平穏はあっけなく瓦解しました③
二人一組で行う模擬戦は、何故か何時も絡んでくるアルテミスの相手をする僕。盛大な手加減をしているとは言え、毎度毎度必ずボコボコにされる。
「もっと精進しなさい。私の本気を引き出せるくらいの実力者なら、卒業後は護衛にでも雇ってあげるから」
「何で僕が君の護衛なんか……。大体、君は一人でも十分に強いだろ」
というか護衛ならもうやってる。割と適当に、だけど。
「グチグチうるさい奴ね。私の盾くらいにはなりなさい」
「僕は便利な道具か」
「あら? 一丁前に紳士を気取るのかしら」
「道具よりかはマシな評価だね」
「無理よ。少なくとも、今の貴方……じゃあね!」
鍔迫り合いから一転、激しい斬撃の連打を喰らい、たまらず僕は体勢を崩して尻餅をついた。活気に満ち溢れた運動場にて、僕の落とした木剣の乾いた音がやけに響いて聴こえる。
「頑張りなさい。筋はいいのだから、期待してるわよ?」
「……いやいや、僕が強くなるのは、君の為じゃないから」
あくまでその力は僕の為に振るわれるべきだ。くそ生意気な美少女を守る為の力じゃない。絶対に嫌だ。
「たまには素直になってくれないと……痛い目に遭うわよ」
「超頑張りますか! アルテミス様の為に!」
「よろしい」
そう言ってこちらに差し伸べてくる彼女の手を取って、僕達は再び次の模擬戦を始めるのだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
僕が王都サンタマリア第一魔術学院に通い出して一ヵ月。特に怪しい人物を見かける事もなく平穏……まあ比較的平穏な日々を過ごしていた。これでアルテミスがいなかったら如何に最高かがわかる。ほんと最悪だよあの女は。
事あるごとに僕を呼び付けて、意味わからない身の上話しを聞かせてくるし、ほとんどが愚痴ばかり。姉さんはこうだからもう少しこうした方がいい、とか。私は姉さんの妹であって勇者の妹じゃないとか、次代の勇者としか呼ばれないのがムカつくとかなんとか。
正直、僕にはまったく関係ない話しでうんざりしていた。
実力を上げて国中の人間の価値観を見返してやるんだと、彼女は決まって僕に豪語していたが、ときおり曇った表情に何やら深い闇を感じる。僕としてはもう少し肩の力を抜けよと思うが、めんどくさいので放置が安定だ。
というか、お姉さんを見習いたくないのはわかる。反抗期というやつだろう。何がなんでも家族に対して強い苛立ちを抱く年頃。時間が経てば自分がどれだけ愚かな事をしていたのか、しっかりと認識出来るはず。
世界に二人しかいない姉妹なんだ、なるべく距離を空けない方がいいよほんと。で、頑張って魔王である僕を倒してくれ。他の魔族達に見せつける形でさ。
「シリウス? 私の話し、聞いてるのかしら」
「あ、ごめん。聞いてなかった」
すぐ隣から聞こえてきたよく通る声に、ハッと僕の意識が現実に呼び戻される。ちらりと横目で彼女を見ると、鋭い視線が僕の額を射貫いていた。
「ふふふ。そうなのー? 帰り道で私が今の質問を何回投げたと思う?」
知らない間に随分とご立腹だ。背後に恐ろしい鬼の面が見える。
「……二回?」
「五回よ!」
ゴチン! という音を立てて僕の後頭部に彼女の拳が突き刺さる。
「いっ!?」
鋭い痛みが脳裏に強い警告を発する。フリだが、僕以外で今の攻撃を受けた奴は絶対に同じような反応を示すだろう。だって、アルテミスの野郎身体強化してやがる。
無意味な魔力の使用は校則で禁止されているはずだが、ここでも勇者様はルールに縛られないらしい。自由ってやつは素晴らしいね。誰かこいつの悪行を先生にチクってくれ金払うから。
「さあ、シリウス? もう一度だけ、特別に同じ話しを繰り返してあげるわ。咽び泣いて喜びなさい」
無茶言うな。15の少年が道端で急に泣き出したらドン引きするだろ。
「お願いします……」
彼女の雑談に付き合う気は無いが、素直に頭を下げておかないとあとが怖い。こんな蛮族でも勇者の実妹だ。この国では国王に次いで強力な発言権を持つ。やろうと思えば僕の首なんて明日には胴体と離婚だ。
「ストーカーの話しよ。今朝も話したでしょ」
またそれか。飽きないね君も。
「貴方と一緒に登校してる時はすぐに視線が消えるのよ。馬鹿よねぇ、こんな顔だけのお馬鹿さんが私の相手に相応しいとでも思ってるのかしら? 誤解して逃げ帰るなんて笑える」
「ストーカーにも僕にも失礼な話しだ」
こっちだって君と付き合うなんてごめん被る。
その辺を歩いてる犬猫に求婚した方がマシだ。
