第3話諸兄……
「それでいつからそのダンジョンにはいけるようになるんだ?」
「それは……」
魔法使いの女性が答える前にマナコが言葉を挟む。
「それよりもいつになったら元の世界に戻してくれるんだ?」
マナコの問いに返す言葉を探す魔法使いの女性。しかしそれを見たヒロキが食って掛かった。
「お前、まだそんなことを言っているのか。見下げ果てた奴だな。そんなことは今、どうでも良いだろうが」
「どうでもいいわけないじゃない。私たちはあんたと違って元の世界に還してほしいのよ」
「くだらん。そんなこと人を、国を、世界を救うという行いの前になぜ考える余地があるというのだ」
2対1の状況ではあるけれど、1が2以上の勢いを持って対抗している。しかしこの戦いに仲裁をするものが。
「3人とも落ち着いてください。ヒロキ様の気持ち本当にありがたく思います。マナコ様とユウキ様のご希望に関しましては申し訳ないのですが私たちには解決することができません。私たちがあなた方をこちらに呼び出す際に使った召喚魔法は、本来使ってはいけない禁忌の魔法。禁忌の魔法は存在自体も秘匿されるべき魔法なのです。そのため残っている情報が非常に少なく唯一伝承されている異世界からの召喚魔法でさえ天に頼って行うしかなかったのです。ですから本当に申し訳ないのですが、私たちにはあなた方のご希望に添うことは出来ません」
魔法使いの女性からの説明を受けて2人は一頻りの不平不満を吐いて捨てた。
しかし自分たちを召喚した者から帰る方法がないと言われてしまっては、この世界のことを何も知らない身としてはどうしようもない。2人はそのことを痛感したのか、元の世界に還せと声を荒げて訴えることはなくなった。
一方で、ヒロキは
「俺はこの世界のために死力を尽くします。勇者として人々を導かなければいけませんから」
ヒロキは同時に2人に満足げな表情を見せつける。
(くどい、そして何よりも見ていてむかつく)
そう思っていても結局無駄に帰すことは、この短期間の付き合いの中で理解していた。
しかしここでさらにヒロキを苛つかせる出来事が起きた。
「人間界と魔界の情勢はおおよそわかったんですけど、もっと具体的に人間界と魔界がどう分れているのか教えてくれませんか?」
勝手に質問をしたのが癪に障ったのか、ヒロキは明らかに苛ついていた。
「ちっ、黙れ雑魚が。話に入ってくるな。そんなことよりも俺はあなたのことが知りたい。教えてくれませんか?」
(横暴も横暴。一緒に転移してきてここに来ているから話くらいさせてくれても良いんじゃ)
結局アキトもヒロキのことを理解していたのか、マナコ同様にそれ以上口を挟むことは無かった。
「これは失礼しました。私リアナ・ティリアム・フォン・グリファニアと申します。このグリファニア王国の第一王女です。気軽にリアナとお呼びください」
全員薄々身分は高いだろうとは思っていたが、魔法使いの女性は王女であった。しかし想像していた王女よりは物腰が柔らかそうで、頭はお花が咲いているように見える。
「おお、王女様でしたか。通りで美しいわけだ。王女様とわかった以上、俺がいつでもリアナを守ってみせます。だから安心してください」
「ありがとうございますヒロキ様。頼りにしております」
(うん、まぁ王女様なのはわかったけど。それで、僕の質問は完全に流れたのかな)
そう考えているとユウキが問い直してくれた。
「王女様それで明人の質問にも答えていただけますか?」
「これは失礼しましたアキト様。先ほどの質問は人間界と魔界がどのように分れているのかということでしたね。まず人間界と魔界は明確に分かれています。見てもらった方が早いと思いますが」
そう言うとリアナは全員の目の前に巨大な地図を広げた。そこには大きな大陸が2つそして小さな島国が1つ描かれていた。しかし地図のおよそ半分は、真っ黒に塗り潰されている。
「見ていただければわかると思うのですが、この世界には2つの大きな大陸があります。今みなさんがいらっしゃるグリファニア王国はこの大陸の北に位置しています」
リアナは地図を指しながら4人に説明していく。
「そしてグリファニア王国の南に位置しているのがエリトラン王国です。そして私達の大陸から、さらに東に位置するもう1つの大陸。そこにある国が、ノルティス帝国とルイウス公国。そして最後に小さな島国のアルネリア共和国の5つの国があります。そしてそれらを東西で挟むようにあるのが魔界というわけです。ルイウス公国とアルネリア共和国以外の国は魔界と大陸を分け合って存在している形になります」
