世界の闇が動き出す③

 漆黒のロングコートを纏い、暗闇を進む僕。時折、街中に設置されたささやかな街灯が僕の姿を怪しく照らす。


 場所は森から移り、王都サンタマリアへと戻った。


 家族に話したアルテミスの件は、僕の予想通りにひと悶着あったが、それでも彼女達は基本的に僕の命令や指示には逆らわない。何度も何度もこれが僕達のためになると懇切丁寧に説明して無理やり納得させた。


 そして、現在はシトリーと共に囚われているであろうアルテミスを探して奔走中だ。


 シトリーを共に選んだ理由は、リリス以外の他のメンバーに欠点が沢山あったから。


 リリスは性格云々以前に、僕に次ぐ実力者なため別行動。ロノウェは人族に対してすぐ殺意を向けるので別行動。フラウは人族も魔族も分け隔てなく即殺してしまうので別行動。セーレは単純に弱いから別行動。アスタロトは論外。僕の命令に忠実な分、暴れ回る可能性が一番高いから。


 で、そうなると比較的一番まともなシトリーと一緒に行動するのがベターだ。彼女は頭もいいし戦闘能力も高い。リリスに同じく然程他人に興味がないので、いきなり襲い出す心配もない優良物件である。


 傍らで一歩引いた距離感を保つシトリーを見る。


「体調は大丈夫かい? これから戦闘が頻繁に起こる。不調があったらすぐ戦場から離脱するんだよ」


「はい。今のところ問題はありません。十分に魔王様の役に立つかと思います」


 僕の視線に気付いた彼女は、ニコリと人懐っこい笑みを浮かべて答えた。


 と、そのタイミングで前方に複数の影が現れる。


 目を凝らす必要もなく、それが僕達の敵だとわかった。武装してるからね。


「こんな夜更けに……デートか? お二人さん」


 武器を持ったゴロツキ……ではないのだろう。僕と似た黒衣に身を包む彼等は、如何にも慣れた動作で足を止めた僕とシトリーを囲む。身なりや落ち着き方からして、アルテミスを攫った連中の仲間かな? 少なくとも、金に困った盗賊や、ちんけな犯罪者には見えない。


「僕達は今、人探しをしてるんだ。邪魔しないでもらえるかな」


「いやいや、悪いねお兄さん。俺等も上から暴れてこいって言われてんだわ。沢山殺さねぇと怒られちまう」


 男達は言い終わると同時に武器を構えた。どうやら逃がす気はないらしい。


「参ったな……僕、拷問は得意じゃないんだよね。殺す方が楽だからさ」


「ふふ。お任せください魔王様。リリス姉様から手解きは受けています。必ずや満足のいく情報を吐かせましょう!」


 わお。あの子、家族になんて教育を施しているんだろう。鬼かな? この場合は物凄く助かるけど。


「あ、そう? じゃあお願いするね。僕はパパっと彼等を無力化するから、あとは任せるよ」


「はい! はい! やったー! 魔王様の役に立てる! 魔王様の役に立てる!」


 僕の言葉を聞いて、普段落ち着いているシトリーが珍しくはしゃいでいた。その場で繰り返しぴょんぴょん跳ね回り、殺伐とした空気を振り払う。


 うん、可愛い。物凄く可愛いけど止めなさい。ほら、謎の剣士達がこっち睨んでるからさ。


「ケッ! 随分と余裕じゃねぇかクソガキ共が。大切な彼女を目の前でバラシてやろうか!?」


「その前にちょっとくらい味見しても罰はあたるめぇ」


「俺も俺も!」


 これから殺し合う相手を前に、悠々とお楽しみの話しを始めた馬鹿連中。思わずはしゃいでいたシトリーが不機嫌になる。女性に聞かせる内容じゃ、ないよねぇ。


「ま、魔王様……やはり戦闘も私にお任せしてくださいませんか? 少々、いえかなり怒っています」


 おお。シトリーの額に青筋が浮かんでいる。やはり普段冷静な子でも嫌らしい感情を向けられると不愉快になるようだ。でも君さ、実はムッツリだって僕は知ってるよ? たまに僕の衣服、勝手に盗んでるよね。何に使ってるのかまでは詮索しないけど。


