別に何も特別なことじゃないだろ

 この手の<力を持った人間>が、俺達みたいのを見下したり蔑んだりしてるなんてのは、別に何も特別なことじゃないだろ。それに憤っててキレてて、状況が変わるか? そんなの、俺は見たことないね。

 だから俺はそんな無駄なことはしない。特権階級に対する反乱みたいなことが起こったりする時代もあるんだとしても、少なくとも今のナハトラにそんな空気はない。時流に乗ろうにもその気配がそもそもないんだ。だったら特権階級にすり寄った方が得だろ?

 <生きる知恵>ってもんだ。

 だから俺は、

「何なりとお申し付けください。お嬢様」

 と、目一杯遜って口にした。

 <プライド>? そんなもんで腹が膨れるか。命が守れるか。理想論ばっか振りかざす声だけ大きい奴らなんざとっとと野垂れ死ねってんだ。

 だがそういう考えはおくびにも出さない。それを表に出すこと自体、愚か者のすることだと俺は思うね。

 すると、<高慢ちきなお嬢様>は、

「へえ? あんたちょっとは見込みありそうね。いいわ。私の下僕として使ってあげる。だからまず、私の荷物を先に運んで。いいこと? 絶対に傷付けないでね」

 腕を組んでふんぞり返ったままそう告げる。これがまた笑っちまうくらいに<背伸び>してるのが見え見えで、『ムカつく』というより、

『可愛いなあ……♡』

 と思っちまったよ。

 前世じゃこの手のお嬢様を『分からせる』ってのがジャンルの一つとして成立してたみたいだが、実際にはそんなことできねえから妄想の中で『カク』んだろ?

 やれやれ、<根っからの負け犬根性>ってヤツだな。そんなだからいつまで経ってもうだつが上がらねえんだよ。くだらねえ妄想してる暇があるんなら、こういうお嬢様の靴でも舐めな。その方がずっといい目を見られるぜ。

 まあさすがにいきなり靴を舐めたりはしねえけどよ。そんなことしたら取り入るどころかドン引かれるわ。

 などと秒速で思考して、

「かしこまりました! お嬢様!」

 最敬礼で応えつつ、

「こちらのお荷物でよろしいですね? どの荷馬車に運び入れましょう?」

 きちんと一つ一つ確認する。これも大事だ。勢いとノリばかりでツボを押さえてねえ仕事をいくらこなしたって評価には繋がらねえよ。

 するとお嬢様も、

「あ…ああ、そうね。あの前から二番目の荷馬車が私の荷物を積むそれだから、そこにお願い」

 逆にハッとなってた。自分の指示が具体性に欠けるものだと思い知ったらしい。

「かしこまりました!」

 俺は応えて即座に、かつ丁寧に、少なく見積もっても三十はありそうな衣装ケースの一つを抱えたのだった。


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