仮に地図が指している範囲が世界の全てであるのならば、魔界と人間界はこの世界の領土を見事に半分に分けあっている。
しかし人間界を真ん中に描いているせいで、魔界が2つに分かれている。そこに疑問を覚えるアキトだが、考える時間も強制的に打ち切られる。
「おい、もういいだろう。俺らはこの国に呼ばれたんだ。この国のことだけ知っていれば大丈夫だろうが! リアナ、スキルはいつ使えるんだ?」
何もわからない状況でその考えは危険すぎる。そう思った、アキトは使用人っぽい人に頼んで小さく携帯できる地図を貰っておいた。
それからはヒロキを満足させるためリアナが王城を詳しく案内して、それぞれに自室が設けられた。「明日からは早速レベル上げとトレーニングを始めるため体を休ませるように」それだけ言われると4人は解散することになった。
アキトは与えられた部屋に戻って休んでいた。異世界に突然連れてこられて、非日常の出来事を思い出す。さらに前の世界のことにも思いを馳せていた。
どこかセンチメンタルになりながらも、1人で大人しく過ごしていると自室のドアがノックされた。
「誰だろ? 眼君と悠希さんかな?」
異世界に来て出来た友達の姿を思い出し、少し嬉しくなりながらアキトはドアを開けた。
しかしそこに居たのは眼でも悠希でもなかった。
ドアの前にはリアナがいた。
アキトがリアナがいる事に疑問を抱くよりも早く、アキトの意識は刈り取られた。
目が覚めてアキトの目に飛び込んできたのは外の世界と今居る立場を分断する鉄格子であった。
アキトの居る場所は誰の目から見ても明らかであった。そこは罪を犯したものが入る場所、牢屋だった。
あまりに急な出来事であるが故に、妙に冷静にアキトは質問した。
「あの、一体何で僕はこんなところにいるのでしょうか?」
この状況、これを聞く事がマナーなのかもしれない。
「アキト様あなたはそういう運命だったのです。恨むのなら自分の運命を恨んで下さい」
リアナのこれだけの言葉で、この状況を理解出来るような人間はいないだろう。
「そういう運命とはどういった?」
「異世界にやってきても、投獄される運命です」
「え? いや、そもそも僕はなんで投獄されなければいけないんですか?」
すこぶる冷静に対応してきたアキトであったが、じりじりと心の中を苛つきが侵略してくる。
「ちっ」
アキトの気持ちを察したのだろうか、リアナは舌打ちをすると面倒くさそうに答えてきた。
「はぁ、あんたが使えないゴミだからよ。私達は英雄を求めているのよ? この国にゴミは必要ないの」
突然態度を変えたリアナに驚愕しつつも、どこか腑に落ちた。
「ならこの城、いやこの国から出て行くよ。それならいいだろ? 僕を見たくないなら、この国には金輪際近づかないことを約束するよ」
「だめに決まっているでしょ? さっき言ったように私たちが使った魔法は禁忌魔法。本来使ってはいけない魔法なのよ? そんな魔法を使ったと知られたらこの国が危ないの。あんたなんかでもわざわざ処分する必要があるってこと。例えゴミでも、きちんと死んでもらう必要があるの」
「な、なんだよそれ。ふざけるな! 人の命をなんだと思っているんだお前は! そんな理由で人を殺そうっていうのか。そんなこと許されるわけないじゃないか!」
アキトの言い分を聞いたリアナは、さっきよりもさらに深いため息をもらした。それは呆れが多分に含まれているため息。
「ここはあなたにとって異世界なのよ? あなたの常識はここでは非常識なの。そしてこの世界において、あなたの生死を決めるのはあなたではないわ。今、私はあなたを廃棄する力を持っている、事実はそれだけ。あなたの倫理や常識なんてゴミより劣るものなのよ。そんなことも理解出来ないなんて、ゴミはやっぱり頭の中までゴミなのね。あなたはいらない、だから廃棄する。それだけで十分でしょ? あいつらも使えなかったら……まぁいいわ。じゃあ明日、あんた廃棄するから。そのつもりで残りを噛み締めなさい」
いとも簡単に発した言葉は、妙な説得力を帯びていた。しかしだからと言ってアキトが納得して、受け入れるは絶対にない。
最後の王女の微笑みは乾ききった何の気持ちも込められていないものだった。
リアナがいとも容易く発した言葉は、アキトの心に強く打ち込まれた。それは憎悪や憤怒、怨嗟や嫌悪を掻き立てる。
「巻き込まれて異世界に来て、スキルがゴミだから処刑? ふざけてやがって………ていうかこのスキルで守護霊を飛ばせば、鍵とってこれるんじゃないか?」