「そだね。いいよ。あげる」


「ありがとうございます、魔王様。すぐに血祭りに上げるので、夜空でも眺めてお待ちください!」


 鞘から剣を引き抜き、優雅な足取りで男連中の元へ歩いていくシトリー。


 まさか敵も女性一人で向かってくるとは思っておらず、にやにやと薄汚い顔で笑っていた。


「おいおいおい! 彼氏はなにやってんだ? 殺しちまうぞぉ……おっ?」


 僕を嘲笑った男の下卑た笑いが、間合いに入ったシトリーの手で消された。


 速い。他の連中は気付いていないようだが、既にシトリーが男の首を切断していた。未だ首が落ちないのは、彼女の高い技量によるもの。


「うるさい。臭い。気持ち悪い。……魔王様の目を、耳を、鼻を汚すな。屑共が」


 最前列の男性が絶命した事実に気付いた時、シトリーの圧倒的な虐殺が始まる。


 ある者は首を刎ねられ。


 ある者は四肢を切られ。


 ある者は喉を貫かれ。


 五分も経過する頃には、拷問用に生かしておいた二人の重傷者しか息をしていなかった。




 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆




「くすくすくす。弱い羽虫は、潰すと良い声で鳴きますねぇ」


 夥しい程の血液を吸った剣を携えて、返り血で真っ赤に染まった黒髪の悪魔が笑う。


 周囲には彼女にやられたと思われる幾つもの死体が横たわり、その全てが悲惨な死を遂げた事を意味する苦痛を浮かべていた。


「や、やめ! やめてくれ! な、なんでも話す! 知ってる事は……全部、全部、話す、か……」


 グシャッ。


 尻餅をついた隻腕の男が、言葉を言い終わるより先に、少女が剣を振り下ろす。空気を引き裂く勢いで男の胴体をあっけなく断ち切られた。


 残りは二人。


 目尻に涙を溜めて、許しを請うように祈った。


「頼む……! 頼む……!! 許してくれ……。俺達は、ただ命令されただけなんだ! 邪魔する騎士を殺せって!」


 しかし、黒髪の悪魔は無情にも再び剣を振るう。額を地に付けて土下座した男の足が宙を舞った。


「が、ああああぁぁぁぁぁ!?」


 足を切られた。その痛みが全身を激しく痙攣させる。


「――――!」


 地面を無様に転げ回る瀕死の男を見下ろして、黒髪の悪魔は獣のような笑いを世界に響かせる。どこまでも楽しそうに。


 残りは一人。


 恐怖から下半身を湿らせてしまった男の元へ、悪魔は足無しを放置して近寄った。


「ああ。あああああ!? 褒めてくださいますか? 魔王様。今日もアスタロトは……たくさんの虫を殺せましたよ!?」


 響く。鳴く。喚く。


 その日の王都は、夜にも関わらず嫌な喧噪に満たされていた。




 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆




「アスタロト……いいなぁ……楽しそう」


 普段より控えめとは言え、十分過ぎる程の暴走を見せる家族の一人を見下ろして、建物の上に立つ水色髪の美少女セーレが心底羨ましそうに呟いた。


 隣に立つリリスが注意する。


「勝手な行動はダメよ、セーレ。貴方があの子と一緒に暴れ回ったら、私達の存在がバレかねないわ」


「む……わかっていますよ、リリス姉さん。お馬鹿フラウと一緒にしないでください」


「そ。なら、私達は私達の仕事をするわよ」


「我々は東ですね」


「ええ。南の彼もきっと期待しているわ」


 言って、リリスとセーレは民家の屋根を伝って王都サンタマリアの東部を目指す。


 目的は次代の勇者アルテミスの捜索。


 複雑な気持ちを抱きながら、それでも誰もがシリウスのために動く。




 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆




「貴方……頭おかしいんじゃない?」


 ローガンの言葉は、今までアルテミスが聞いたどの戯言よりも不愉快なものだった。


 人族と魔族を交わらせる? 半魔を人工的に創り出す……? 生命の神秘を暴くなど人の考える事じゃない。新たな命を創造しようなどと、それも多種族同士の間に無理やり? 悍ましすぎて身体が震えた。


「くふふ。君には理解出来ないのか。半魔なんて所詮、能力値だけが高い神の失敗作だ! 我々完全なる生命が使い潰したところで……一体何の不満があると?」


「彼等も同じ人よ。不当な扱いを国王が……勇者が許す訳ない」


「だろうね。人道に反すると非難されるだろう。酷い話しだ。自分達だって半魔の事を迫害しておいて、今更偽善を振りかざすなど」


「半魔を迫害したのは前国王でしょ! 今の国王なら! 姉さん達なら絶対に手を差し伸べる!」


「だから、俺は人族を見限った」


「……なんですって?」


 ぎらりと、ローガンの瞳が獣のような鋭さを帯びた。


「人族は愚かだ。自分達が他者に劣っていると何故、自覚出来ない? 勝つ為にあらゆる手を尽くす俺を何故、否定出来る? おかしいだろう? おかしいはずだ! 故に、俺は魔族と手を組んだ」


