第4話  泥の中

「重傷です。記憶を無くしています」


 おじいさんは、慣れた手つきで、僕を手に取って、正面や、上下、繋がれていた糸をじっくり見た。


「確かに。失った時間は、そのままにしておいて、貯めておく方が良い」


「失った時間?」


 何の事だろうと思い、聞き返してしまった。


「君は、本来もっと長い人生を歩む運命だった。それが、事故で、突然命を絶たれてしまった。本来生きるべき残りの時間をどうするのかを決めるのが、時計屋の仕事じゃよ」


「魂に与えられた時間は、平等です」


 飾り羽根は、言った。


 つまりおじいさんは、腕時計や目覚まし時計を売っているのではなく、僕たちの地上での時間を計ってくれているという時計屋さんなんだ。


「何故、僕の地上での記憶は、無いのだろう?」


 僕は、地上でどう過ごしていたのかな?それが分からないと、何も決める事が、出来ない。


 おじいさんは、気の毒そうな顔をして、確かにそうだとつぶやいた。


 自分のポケットから懐中時計を取り出したおじいさんは、僕の目の前に持って来た。風船の僕の身体に同じ様な時計が、浮かび出てきた。


「すまないね」


 おじいさんがそう言った途端、僕の記憶は、蘇った。


「ウアー!」


 僕は、大声で、叫んでいた。


 大量の水に押し流され、翻弄され、大量の泥が僕を覆いかぶせて、動けなくなった。


 地上の時間を失ってから、何年も経って、骨だけになった僕は、偶然掘り出され、泥に封じ込まれていた魂も解放された。


 今まで、その記憶を無くしていた。


「仕方ないです。あまりにも気の毒な記憶は、魂を地上に縛ろうとします。あなたを天に戻すため、時の娘たちが、記憶を時計に封じ込めたのでしょう」


 飾り羽根は、とても気の毒そうな声で言った。

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