正直鍵をとっただけでは、ここから逃げられるとは思わない。それでも何もしなければ処刑される。
だったら直ぐに行動に起こすべきだろう。アキトは自分を納得させて行動に移した。
「スキル:守護霊使役」
小さい左腕が現れる。そして自分の左腕を突き出し、その延長線上に腕を伸ばすイメージで守護霊を動かしてみる。
すると守護霊は滑らかに動き始め、50cmくらい前に進んだところでピタリと止まった。
(あれ? これだけ? これじゃあ鍵を取ることすら出来ない……)
何の役にも立たない守護霊使役スキル。
(本当に最弱スキルっぽいな……)
少し時間が開いてしまえば、リアナに対する憎悪よりも自分の無力さを恨んでしまう。
牢屋の中で過ごすという貴重な経験は守護霊と戯れ実験しているだけで終わってしまった。
翌日、いつの間にか眠っていたアキトの元に、ヒロキと数名の兵士がやってきた。
「おい、てめぇ、昨日リアナを強姦しようとしたらしいな。スキルもゴミだし顔も性格も、その根性までもゴミだったな。本当ならてめぇを今すぐ殺してやりたいところだがな、リアナが自分のせいでこの世界に来てしまって、お前が困惑しているとか言ってるんだわ。リアナは優しいからお前みたいな奴の助命をお願いしてきたぞ。お前みたいな”ゴミ”をだ。だからおれも馬鹿じゃないから考えたんだわ。お前を殺したらリアナが責任感じちゃうかもしれないだろ? だからお前みたいなゴミはゴミ共のいる場所に戻すべきだと思うわけだ。どうせ死ぬだろうけどな」
ヒロキが近くの騎士に合図すると兵士は牢屋の鍵を外し、アキトを外へと連れ出した。
牢屋を出たと思ったら、既にヒロキの拳がアキトの眼前に迫っていた。そして次の瞬間、アキトは遙か後方に吹っ飛ばされていた。
瞬時にヒロキの拳と自分の顔の間に守護霊の左腕を召喚していなければ死んでいた、どう思える程ヒロキの拳には殺意が込められていた。
「これで昨日のことは許してやる。おい、連れてこい!」
たった一発で既にボロボロのアキトを2人の兵士が、両脇から抱え引きずりながら連れて行く。
アキトが連れて行かれた先は王城の地下にある大きな広間。その中央には巨大な魔方陣が描かれている。
アキトの困惑している表情から汲み取ったのかヒロキがほくそ笑みながら話し始めた。
「ここは転移門だ、魔界に繋がっているんだとよ。てめぇは今から魔物達ごみのいるごみ捨て場に捨てられるんだ。良かったな、ここより遙かにお前にお似合いだぜ」
兵士に巨大な魔方陣の中央に連れていかれると無造作に投げ捨てられる。
目の前にはヒロキと数名の兵士、そしてリアナがいた。ヒロキに寄り添いながら震えているのは昨日の夜に会ったリアナではない。
(公に処刑するには無理があるから自分が強姦されかけたという罪を作って王族に不敬を働いたのなんだのを理由に処刑。美しい花には棘があるとはよく言ったモノだな。まさか棘が抜けないように返しまでついているとは……こんなに簡単に死ぬならあいつらもついでに殺してから死にたかったな……)
そう考えていると魔方陣が光り始める。しかし無力なアキトには憎悪を込めた視線を向けることしか出来ない。
今回の魔法陣は、この世界に来るのものとは仕様が違うようで粒子になりながら消えるモノでなはかった。
光が一層増していく
アキトが人生に別れを告げようと覚悟している時、リアナがアキトに向けて魔法を放った。
光が辺りを呑み込んでいく中、リアナから放たれた燃えさかる真っ赤な炎の球は無慈悲にもアキトとの間を詰めてきた。
何も実感が沸かなかったアキトでも死が目前に迫ってきて初めてこの世界での生を実感してしまう。
(怖い……死ぬのは怖い……何で僕がこんなに怖い思いをしないといけないんだ……なんでクズ共が僕の目の前で笑っているんだ……死ぬべきなのはこいつらじゃないか……ふざけやがって)
死への恐怖と生への渇望はアキトに1つの行動を強制させた。それは小さな抵抗にしか見えないが生への執着であった。
アキトに守護霊の左腕を炎に向けた。
そして魔法陣は炎ごとアキトを魔界へと追放した。
魔界に飛ばされたアキトは転移先の景色を見ることが出来ていた。リアナの炎で死なずに生きていたのだ。
しかし見ない方が良かったかもしれない。
なぜなら転移先は木々が密集していて、日の光が差し込まないようなひどく恐ろしげな森……の遙か上空だったからだ。
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