「ッ……!?」


 信じられないと言わんばかりに目を見開くアルテミス。


 魔族と手を組む? 人族を見限る? ありえない話しだ。永年、百年以上もの間戦争をしてきた敵の下に付くなどと。


「悪い話しじゃないさ。奴等も元を正せば一つの生命体。外見や特徴が異なるだけで同じ人間だ。上に不満を持ち、独立を願う者も少なくない。聞くに、今代の魔王は争いを好むタイプではないらしいからな」


「それで、魔族と手を組んで人族を滅ぼそうって腹積もりなのかしら? もう聞き飽きたわよ、その手の話しは」


「君をかつて攫った馬鹿は、そんな目的で動いていたのか? 愚かだな」


 ローガンはやれやれ、と頭を左右に振って小さく笑う。


「俺が望むのはちんけな願いじゃない。野望だ。新しい時代を迎え、新人類として未来を掴む。くふふ、壮大だろう?」


「違いがわからないわ。貴方みたいなちっぽけな男に出来るとも思えないし」


「結構結構。新人類を生み出す母たる存在は、それくらいの気概を持っていないとな」


「母……? 何を言ってるの?」


「おや? まだ気付いていないのかい? 人族と魔族が交わった半魔とは、優秀な剣士になるが、逆に言えば素体の影響をモロに受ける。肉体的にも魔力的にも才能のある人族を母体にすれば……実に優秀な戦士が生まれるはずだ」


「!?」


 ローガンの口元が三日月のように釣り上がる。欲望たっぷりの声色は、アルテミスに残酷な現実を告げた。


「君の子供は……さぞ才能に溢れた剣士になるだろうねぇ」


 そこで初めて、アルテミスは恐怖を覚えた。


 人族同士の結婚や小作りにもローガンの言ったような思惑が絡むケースも多い。実際、勇者である姉エリスとアルテミスは、国内でも最高の才能を持った二人の剣士の才能を受け継いだ。


 しかし、それでも両親の間には愛があった。強く結ばれた絆があった。なのに、ローガンの話す内容には愛情も絆も一切見られない。まるで機械のように淡々と人族を、魔族を滅ぼす道具を創れと言う。そんなのは、到底アルテミスに許容出来るはずもない。キッと殺意をローガンに放ち、全身から膨大な魔力を練り上げる。


「くふふ。殺す気満々といった様子だね。怖い怖い」


「その余裕がいつまで続くかしら……」


 バキッ!

 彼女の怒りを代弁するかの如く、抑えきれない魔力を浴びて手足を拘束していた鎖、枷が壊れる。


「止めておきたまえ。こんな所で暴れても無駄だ。大人しくしていれば痛い思いをしなくて済む」


「無理ね。貴方は危険だから殺すわ。不愉快な計画ごと潰してあげる」


「くふふ。確かに俺の魔力では君に対抗する事は出来ない。大人の癖に軟弱だとは思うが、降参だな」


「命乞いは聞かないの。必ず殺しから、剣を手放しても無意味よ?」


 アルテミスに武器は無い。攫われた時に奪われたのだろう。だが、ローガンの言う通り純粋な魔力量は彼女の方が上だった。例え素手であっても殺せる自信がある。


 にも関わらず、ピンチに陥ったローガンは落ち着いていた。飄々とした表情で言葉を紡ぐ。


「あれ? さっきまでの話しを聞いて……まだ僕が一人だと……思ってる?」


「まさか……!?」


 最悪の展開が脳裏を過った、瞬間。


 爆音と共に部屋の壁がぶち抜かれた。


 驚愕を露わにするアルテミスの前に、ローガンの隠していた奥の手が姿を現す。


「まったく……貴方は相変わらずですね。ちゃんと扉から入ってきてくださいよ」


「知らん。人族の建造物が小さいのが悪い」


「ま、魔族……!?」


 乱入者の姿は、三メートルにも達する程の巨人だった。こんな人族は存在しない。消去法的に相手が魔族であるとアルテミスは断定した。


「紹介しよう。君の旦那となる鬼だ。巨人程ではないが、それなりに大きいだろう? 住処を与えるのも大変だ」


「てめぇが俺の玩具かぁ? ちいせぇガキだな」


「でも顔だけはいいでしょう? 才能もピカイチですよ」


「ふん。計画さえ上手くいくんなら、ブスでも構わねぇよ」


「そうですか。それは何より」


 アルテミスそっちのけで会話をする二人を見て、彼女は本能的に悟る。



 あの鬼には勝てないと。

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