「まあでも、おかげで未だに被害を受けていないのも事実だわ。貴方、顔だけは普通に整っているから、いい隠れ蓑になるわねぇ」
「ハハハ、お前だけには言われたくないな」
「ふふふ、なんですって?」
「アルテミスは世界最高の美少女だなって」
「知ってるわ。ありがとう」
「当然の事を言ったまでさ。だからその魔力を帯びた手を引っ込めてくれないかな? 怪我人が出るよそれは」
「大丈夫よ。貴方頑丈だもの。一発や二発で壊れるようなら、もうとっくの昔に死んでるわ」
言うねぇ。過剰な暴力振るってる自覚があんなら止めろよと言いたいが、最強無敵の勇者候補には言葉なんて知的な武器は振るえない。あらゆる問題を暴力で捻じ伏せることしか出来ないのだ。
まさに理不尽の塊。
ウチの性格も頭もいい連中を見習ってくれ。ただしアスタロト、てめぇはダメだ。思考回路がバグってる。
「……ん? なに? 急にこっちを見つめて。私の美貌に見惚れちゃった?」
「ウン、ソウダネ」
「ムカつく」
ゴチン!
本日二度目の拳骨が僕の頭部に落ちた。
「痛いから止めろって言ってんだろ!? ちょっと知り合いと比べてただけだよ!」
主にアスタロトと比べていた。彼女に比べればアルテミスはだいぶマシだとわかる。それくらいにあの女はヤバイ。僕や仲間のためなら平気で人族を殺すし、考えるより先に手が出るタイプだ。止めたところで三歩歩くと命令を忘れ、暴れ出す。取り合えず敵を全員殺せば世界は平和ですよねぇ? とか言っちゃう奴だ。根は凄くいい奴なんだろうが、リリスとシトリー、他のメンバーに比べて非常に扱いにくい。
「こんな美少女と肩を並べて歩いているというのに、他の女の事を考えるなんて貴方は馬鹿なの? 普通に減点よ。殴られても文句は言えないわ」
「君は理不尽過ぎる。美少女といっても顔だけなんだから性格も正すべきだと僕は思うよ」
ゴチン。
先程よりも優しく、だが魔力の纏った拳が三度、僕の頭部を襲った。
「……」
もはや言葉も出ない。魔力を瞬間的に攻撃されるポイントへ収束して咄嗟に神がかり的な防御をしてるからダメージはゼロだ。しかし、しかしだよ? 彼女から見れば無防備に当たってるのと同じ。なのに、一切容赦なく三度も殴るとはどういった料簡だろうか。良心を捨て去らないでくれ次代の勇者。
「そんな可愛い目で見ても無駄よ。私は、貴方には手加減しないもの。ああ、もちろん力という意味では手加減するわ。本気で殴ったら貴方が死んじゃうものね」
「それがわかってるなら殴らないでくれると助かるね」
「ダメ。手癖の悪い、態度の悪いお馬鹿さんを躾けてあげるのが友達としての役目でしょう? むしろ感謝してほしいくらいだわ」
ナチュラルに友達認定されてた。でも僕の知ってる友達関係とは違うらしい。凄いね人族の交友関係って。魔族とは異なり過ぎててさっぱり意味がわからない。
「僕達って友達だったんだ……」
思わず僕は言ってしまう。
「世間一般から見て友達でしょ。ずっと一緒にいるんだから」
君が僕の元に押しかけてるだけだよ?
「それに、こうして毎日のように一緒に帰ってるしね」
「なるほど。確かに友達っぽい」
僕は嫌だと言って逃げたのに君が逃がしてくれなかったんだよ。
「でしょう? 私はストーカーの被害から身を守れて、貴方は学院でぼっちじゃなくなる。お互い損の無い関係ね」
「あとは暴力さえなくなれば僕にとっても安らげる関係だ」
「愛よ。愛情。ね?」
「そういうのはちょっと……件のストーカーにでも発揮しといてよ……」
「なんで私が拒否されてる側なのよ!? 貴方が! 受け入れ! なさい!」
ゲシゲシと足を蹴られる。
魔力も纏っていないし全然痛くはないんだが、靴底の汚れが付くから止めてほしい。クリーニングだってタダじゃないんだぞ。
「……ったく」
たまには僕も怒る。やられっぱなしも癪に障るのだ。
「えっ……!?」
僕は彼女が知覚出来ない速度で蹴られていた右足を、彼女が上げていた足の底にピタリと引っ付けて、そのまま更に持ち上げる。
一瞬とはいえ片足立ちをしていたアルテミスは、急に重心が右足に偏り、体勢を崩してしまう。その隙を見逃さず、僕は颯爽と彼女の腰に手を回して倒れるアルテミスの身体を抱きしめる形で支えた。
「なっ……! なななっ……!」
パクパクと僕にピンチを救われたアルテミスの顔が赤みを帯びていく。
「大丈夫?」
と言いながら、心の中ではぼろくそに彼女を貶す。
恥ずかしいだろう? 見下してた男に助けられるのは! 僕が助けなくても運動神経のいい彼女なら転倒は避けられたはずだ。その事実を噛み締めながら、羞恥の波に溺れるがいい! ざまぁ!
