第4話毛玉と右腕……

 どうやらゴミを捨てるだけでも、わざわざ数百メートルも上空に転移させてくれたようだ。このまま落ちてしまえば間違いなく内臓をぶちまけて人生終了である。


 しかし重力に逆らいようもなく自由落下を続ける。


そんなアキトを助けてくれたのは巨大な鳥だった。


 全長15メートル翼幅30メートル程の大きな鷲に似た鳥はその大きな鉤爪で器用に小さなアキトを掴んだ。


 鉤爪でいつ握り潰されるかわからない恐怖を感じながらも、雄大な自然の景色を無理矢理楽しまされる。


しばらくの間、飛んでいると鳥の巣に着いてしまった。ひときわ高い木の上に作られた巨大な巣。


 今から食べられると頭では理解している、でもそれは受け入れているというわけではない。


巨大な巣の中には雛が一匹だけいた。ふわっふわの真っ新な羽毛に包まれた毛玉のような雛。しかしアキトには、その可愛らしい毛玉にはふさわしくない恐ろしい嘴が見えてしまった。


 親鳥が毛玉に近づいていくと、その毛玉は口を大きく開けてスタンバイする。


 親鳥はアキトを一度地面に置くと口で持ち替えて毛玉の口へと運んでいく。毛玉の開いた口の上にセットされ、落とされた。


 そんな絶望的な状況であっても、アキトは頑張って直立を保ちつつ落下していく。もがいてあの嘴に噛まれないように。毛玉のお腹の中に一瞬でいけるようにと。


 結果、普通に食べられた。


食べられたのだがなんとか毛玉のお腹の中で生きていた。


 毛玉の中は狭く真っ暗で何も見えやしない。下は胃液でベトベトだし何より匂いがひどい。足下は今まで食されてきたその残骸で埋め尽くされていた。

 

 次から次へと自分の身に起こる出来事はあっという間にリアナへの恨みとか復讐とかを忘れさせる。そんなことに今更頭を悩ませても意味がない。


今この時を生き抜けないとそんな話は夢のまた夢だ。ここから何とか脱出しないとこのまま毛玉の糧になってしまうのだから。


 アキトは守護霊と自分の拳で毛玉を腹の中からひたすら殴りつける。しかし毛玉の腹は思ったよりも柔らかく、拳は弾力に負けて跳ね返ってしまう。


 次に爪を立てて思いっきりひっかく。ヒロキに殴られて既にボロボロの体に鞭を打ちつつ、何度も何度もひっかいた。


ただただ一心不乱にひっかく、爪が剥がれそうになっても何度も何度も。正直有効な手だとは全く思えなかったが、他に選択肢は用意されていなかった。


しかし何が功を成したのか、アキトは見事に毛玉の胃の内容物とともに外に吐き出された。


 日の光の元、思ったよりもグロテスクな内容物を見るとこうならなくて良かったという安心感と共に、そうなりえた状況にいた恐怖は頭の中で渦巻いている。


 毛玉の外に出たからといって全てが解決、というわけにはいかない。


 見れば、何かひっかかりでもしたのだろうか、涙目でもがいている。


(親鳥は……いない? いやまだ近くに居る可能性は大きい)


 親鳥がいないことがひとまずの安心感をくれるが、この先どうすればいいのかわからなかった。


 そして毛玉はというと、よっぽどつらいのか嗚咽を漏らしている。


 真っ白の毛玉にまん丸なくりんとした大きな目。しかもその目を潤ませながら苦しそうにしているのだ。


(助けるべきか? でも自分を食べようとした相手だぞ……仕方ない……)


 アキトは少し考えた後、毛玉へと歩いていった。


「いやこれは違う。これは可愛いから助けるとかではないから。動物愛護団体に怒られちゃうから助けるのであって……」

 

 1人で言い訳をしながら、毛玉によじ登り喉の奥に引っかかっていた大きな骨をとってやった。


 すると毛玉の目がみるみる内に輝きだした、それは命の恩人を見るかのようであった。


「キュイ、キュイ」


 アキトに身を寄せながら鳴いてくる姿には、アキトにも思うところがある。


(可愛い……)


しかしいくら和んだところで状況は何も改善されていない。毛玉に懐かれたのは良いけど、親鳥が帰ってきてしまえば食べられてしまうのは確実。


しかしこの高さの木から下りるのも無理。でも下りないわけにはいかない。しかしそんな能力もない。


どうしようもない状況の中で、アキトはは1つの事を思い出した。


(ん? 能力? そういえばあの時)


 アキトはリアナから魔法で殺されそうな事を思い出す。と同時に負の感情が蘇ってくる。


 しかし今はそれを努めて無視し、冷静に分析してみる。


(あの時、いくら守護霊で身を守ろうとしたからってあれで命が助かるとは思えない。あんな小さな左腕だけで、あの炎に対抗出来るとは思えない。それでも助かった……)


