第5話 地上へ
懐中時計をポケットに戻しながら、おじいさんは、とても気の毒そうに言った。
「わしの娘たちが、君の事を気の毒に思い、記憶を封じ込めたのだろう。しかし、君は、選ばなければいけない」
僕は、何を選ばなければいけないのだろう?
「この世界に、残された時間をこの世界で使いきるか、次の世界へ持ち越すかをだ。わしは、君が選んだ通りに、時計を調整するのが、仕事じゃよ」
地上での記憶は、泥の中に封じ込められた恐怖が、とても大きく、すぐにでも次の世界へ行きたかったが、何故かその事を口に出せなかった。
あの津波にさらわれるまでの僕は、どんな人生だったのだろうか?
お父さんやお母さんは、まだ生きているのだろうか?
僕の事は、もう忘れたのだろうか?
もし生きていれば、僕は、もう次の世界へ行くよと、伝えないといけないのではないか。
「僕は、両親に会いに行きたい。会って僕の魂は、無事救われて、次の世界へ行くよと、伝えたい」
「君は、今の世界で時間を残してしまったから、優先的に、次の世界へ行く事が出来る。しかし、今の地上に降りれば、時間を使い切ったと考えられ、みんなと同じ様に順番待ちをしなければいけない。それが、10年後か、100年後かは、分からないが良いのだね?」
「はい」
「では、地上では、君を見つけた私の娘に案内させよう。君は、いわゆる幽霊の様な状態で、地上に降りる事になる。良いね?」
「はい」
そう答えた事を僕は、後悔していた。肉体のない身としては、街を歩いても誰にも気付いてもらえなかった。
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