第2話これが守護霊……

「もう1人いたのか。お前勇者の俺に気付かせないとはなかなか気配の隠し方がうまいじゃないか」


 明人の臆した姿を見て余裕を取り戻したのか、ヒロキはその醜悪な面に嘲笑の笑みを浮かべた。


 対して明人はなるべく関わらないように、身を小さくして申し訳なさそうに儀式を済ませることにした。


 明人が球体に触れるとステータスが表示される。

 

名前: 久道明人

 称号: 異世界人

 種族: 人間  

  Aスキル: 〈言語理解〉 

  Cスキル: 〈守護霊使役〉


「な、ひどいステータスですねこれは。それに称号も、ただの異世界人。能力値も低いしスキルに至っては……」


「え、でも守護霊使役って強そうですけど……」


「そもそも、ステータス上で見えているでしょうけど守護霊スキルはCランクスキル。使えないスキルとして有名なのです。使ってみればわかると思いますが大抵役に立たないペットのようなものが守護霊ですよ。よくて番犬くらいのスキルなんです。こういっては悪いのですが異世界からの召喚では、とても優秀な方が選ばれてここに来ます。なのでその……あなたは巻き込まれてしまったのかと……」


(巻き込まれた……ね。やっぱり僕はどこまで異世界に来てもそんな役回りなんだな。でもそれはもうどうしようもないから。それにしても僕のスキルは良くて番犬って。ドーベルマンくらいかな? でもこの馬鹿にされよう……チワワレベルのスキルなのかな)


「守護霊使役くらいでしたら、今この場で試してもらっても大丈夫ですよ」


「どうやって使うんですか?」


「簡単な方法ですと、仰っていただければ使用できると思います」


 テンションも上がっていないときに言うのは恥ずかしいけど仕方がない。


「スキル:守護霊使役」

 

 その瞬間、羞恥心に打ち勝ったアキトを、身体から気力が抜け落ちる感覚を襲った。


 自分の守護霊はどこにいるのだろうか。確かな繋がりを感じながらもその姿を見つけることはできない。


 目の前……いない。上……いない。下……いない。後ろにも……いない。どこにもいない。てっきり具現化してくるのを期待していたのだが見えざる幽霊タイプなのかとアキトが思っていた時、何やら頭上に違和感を感じた。


「ぶっはははは、なんだそれ、それがお前の守護霊かよ」


 ヒロキの馬鹿にしている大きな笑いが向けられたその先には、ちょこんと小さな物体がいた。おそらくそれが守護霊なのだろう。


 宙にぷかぷかと浮いている小さな小さな左腕。黒の絵の具をべた塗りしたような下地にいくらかの白い模様が入ったその左腕は異彩を放っている……ように見えなくもないが、何分小さい。赤ちゃんの手よりも一回り大きい程度のそれは、可愛らしいというにふさわしく、まるで宙に浮かぶオブジェである。


「ったくゴミのせいで余計な時間をとられたな。こんなゴミのことはもう良いから勇者やスキルのことについてもっと聞かせてくれよ。俺はこの国のためにも強くならなければいけないんだ」


 ゴミって、既にヒロにはアキトのことなど眼中にないようだ。


 それならそれで別にいいか、と安心していたアキトだったが守護霊が勝手に動き出した。特にアキトが何かしているわけではない。


 それはプカプカと空中を移動し、既に興味を無くしたヒロキの顔の前で止まった。


「おい、何の真似だ?」


「え、いや、僕はなにもしてない……」


「あぁ?」


 弁解しようにもどうすることも出来ないアキトを余所に守護霊はさらにヒロキに近づいた。


 そして……ぺちっ


 その可愛い守護霊はヒロキの頬を平手打ちした。


 思ったよりも勢いがあったのかヒロキの顔には小さな紅葉が咲いていた。


「て、てめぇ、なにしやがるんだ?」


 顔を真っ赤に染め上げ、歯を噛み締めているのか咬筋はピクピクと動いていた。


「いや、だから僕は何も……」


「お前みたいなゴミが何で勇者の俺に舐めた態度を取る? 殺されたいのか? あぁ?」


「え、なんかごめんね」


 プライドを傷つけられたヒロキの怒りはその言葉の端からも感じ取れる。


 だが肝心な所でアキトは鈍感であった。悪いとは思っているが何故そこまで怒るのか理解に苦しんだあげく余計な一言をつけてしまった。


「てめぇ、舐めた態度取りやがって! 殺してやる!」


 怒髪天を衝くその怒りは容易に殺意へと変化を遂げた。しかし魔法使いの女性がヒロキを必死に説得した。


 その結果、「いつか殺してやる」と捨て台詞をアキトは受けとるだけで事なきを得た。


 魔法使いの女性は、険悪な場の空気を変えることにした。


「それではみなさまにはこれから、城の案内、そしてこの国ひいてはこの世界についてお話しますのでついてきてください」


 魔法使いの女性は早々と話を変えると先導していく。ヒロキはというと……女の横について口説いているのか、ただ話しているだけなのか、勇者としての行動を全うしているようだ。