 そこまで考えるとアキトはもう一度ステータスと念じた。


 名前: 久道明人

 称号: 異世界人 ??の恩人 

 種族: 人間  

  Aスキル: 〈言語理解〉 

  Cスキル: 〈守護霊使役lv2:左腕lv1〉


(称号に“??の恩人”が加わってる。??は毛玉のことかな? スキルは……お、守護霊lv2。もっと詳しく見れないのかな)


 ステータス上のスキルの部分を指で触れてみる。すると詳細が表示された。


 守護霊lv2 左腕lv1(能力:魔力吸収)

左腕lv2 or 右腕lv1


(え、あの左腕魔力を吸収できるの? 仮にそれがあの時偶然発動できたとしたなら、僕が死ななかったことにも納得出来る。その下は……まぁ単純に考えてこの二つのどちらかから選ぶってことだよね、ここは右腕だよな……左に能力があるなら右もあるかもだろうし)


右腕lv1を選択してみる。


 名前: 久道明人

 称号: 異世界人 ??の恩人 

 種族: 人間  

  Aスキル: 〈言語理解〉 

  Cスキル: 〈守護霊使役lv2:左腕lv1 右腕lv1〉


 ステータスにはしっかりと反映されていた。次に右腕の能力の能力を見てみる。


 守護霊lv2 左腕lv1(能力;魔力吸収) 

右腕lv1(能力;魔力解放)


 右腕は確かに能力を有していた。持っていた能力は魔力解放。魔力吸収があるなら魔力解放があるとちょっとは考えていたが本当にあった。


 その能力をどうやって使うのか、そもそも魔力吸収がどういったものなのかを知る必要がある。


 そう考えて少し考えこんでいたアキトに異世界は再び牙を剥いて現実を知らせてくる。


「キュイッキュイッキュー、キュイッ」


 ステータスに熱中していると毛玉が何やら騒ぎ立てている。


 不思議に思いながらも毛玉の視線の先を追うと親鳥と同じくらいの大きさの竜がいた。


「さすがにうそだろこれは」


 恐ろしい体躯とは裏腹に翼は一回りも小さい。しかしそれだけで、恐ろしさが減ることはない。


竜は光を全て飲み込んだような真っ黒な鱗を持ち、深紅に輝いている瞳からは生存本能に警鐘を鳴らさせる眼光を放っている。


 さらに竜は口の中から青い炎を覗かせている。


(絶対にブレスじゃん……まともに対峙して勝てるわけがない。ていうかどこまで僕はこんな感じの人生なんだよ……。

でもやっぱり逃げないと、でもどうやって? 逃げられないからこんな所に留まっていたのに……

 じゃあ戦う? 僕の力では絶対に負けるしそもそも戦いにならないだろうなぁ。異世界に来てもこんな小さな両手のスキルだけ……両手のスキル? あの時、身を守ってくれた左手の能力:魔力吸収。あの時の吸収した炎はどこに行った?)


 一か八かにかける他なかった。


「スキル守護霊使役:右腕」


 また体の中から力が抜け落ちる感覚を覚えるが今はどうでも良い。


 目の前に2日だが馴染みのある左腕とは別に、今度は純白の下地に漆黒の線が施されている右腕が目の前に現れた。


 右腕に感覚を向けてみると、何かが溜っているような不思議な感覚が感じ取れる。


 しかし既に竜はブレスを放っていた。


 だから考える暇なんてなかった。アキトは守護霊の右腕を相手に向けると即座に叫んだ。


「魔力解放」


 その瞬間クズ王女に放たれた炎の球が今度はドラゴンに向かって飛んでいく。


 あの時は何の気もなしに見つめていただけであったが、今こうしてみるととんでもない程の大きさの炎の塊である。


(あいつそこまでして僕のことを殺そうとしていたんだな……)


 言い知れない怒りを抑えながらも炎の行方を見届けようとするが、急に体に力が入らなくなり毛玉に倒れ込む。


(あぁ、ここで終わりなのかな……最後にこんなモフモフの毛玉に包まれながら死ねるのなら割と良い最後かもしれない。欲を言えば最後にあのリアナとヒロキ(クズ)を殺しておきたかったけど……)


