幽霊と種守りの七日間

うまうま

第1話 一日目

 ぽたり、ぽたり。

 岩肌を伝ってしずくが垂れ、地面に落ちる。

 薄暗い洞窟のような中、そこだけぽっかりと開いた天井からは光が降り注いでおり、外縁からは一定のリズムを刻んでしずくが落ち、岩肌に跳ねる。

 空気は冷たいのか暖かいのか。しめっぽいのか乾いているのか。苔臭いのか水辺の匂いなのか。ぼんやりと眺めている私にはわからなかった。


 なんだっけ? 何か話してたような気がするんだけど……


 まるで夢の中で夢を見ているような、足元がふわふわしている変な感覚のなかで考える。つかめそうでつかめない、微妙なこのもどかしさ。走ろうと思っても走れない夢の中のあるあるに似ているな思っていると、不意に声をかけられた。


「なんだお前!? そこから離れろ!!」


 声を掛けられたというか、怒鳴られた。

 ぼんやりした意識のまま何事でしょうかとそちらを見れば、小さな十歳ぐらいの男の子が暗がりの中、カンテラのようなものを持って睨むような顔で立っていた。薄暗い中、そこだけが明るいオレンジ色に照らされており、なんだか暖かそうだ。

 男の子は警戒するようにじりじりと近づいてきて、洞窟の中に立てかけてあった木の棒を持つと手に持っていたカンテラのようなものを置いて、棒の先をこちらに向けて構えた。

 男の子の服装はボタンやファスナーを使わない不思議な服装だ。ズボンは腰のところで帯のように布を巻いて止めているみたいだし、上の服は袋に三か所穴をあけて頭から被って腕を出しただけのような簡単な作りだ。色味も全体的に薄い茶色。麦色の髪に茶色い大きな目の目鼻立ちがはっきりしていて可愛いらしい子なだけに、その来ているものとのギャップがあってなんだか不思議に思えた。


「俺だって……俺だって戦えるんだぞ!」


 うわーー! と掛け声と共に男の子は木の棒を振りかざしてきた。

 あぁ危ないなぁと思うが、なんだか身体の動きも緩慢で避けれそうにない。思考もこんな時なのにやけにのんびりしていて自分でもどうかと思うぐらいぼけーっと男の子が来るのを見ていた。

 そしてブンと振り回された木の棒に殴られ――なかった。


「うわぁっ」


 すかっと空振りしてずしゃっと男の子は岩肌の地面にすっころんだ。

 大丈夫だろうかと見れば、男の子は起き上がると一瞬驚いた顔をして、けれどすぐに木の棒を持ち直して振り回してきた。


「えい! えい! この! なんで! あたらないんだっ!」


 すかっ。すかっ。すかっ。と綺麗な空振りを披露してくれているのだが、どうもおかしい。ちゃんと距離的には私にあたっていると思うのだが、まったくあたらない。

 不思議に思って自分の身体を見下ろすと、そこにはぼんやりとした白い靄のようなものが棒のようなものがある。足の方は二股に分かれた棒で、全体的に棒人間に近い形だ。

 ……ん?


『なにこれ』

「うわっ!? しゃべった!?」


 手を目の前に持ち上げてニギニギしてみると、なんとなく白い霞の棒の先っちょがふわふわと動いている気がしないでもない。ぺたぺたと顔に手を当ててみようとするが、マシュマロみたいなものをむにむに押している感覚があるだけで、お肌の感覚はなかった。まさか、私はマシュマロ?