 一方でアキトは一番後ろを黙って歩いている。するとカップルが話しかけてくれた。


「君大丈夫?」


「全く災難だったね。明人? だったっけ? でもよくやってくれたよ! 」


「そうね、少しだけすっきりしたわ」


「はい、大丈夫です。あ、そうです久道明人です。でも僕は怖かったですけどね……」


「あんな奴の言うことなんて無視していいのよ」


「そうだな、いざとなれば俺達も明人に加勢するよ」


「それは心強いですね。でも皆さんはすごいですね。この世界だと英雄にでもなれるんじゃないですか? 僕なんかこの可愛い守護霊だけですよ」


 守護霊はヒロキをぶった後も、消えずにアキトの周りを漂っている。


「この世界で英雄になれても元の世界に戻れないなら意味がないよ。この世界はあくまで俺たちにとっては“異世界”なんだから」


「そうね、なんとしても元の世界に戻らないと。明人も戻りたいでしょ?」


「そうですね、戻れるなら戻りたいですね。戦いは怖いですし。こう見えて僕、昔お化け屋敷で漏らしたことがありまして……」


「そ、そう。大変だったね。でもその可愛い守護霊だって何かの役に立つかもしれないし。その特殊な能力とかないの?」


「そうですね。やってみます。ん? むむむ、わかりました」


 アキトがそう言うと小さな左腕は動き始める。プカプカと移動して、アキトの左腕の少し先で止まって浮いている。


そして、


アキトが手をわきわきさせると、その小さな手もわきわきした。


「同じように動かせますね……」


「あ、そ、そうなんだ」

 3人の間になんとも言えない気まずい空気が流れる。


「でも、それ、かわいいじゃん。遠隔のマジックハンドみたいだね」


 苦笑いでも笑顔を見せてくれる2人にアキトの気持ちは少し軽くなる。その後も気さくに話してくれる2人とはすぐに仲良くなることが出来た気がした。


 案内されて4人が通された部屋は異世界特有の部屋だった。


 華美な装飾が施され、嫌に豪華で異世界から来たアキトには落ち着かない空間だった。その部屋に通された4人は、直ぐにこの世界の状況とこの国の悲痛な叫びを聞かされた。


それは本当に直ぐに始まったのだ。まだ誰も何も聞いていないのに……


 魔法使いの女性の話によれば、この世界には魔物という生物が存在していた。元来魔物という生物は世界を半分に分けた魔界を主として存在しているらしい。

 対してもう半分は人間界と呼ばれ人間が支配している領域でらしい。人間界には魔物はいないこともないが低位の魔物ばかりであり、ほとんど脅威にはなりえないそうだ。


さらに人間界に現れる魔物は団結することがなく、秩序のかけらもないただの畜生の類いである。そのため魔物とは簡単に倒すことができる存在、程度の認識であらしい。


しかし世界に魔王と呼ばれる存在が出現すると今までとは打って変わって魔物の中に秩序が生まれる。強さによって序列が出来ることも、言語を操るモノが指令を下すこともある。そして協調性という名の従属を教え込まれた魔物達は群れを形成し、弱いながらも数の暴力となって人間界への進行を開始し始める。


 人間界に進行してくるだけでも人間は多大な犠牲を強いられるというのに魔王の侵略はそれだけでは終わらない。


 魔王はダンジョンと呼ばれる地下へと続く迷宮を創造する。ダンジョンには魔物が蔓延り最深部まで潜りダンジョンコアを壊さない限りダンジョンはなくならない。さらにダンジョンは放っておくとモンスターによる氾濫が起きてしまうため放置することもできない。


 そして何よりもやっかいな点は魔王はダンジョンを人間界にも創ることが出来るという点であった。


 ダンジョンを人間界に創り、そこで魔物達が暴れて支配領域を拡大する。これも魔王の戦略の1つだそうだ。


 そしてこの国は魔の森と呼ばれる魔界と接している上、国の領域内に既にダンジョンが7つも出現しているのだそうだ。それも含めて勇者様達になんとかしていただきたいと言ってきたのだ。


 しかし魔法使いの女性は、決して人間が魔物に負けることはないと断言した。


「確かに魔物たちの侵略によって人間側は多大な被害を受けるでしょう。しかし決して私達が負けることはありません。所詮魔物の集団といっても有象無象の集団。対して私達は誇りを持っています! 誇りを持つ私達に勇者様が力を貸してくだされば決して負けることはないのです!」


 魔法使いの女性はヒロキの手を取り、そう息巻いた。


「任せてください。俺が勇者として全てを蹂躙して見せますよ」


 わざわざ立ち上がり拳を握りしめ見栄を張る。


 それに呼応するかのように魔法使いの女性も頬を赤く染め、胸の前で手を合わせて身を乗り出し、勇者に近づいた。


「頼もしいです。勇者様。どうか人間界の希望として民に道を……この暗き時代に光を見せてください」


 その懇願に応えるようにヒロキは鼻息を一度だけ荒げ、満足げに深く座った。


 この一連の流れは誰にも口を挟ませることを許させない勢いを持っていた。流れるように始まり、あっという間に終わった。

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