 アキトが気を失った後、炎の球はブレスとぶつかり合い激しい衝撃波を発生させながら爆発した。


 その影響によって宙に放り出されたアキトは毛玉に包まれながら森の中へと堕ちていった。



 なんだかくすぐったくて目が覚めるとアキトは毛玉に包まれているままだった。


 そこだけ切り取れば巨大なふわふわに包まれたメルヘンな雰囲気なんだが……毛玉から這い出て周りを見てみると不気味すぎる。


 辺りは鬱蒼と木々が生い茂り、日の光がわずかにこぼれているだけでほとんど届いていない。


 そんなところにいる白い毛玉。この場所では真っ白の毛玉は、間違いなく浮いている存在であった。


「ここどこなんだろう……毛玉、毛玉生きてる?」


「キュー」


 元気な毛玉の鳴き声が聞こえてくる。なんだか嬉しそうに聞こえるのは気のせいだろうか。そしてそれを聞いて少し嬉しく感じるのは気のせいだろう。


 アキトは現状を確認してみる。生きている、毛玉は元気、辺りは森、毛玉は木の幹の間に挟まっている。


 最後以外は良かった。というのも毛玉の様子を見てみると木の幹と幹の間にすっぽりと挟まって出られないようなのだ。


 だというのに


「キュー、キュイ」


 鳴く声には元気な様子が感じられる。


「毛玉、どうする? これから」


「キュイ?」


「こんなところに異世界からの人間と毛玉が一匹だけ。どうやって生きていくっていうんだろうね……」


「キュイィ」


 自虐を加えながら聞いたアキトの問いは、毛玉の気持ちを少し落ちこませようだ。


どうやら毛玉は話の内容理解してるようで、少しだけ毛玉の鳴き声にも元気がなくなる。


「毛玉、そこから抜けられる?」


「キュイィイ」


 鳴きながら頭を振るそぶりを見せた毛玉は完全に言葉を理解していた。アキトもなんとなく毛玉の伝えたい内容を頭ではなく心で理解できる。


言語理解のスキルだろうか


「そうか、まずはそこを抜けないとな。でももう少しだけこのままでも良い? 気持ちが良いし」


「キュイ、キュイ」


 嬉しそうに鳴く毛玉の上に寝転がって、見えない空を仰ぎ見る。


(思い返せば僕ってまだ異世界に来て2、3日目なんだよな。濃すぎる。巻き込まれたと思ったらあのクズに良いように嵌められ、竜に襲われつつも毛玉と仲良くなった……

 振り返っても仕方ないが、あのクズには絶対復讐してやるとして、これからどうしようかなぁ

 異世界の人間と毛玉の2人だけ。しかもこの森絶対勝てないような奴ばっかりだろうしな。毛玉の親鳥なんて明らかに勝てそうにないし、あの竜だって……)


「はぁ」


 思わず漏れ出てしまったため息には複雑に感情が込められていた。


「そういえば毛玉はお母さんのところに戻りたいのか?」


「キュー? キュイッキュイッ」


 毛玉は意外にも戻る気はなかった。それどころかこれからの事に期待しているのか鳴き声を高くして答えてくれる。


「別に戻らなくてもいいの? ていうかそもそも戻り方も戻る場所もわかんないけど……」


「キュー」


「じゃあ一緒に頑張ろうね、死なないように……」


「キュー」


 一際大きく鳴くと幹の間から飛び出した。アキトは一瞬宙に放り出される。でも再度、毛玉に包まれた。毛玉は柔らかく弾力を持ち、羽毛に包まれている。極上のクッションのようなものだった。


しかし毛玉はまた幹に挟まった。


「一回出たけどまた挟まったね。もう一回出られそう?」


「キュイ」


 今度は元気の良い鳴き声が返ってきた。今度は出られる程度に挟まっているらしい。


 特にやる気も起きないし、アキトはゆっくり守護霊使役スキルについて確認してみる。


 スキル:守護霊使役 


 頭の中で念じて両手の守護霊を出してみる。守護霊を初めて召喚する時は気力が大量に吸い取られる感覚があったけれど、それはあくまで最初だけだった。今は両腕一緒に召喚したとしてもそこまで気力が減っている感覚はない。


 守護霊を一度消して今度は片腕ずつ召喚してみる。すると今度は両腕を一緒に召喚したときよりもさらに少ない気力がそれぞれの召喚時に抜けていく。


 しかし気力が抜けていく感覚は召喚するときだけであり、ランニングコストはかからないようであった。


次は魔法吸収と魔法解放も検証したいけど、魔力の出し方も知らないし、ましてや魔法を使うことも出来ない。


そのため後回しにするしかなかった。


アキトは次に毛玉について考えることにした。一緒に居るのに毛玉って呼び続けるのもおかしな話である。


「毛玉、僕が呼びやすい名前つけてもいい?」


「キュイ」


 肯定の鳴き声を聞けたので早速考えてみる。


(よし、なら何にしようかな。毛玉……白くて丸い……雪だるま……よりもふわふわだし……綿雪……いや待て待て、大きくなったらあれになるんだよな? この線はまずい。白い鷹だし、純白の鷹……ホワイトイーグル……難しいな名前つけるの。もっと簡単に……)


「セツナ、なんてのはどう? 雪のように白いし一瞬で仲良くなれたからね」


「キュイーー」


「気に入ってくれた? ふふ、じゃあこれからは食べられかけたことは忘れよう。セツナも僕のせいで胃の中のもの吐き出して死にかけたことは忘れるんだぞ?」


 双方に遺恨を残したあの事件をお互い触れないルールの下共同生活を開始する。

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