 男の子に視線を戻すと、あんぐりと口を開けて尻もちをついている。


『あのー……』

「またしゃべった!!」


 しゃべったらダメだったのだろうか。しかしそれだと困る。意思疎通が図れない。うーんと考え、とりあえず男の子に少しだけ近づいて……ちょっとずりずりと後ろに逃げられたけど……しゃがんで視線を合わせてみる。ヒッと言われた。どうしよう。いちいちビビられている。


『あのー……ちょっとしゃべってみてもいいですか?』


 なるべくゆっくり、穏やかに話しかけてみると男の子は目をパチパチとさせて、それからゆっくりと立ち上がってまた木の棒をこちらに向けてきた。


「なんだ……お前…。魔物じゃないのか?」

『まもの?』

「違うのか?」

『………ちょっとまものがわからないので、なんとも……』


 ハッキリしない私の答えに微妙そうな顔になってくる男の子。


「なんなんだよ……じゃあもういいから出てけよ。ここは神聖な場所なんだぞ」

『神聖なばしょ……』


 ほらさっさと出ていけと手で払われ、なんだか機嫌が悪そうなのでしょうがない。もったり動かしづらい身体を動かして、のっそりのっそり歩いていく。そうやって男の子が置いたカンテラっぽいものの近くまでどうにか来たのだが……


「………なにやってるんだ」

『いや……その……なんか、進めなくて……』


 もったりもったり一生懸命歩くのだが、何故かそこから前に進めなくなった。


「はあ?」


 男の子もやってきて、私を引っ張ろうとするがやっぱりスカッと素通りしてつかめず、しまいには木の棒でつんつん突っつかれた。


「お前……ほんとに魔物っぽくないよな」

『その、まものというのは?』

「荒地に出る奴だ。人間を殺して回る」

『……えーと、具体的にはわかりませんが……少なくともあなたに触れないので危害を加えるのは難しいかと……』

「………じゃあお前はなんなんだよ」

『えー……と』

「もしかして幽霊?」

『え? 私幽霊なんですか?』

「知るかよ。俺が聞いてるんだ」


 驚いて聞き返したら突き放された。そう言われても本当にわからない。


『ちなみに、ここはどこなんでしょう?』

「……はぁ? お前、そんな事もわからずに居たのかよ」


 ため息をつかれた。なんだかすみません。


「ここは精霊の住処だ。ったく……何でお前みたいな変な奴がいるんだよ」


 ぶつぶつ不満そうに言う男の子に、なんかお邪魔してすみませんと謝りたくなる。それにしても精霊の住処かぁ。なんだかふわっとした場所だ。特にさっき居たところ、上から光が入るあの場所が一番ふわっとしている。


「どこに行くんだ」

『え? ……いや、こっちの方が居心地いいなぁと』

「ダメだって!」


 光のところに行こうとすると回り込まれ通せんぼされた。

 ふふーん。それは無意味なんだなー。すいーっと素通りして光が差し込むところへ戻ると「あーーー!」と声をあげて男の子がバシバシ木の棒で叩いてこようとした。


「ダメだって言ってるだろ! そこは大事な種があるんだよ! どけよ!」

『種?』


 何か踏んでしまっただろうかとちょっとどいてみると、そこには小さな石が積まれたようなものがあった。


『……石?』

「種だって言ってるだろ!?」


 そう言われても石に見える。


「その中に種があんちされてるんだよ!」


 あんち? 安置か。なるほど、この石で組まれた小さな祠? のようなものに何やら大事な種が置いてあると。


『でも。ほら、私すっかすかなので踏む事はないかと』

「俺の気分が悪いの! 踏んづけるんじゃねえ!」


 気分が悪いのか……それは、じゃあ避けないとだめか。

 しぶしぶ私はちょっとずれる。


「……いや出てけよ!」

『それはもうやってみましたけど、出来なかったじゃないですか』

「なんでだよ!」

『さあ……』

「ああもう!」


 その場で悔しそうに地団太を踏み始める男の子。なんだか忙しない。

 その時、カーンという音が外から聞こえてきた。


「あ……帰らないと」


 男の子は私を見ると、迷うように視線を彷徨わせた。


「くそっ! おい、お前!」

『はい』

「いいか、ぜったいにそこを踏むなよ! 悪さをするんじゃないぞ!」

『はぁ、わかりました』

「ぜったいだぞ!」

『はい』


 念押ししてくる男の子に頷くと、仕方なさそうに男の子は何度もこちらを振り向きながらカンテラを持って行ってしまった。

 ぽつんと一人になり、困った。


『えーっと……私はどうすれば??』


 何が何だかわからないままだった。

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