「だ、だだだだ大丈夫に決まってるでしょ!? は、放しなさい!」
ドン、と力強い一撃を胸部に貰って思い切り突き飛ばされた。恩人に対してこの仕打ち……アルテミスゥ!
「あああ、あれくらい貴方の助けがなくても……~~~~!! いや! もう帰る! さようなら!」
あ、逃げた。
予想通り反論しかけたところで、恥ずかしさに耐えられなかった彼女は夕陽を背に全速力で女子寮へと駆け出して行った。
僕が思った以上の成果だ。何やらニュアンスが怒りとは少々異なるようだが、まあ一泡吹かせられてよかったよかった。そのまま上機嫌で僕も男子寮へと向かう。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「アルテミスが行方不明になった?」
学院に着くなり、先生に呼び出された僕は開口一番にそう伝えられた。
曰く、昨日の夕方以降から姿が確認されていないらしい。女子寮に入った形跡もないし、勇者の妹ということもあってまず最初に疑われたのは誘拐だった。流石は過去に一度誘拐されたことのある馬鹿。数年経由で再び誘拐されるなんて笑える話しだ。
「一番仲がよかったシリウス君には、校長や勇者様から一つでも多くの情報が欲しいと頼まれています。何か気付いた事があれば言ってください」
先生は至極真っ当な感情を僕に向けてくる。真摯な想いだ。僕もそれに応えたいと思う。
「そう言えば彼女は、最近、ストーカーの視線を感じると何度も僕に零していました。どうにか出来ないものかと」
「ストーカー……ですか」
「複数の視線を感じるって言ってましたよ」
「複数犯!? では、今回も計画的な犯行である可能性は高そうですね」
うんうん、そうだね。取り合えず僕は帰ってもいいかな? 先生や勇者様が僕とアルテミスの関係をどう怪しんでいるのかは知らないが、残念、僕と彼女は友達でもなんでもない。どちらかというとご主人様と下僕、という言葉がぴったり当てはまる関係だ。非常に不本意だがな。
「貴重な話しをありがとうございました。後日、また別の方々に質問されるかとは思いますが、くれぐれも嘘や隠し事はないようにお願いしますね。シリウス君には無理だとわかっていても悪戯に勘繰る人は一定数いますので」
「大丈夫ですよ。僕は正直者なので」
今頃あのくそ女が泣いてるかと思うと心の底から爆笑してやりたい。いや、助けに行くついでに笑ってやるか。無論、心の中でな。実際に口に出したら僕がヤバイ奴だとバレかねない。
「気を付けるのなら、これ以上は何も言いません。時間を取らせてごめんなさい。授業が始まってると思うので、シリウス君は教室に戻ってくださいね。何か進展があったらすぐにお知らせしますので」
いえ結構です。自分で見に行くので。友達でもなんでもないので。
「わかりました。先生も肩の力を抜いてくださいね。……アルテミスのこと、よろしくお願いします」
あくまで悲壮を背負っているっぽく見せて職員室を退室。
ケラケラと不気味な笑みを浮かべて教室までの道を歩く。
さてさて、どうしようか。僕一人でも十分に助けられるだろうが、リリス達の力を借りた方が絶対に面白い。久しぶりに会う口実にもなる。
「一ヵ月ぶりか……。ちゃんと僕が課したメニューをこなしてるかな?」
腕が落ちていたら叱らなくてはならない。少しの怠慢が死に繋がるのだと。
真面目なリリスやシトリー、ロノウェ達は基本的に自立出来ているから特に心配はしていない。問題は自由奔放なアスタロトだ。残虐な行為が大好きな反面、地道な努力が苦手という困ったちゃん。唯一、彼女に会う事だけが僕にとって憂鬱だ。うん、ほとんどのメンバーに合うのが普通に怖いや。みんな個性強いからなぁ……。
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