貧民街からの脱出

 あと、何やらここには<魔王>がいるらしい。もっとも、魔王と言っても、

『魔界の軍勢を率いて人間社会を侵略しにくる』

 的なそれじゃなくて、話によると真っ黒な山みたいな奴で、何が目的かは誰も知らないが俺が今いる国がある大陸を、一万年とか二万年とか前からただひたすら突き進むだけの<何か>なんだとか。

 ただこいつ、海やレゾンドゥのようなでかい湖とかにでもぶち当たらない限りとにかく一直線に前進して、街だろうが何だろうが踏み潰すだけだとも。だからどっちかと言えば<台風>とかそっち系の<天災>と考えた方がいい存在のようだ。これまでにも何人もの英雄や勇者や魔術師や魔法使いが挑んだが、進路を変えることさえ満足にできないんだと。

 まさか俺がそんなものを退治するために転生したとは思えないから、基本的には関わらないようにしよう。


 とにかく、以上が、前提となる基礎的な情報だと思う。特に、<魔術>と<魔法>については、厳密に別のものであるということなら、一応、俺としては、<魔術>は魔術と、<魔法>は魔法と、区別していきたいと思う。

 それ以外についてはまあ、その時その時だな。<超古代文明>にしても、俺なんかが関われる程度のものならもっと詳しく分かってるはずだがそうじゃないというのは、つまりそういうことなんだろう。

 だからそっちについては取り敢えず脇に置く。


 で、現在、俺がいるボドルの貧民街で暮らすのは、さすがに現代日本で生きていた俺にとってはいささか厳しい。

 その一方で、糞尿や生ゴミについては臭いもない肥料<堆肥>に変えてしまう魔術があるそうなので、およそ耐えられないほどの不潔さではないものの、だからといって清潔というわけでもない。

 そんなわけで、まず、貧民街からの脱出を試みる。

 とはいえ、平民の中でも最底辺の俺が就ける仕事なんざ、炭鉱夫辺りがせいぜいで、後は、糞尿や生ゴミを堆肥に変える魔術が使えるなら、それぞれの家の外に置かれている糞尿や生ゴミを堆肥に変えて回収、それを農家に届けることで賃金を得るという仕事もあるにはあるが、それも所詮は、ちょっとした特技を持ってる奴がやる最底辺の仕事ってだけだな。

 だったら何も好き好んでそんなことをする必要もない。

 てことで、異世界ものの定番、<冒険者>になるとしよう。

 ただ、一口に冒険者と言っても、この世界のそれは、

『ならず者にも取り敢えず仕事を与えて首に鈴をつけておこう』

 的なニュアンスのそれらしくて、

 <ていのいい何でも屋>

 もしくは、

 <派遣のアルバイト>

 というのが実態のようだ。

 しかし、だからこそちょうどいい。

 俺には向いてそうだ。マービンの体は、体力だけは人一倍あるしな。


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