第2話 二日目

「まだいるのか……」


 やや疲れたような声にそちらを見れば、昨日の男の子がいた。

 良かった。あれから日が沈み、そしてまた昇ってからもずっと起きているのだが、水滴の音以外何も聞こえないし何もないしでどうしたらいいのかわからず暇で暇で困っていた。


「幽霊ならさっさと空にかえれよ」

『空?』

「死んだ人間のたましいは空にかえっていくって、じいちゃんが言ってた」

『あぁそういう。でも私飛べなさそうです』


 その場でジャンプしてみるが、もたついて飛んでるのか飛んでないのかわからない程度だ。男の子はため息をついていた。


『ところで、ここは精霊の住処と言うそうですが、もしかしたら私はその精霊というものでは――』

「そんなわけあるか」


 食い気味で否定された。


「精霊っていうのはすごくキレイなんだ。この世のものとは思えない美しいそんざいだってじいちゃんが言ってたんだから、お前みたいなのが精霊なわけないだろ」


 絶賛棒人間の私は、確かにそう言われると違うカテゴライズだ。


『そうしたら……やっぱり幽霊ですか。参りましたねぇ……どうしていいやら』

「そういうけど、お前こまってないだろ」

『そうでしょうか……? 一応暇で困っているんですが……特になにも案が思いつかないですし。

 ところであなたはどうしてここへ? 神聖な場所と言われるのなら、あまり人が立ち入るようなところではないと思うのですが』


 聞いてみると、うぐっと男の子は詰まった。


「俺は……種守りの一族だからだ」

『たねもり?』

「世界を救う種を代々守っているんだよ」

『世界を……なんだかすごそうですね』

「なんだよ、お前もほら吹きだとか言うのか!? 種を芽吹かせる事も出来ないって!」


 唐突に声を荒げた男の子に、私は首を傾げる。


『ほらふき。というと、嘘つき、という意味でしょうか』

「そうだよ! 世界がこんなになっても何もできない大噓つきの役立たずって!!」

『えーと……世界がこんなになって、というところがまずわからないのですが……』


 どうなっているのでしょう? と聞くと、男の子は込みあがっていた感情を吐き出すように、もしくは疲れたように長い溜息をついた。


「お前……幽霊だもんな。何にも知らないか」

『まぁそうですね。何にもわからないです』


 男の子は私の横にどっかりと座り込むと、またため息をついた。


「もうさ、ここは終わりなんだよ。水が無い」

『水? ……あれは』


 ぽたり、ぽたりと落ちる水滴を指で……白い霞のような棒切れで示せば、男の子は首を振った。


「ここは精霊の住処だからだ。だけど、ここでもあんな水しか残ってない。外はもうどっこもからっから。川の水も干上がって、井戸の水ももうかれるっておとなたちは言ってる」

『干ばつですか……他の土地へ移住……移動する事は出来ないのでしょうか?』

「もうこの国しか人間が住めるとこはないんだよ……みんな魔物にやられた」


 そういえば男の子はほっそりしていると思ったが、そうではなく、痩せていたようだ。肉付もあまりよろしくない。


「おい……なんだよ」


 触れないなりに、どんな感じだろうと手を伸ばして男の子の頬やお腹や腕に当ててみるがやはり感覚は無かった。男の子は私を払う仕草をしたが、すかっと空振りして終わる。


『ごはんは食べれているんですか?』

「………」


 男の子はふいっと顔をそむけた。


『水がないのは確かに困りますね……』

「……種が……種を、芽吹かせろって」

『種を?』


 膝を抱え、男の子はぐっと唇を噛んで顔を膝の間に埋めた。


「みんな、じいちゃんに言うんだ……ムリだって、わかってるくせに……」


 私はちらりと小石が積まれたところを見た。ただ上からの光を浴びているだけの小石に過ぎないその中に、男の子が言う種がある。らしい。


『種が芽吹いたら、何か変わるのですか?』

「……世界を、すくうって……」


 食いしばった隙間から、抑えるような声で男の子は零す。


『……種、という事は植物なのでしょう。そうなると、干ばつに強い作物という意味なのでしょうか……そうは言っても全く水が無いと厳しい気もしますが……』


 少なくとも、世界を救うというのは言い過ぎではないかと思う。


『タネもりは、植物を育てるのが上手な人という事でしょうか……』

「……はぁ」


 男の子は疲れたような、呆れたようなため息をついて顔を上げた。


「精霊が宿る種なんだよ。だから死んだ土も精霊がよみがえると元気になるって」

『精霊が? ……精霊が……』


 それは、ちょっと興味が。


「触るなよ」


 振り向いたのがバレたのか、釘をさされた。


『あなたはその種を見た事があるのですか?』

「………じいちゃんはあるって」

『……見てみたいと思いませんか?』

「それはっ……ダメだ」

『どうしてです? 見るだけなら何も起こらないと思うのですが』

「種守りの当主じゃないと見ちゃダメなんだ」

『あぁ、むやみに人目にさらすなという事でしょうか? もしくは、この洞窟から持ち出すなという戒めか……種ですからね、環境の変化には敏感なのかもしれません。それでしたら、ちらっと見るぐらいは――』

「ダメだ!!」


 語気強く言葉を遮られる。

 その様子は、見る事がダメだからというより、見る事を恐れているようにも思えた。当主しか見てはいけないというのは、何か秘密を守るための措置だったりするのだろうか? それをこの男の子は恐れている?


「種はある! だけど、見ちゃダメなんだよ!」


 立ち上がり必死になって言い募る男の子。

 あぁなるほど。種が無いとこの男の子は思っているのか。

 男の子の言葉から考えると、世界を救うと言われている種がもし無いと知られると、種を芽吹かせろと言っている大人たちがどういう反応をするのか……


『そうですか。神聖なものですからね……大事にされているのでしょう』

「そ、そうだよ!」


 私が引くとわかると、途端ほっとした様子を見せる男の子。

 そのいっぱいいっぱな姿に、少し胸が痛む。

 この年頃の子供が、周りの声に敏感になり怯えてしまう姿は見ていて心地よいものではなかった。


『じいちゃん、というのはどんな方なのですか?』


 それは単なる話題転換のつもりで聞いたのだが、男の子はぱっと表情を明るくした。


「じいちゃんは立派な人だぞ。水がこんなに無くなるまでは、みんなじいちゃんの事を尊敬しいて、よく話し合いに呼ばれていって話をまとめてたんだ。ちょっと厳しいところもあるけど、でも間違った事は言わないし優しいんだ」

『……ご立派な方なのですね』


 少なくとも、この男の子が目をキラキラとさせて信頼を寄せるぐらいには、確かな人柄なのだろう。怒ったり警戒したり泣きそうだったり、そんな顔ばかり見せる男の子が初めて見せた笑顔に、なんだか胸のあたりがポカポカとした。

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