの過去……

そしてダークエルフであるがために、アネットの人生は悲惨なものであった。


ぽつりぽつりと話してくれたアネットの話は、聞くだけでつらいモノであったが、アキトは聞かなければいけない気がした。


アネットは幼いながらも自分の置かれている立場を理解していた。


 ダークエルフと呼ばれるエルフの変異種は、生来魔眼と呼ばれる眼を持って生まれてくる。その眼を持って生まれてくる者は、透き通る様な白い肌を持つエルフに反する存在であり、だからエルフを汚したような黒い肌を持って生まれてくると考えられていた。


異質な姿に異質な力を持つダークエルフは、エルフ達の中では不吉の象徴とされ、人間よりも魔物に近いという認識をもたれていた。その結果ダークエルフはエルフ達から迫害を受けるのだ。


 それでもアネットのお母さんは、アネットを守ろうとエルフの国からこの洞穴まで逃げてきて暮らしていたらしい。しかし、ある日を境に急にいなくなってしまった。


 洞穴生活をしていく中でまだ幼かったアネットは、調子を崩してしまった。それでもお母さんはどこからか薬を手に入れてきてくれたり、食事から何まで看病したりしてくれていたそうだ。


 しかしアネットの体調は日を追うごとに悪くなっていく。頭が割れそうなほど痛く、心臓はあり得ない程早く打った。


これ以上はもう耐えることが出来ない、そう死を覚悟していたある日、急にその痛みは治まり体調は快方に向かい始めた。

 

 久方ぶりに安らかな眠りにつくことが出来たアネットが眼を覚ました時、アネットのお母さんの姿はそこにはなかった。


 アネットはどこかで自分のために頑張ってくれているのだろうと思い、帰ってきたら今度は自分がお母さんを休ませてあげようと思っていた。


 それでもその日にお母さんは帰ってこなかった。


 自分ために頑張ってくれているとはいえ帰ってこないのは、幼い心ながらも心配だった。それに何より大きな洞穴にひとりぼっちというのは寂しかったのだ。


 きっと次に目を覚ましたらお母さんが笑って側にいてくれている、そう信じてその日は眠った。


 次の日、目覚めたアネットは真っ先にお母さんの姿を探した。しかし見つけられない。


きっと今帰ってきている最中だろう。お母さんはきっと疲れて帰ってくる、だからお母さんが安心して帰ってきてくれる場所を自分が作ろうとした。と言ってもアネットに出来るのは掃除くらいしか無かったのだが……


お母さんの荷物はとても多く以外に掃除だけでも大変だった。それでも一日もあれば掃除は終わり、お母さんの帰ってくる場所は綺麗になった。


 でも結局、その日もお母さんが帰ってくる事はなかった。アネットは帰ってきてくれないのは寂しいけれど、お母さんも頑張ってくれているから泣き言は言わないように涙も押し留めた。


 次の日もお母さんはいなかった。アネットの胸中にどうしても不安な感情が溢れてきてしまう。


もしかしたら何かに襲われてしまったのでは? 

お母さんの身に良くない事が起こってしまったのでは?  


いくつもの負の感情がこみ上げてしまうけれど、お母さんを迎え入れるのは自分だけだからと自分に強がっていた。


 次の日。さらに次の日。いつまで待っていても帰ってきてくれない。もしかしたらお母さんは自分に嫌気が差してどこかに行ってしまったのか、とも考えたけれどお母さんを信じていない自分のところに帰ってくる訳がないと自分を説得してアネットは待ち続けた。


 1週間が過ぎ、2週間が過ぎていく。お母さんの残してくれた食料や水は底をついてしまった。それでも自分のところにお母さんは帰ってきてくれると信じて待ち続けた。


さらに何週間か経つ。その間もお母さんが帰ってこないという事実は少女を蝕んでいった。

水は雨が降ったときの水を飲み、お腹が空いたときはお母さんと一緒に食べた美味しい食事を思い浮かべて待ち続けた。


でも飢えや乾きよりも、何よりもつらいのはお母さんが側にいないこと……それに比べれば、つらいことなんて無かった。


 命の灯火を削って待ち続けてもお母さんは帰ってこない。


そして本当に命の灯火が消えてしまう、丁度その時にアキト達はやってきたのだという。


 悲し過ぎる過去を背負うアネットにアキトは掛ける声が見つけられない。


 アキトが気休めを言ったところで、アネットの気持ちの重さには到底叶うわけがない。所詮軽い言葉にしかならない事は、分かっていた。


 それでも何か言うべきだ、何かしてあげるべきだ。そう考えれば考えるほど、困惑してしまった。


 そしてアキトが取った行動は、実に簡単なものであった。


 アキトはアネットを抱きしめた。


 言葉では表わしようのない思いでも、抱きしめることで伝えられることは確かにあった。


 アネットよりも号泣し、嗚咽を漏らすアキトの姿は、言葉よりも雄弁に語っていただろう。


 それに感化されたのか、セツナも2人を抱きしめた。


 しばらく後、アネットを抱きしめ、固まっていた3人であったが漸く離れることに成功した。


 少しだけ冷静になれたことで、アキトは昨日の事を思い出した。


(昨日、僕たちがアネットを見つけていればアネットの苦しみはもっと早く和らいだんじゃ……)


 後悔という感情がアキトを襲い、それは罪悪感へと変化していった。


それはさらにアキトに謝罪を強制させた。


「助けてくれたのはあなた達だから謝らないで」


 アネットにそう言われた瞬間、堪えていた涙がまた溢れてしまった。こんな状況になっても相手のことを思いやることが出来る。


 アキトよりも遙かに大人びていた。


「アネットはこれからどうするの? まだここでお母さんを待つ?」


 死にかけてアキトに助けられた上で、まだお母さんを待つと言ったことに罪悪感を覚えたのか、アネットは申し訳なさそうに頷いた。


 ここまでの苦しみを耐えてきたアネットに、罪悪感を覚えさせてしまったアキトはもっと深い罪悪感を覚えた。


(今までのアネットの苦しみをなくすことは僕たちには出来ない……それに考えれば考えるほど、アネットの苦しみを理解する事はできないだろうな……ならこれからのことを考えよう)


 アキト達の旅は特に目的もない。唯一王国のクズに復讐が目的なのかもしれないが、アネットのことに比べればもはやどうでもいいことであった。


アキトの中で、優先順位1位はアネットだった。


「それじゃあ僕たちも一緒にお母さんを待ってもいいかな?」


「ほんとに?」


 アネットのなんとか押し殺した悲しみの上に描かれた笑顔は、アキト達の心を強く揺さぶった。


「うん、一緒にお母さんを迎えてあげよう。その時はお母さんに僕たちを紹介してね」


「うん!」


「セツナもそれでいい?」


「キュイ」


 セツナもアキトと同じ気持ちであった。


 それからはただひたすらアネットのお母さんを待ち続けた。


 何日も何日も……それでもアネットのお母さんが帰ってくることは無かった……

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