平穏はあっけなく瓦解しました①

 時が流れるのは早い。リリスとシトリー、更に増えた半魔の仲間達と出会い、気が付けば僕の年齢は人族で言うところの15歳となっていた。


 王都サンタマリアにある最大の魔術学院に入学出来る年齢だ。流石にリリスと15歳未満のシトリーを連れて来る事は出来なかったが、魔術による反則行為で僕だけは無事に入学を果たした。


 かの名高き次代の勇者アルテミスと同じ世代だ。仲間とは別に見守る必要のある人物で正直あまり嬉しくはないものの、将来設計には絶対不可欠の存在。しっかりと陰ながら護衛してやらないとね。


「制服姿も素敵です! 魔王様!」


「ありがとうシトリー。サイズがぴったりな点にはあえてツッコまないでおくよ」


 シトリーがいつの間にか用意してくれた王都サンタマリア第一魔術学院専用の制服に袖を通し、僕は自らの若々しい身体を眺める。うん、悪くない。暗い紺色が僕のイメージとも合っていた。


「私があと1年早く生まれていれば……魔王様を一人で人族の街へ行かせたりはしなかったのに……!」


「僕には僕の、君達には君達の役目がある。そんな顔しないで、シトリー」


「魔王様……! カッコいいです!」


「ありがとう」


 そもそも君が1年早く生まれていても魔術学院には入学させなかったけどね。美少女同伴の新入生とか確実に目立つじゃん? 目立ったらダメだよ。あくまで僕の役割は適切なアルテミスのサポート。注目されていたら動きにくい。


「朝から仲良しこよしもいいけど、いいの? もう時間もあまり無いわよ」


 永遠に僕への賛辞が止まらないシトリーの背後から、すらりと高身長の金髪美少女が現れた。シトリーの実の姉リリスだ。ここ数年間で別人のように美しくなった。彼女を美人系だと例えるなら、シトリーは可愛い系か癒し系だな。昔から人見知りをして僕や仲間以外には一切心を開かないけど、それも含めて可愛いものだ。


「ほんとだ。入学式から遅刻はまずいね。朝食は食べたし、そろそろ学院に向かうよ」


「そう。行ってらっしゃい。……制服、似合ってるわよ」


「ありがとうリリス。行ってきます、二人共」


「ああ……魔王様! 行ってらっしゃいませ! 道中、どうかお気を付けて!」


 僕は過剰な見送りを受けながら走り出した。あれから住処は変わっていない。森の中で人族の目を盗み生活している。故に、街までは結構な距離があった。僕の全力ダッシュならものの数分で王都まで辿り着けるため、一々リスクを抱えて引っ越す必要がないのだ。他の仲間達も全員、この森と住処が気に入っているみたいだし。


「さてさて、どんな日々が待ってるのやら」


 意外と楽しみだったりする。


 形は違えどこれも一種の僕が願った日常だ。学院には生徒用の寮があり、しばらくは彼女達の元へ戻れないが、一時の平穏が訪れる。


 一般的な若者として迎える明日に、魔物を突進で吹き飛ばしながら進む僕は、強い興奮を抑えられなかった。


 そして、正門を守る兵士達に気付かれないよう、超人ジャンプで街を囲む壁を飛び越え王都に侵入する。


 こいつ只者ではないぞ! とバレない程度に魔力を抑え、人生で初めての登校に移った。道行く人々の活気は、隠れ家近隣の村や小さな町とは比べ物にならない。至る所で人族の熱気が爆発していた。


 視界の中心に並ぶ巨大な建造物も見事なものだ。限られた土地を高さでカバーするとは……人族の発想には驚かされる。


 四方八方から漂ってくる香ばしい料理の匂いも、満たされたはずの胃袋を刺激した。田舎育ちの僕にはキツイ環境だ。卒業後にはサンタマリアの雰囲気に呑まれていそう。


「……ん?」


 と、そこへ。右の角から凄い速度で走ってくる人族の魔力を感知した。僕との距離は最高だ。相手がこちらに気付かない限りは、確実に接触するタイミング。僕にはまるで壁越しに姿が見えるようなものだから避けるのも簡単だが、周りには他の生徒の目もあった。弱者を演じるために、あえて僕は失速しない。歩みを進めて、


「……え?」


 予想通りに飛び出してきた少女と、接触しかける。ぶつからなかったのは、僕が上手く微調整したから。理由は知らないが、相手は魔力による身体強化を使っていた。衝突しておいて何の被害もなかったら怪しいだろ? かと言って衝突したらリアクションに時間を取られる。更に沢山の視線も貰う。それらを全て無効化する僕の神の一手が、ギリギリのところでぶつからなかった、だ!


 一応、大袈裟に仰け反って驚いたフリも付け加える。完璧だ。


 唯一の誤算と言えば、衝突しかけた相手が、僕のよく知る人類最強の勇者の妹、通称勇者候補ことアルミテスだった事だな。



 ……マジ?


 これは予定になかったぞ?




 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆




「ご、ごめんなさい! ちょっと急いでいて」


 僕と接触しかけたこの街で二番目に有名な銀髪の美少女は、如何にも男性の保護欲をくすぐりそうな可愛らしい顔で頭を下げた。


 面倒事は嫌だ。パパっとこの場を去ろうと僕は返す。


「いえいえこちらこそ。では」


 ビシッと手を上げ、そそくさとその場を離れる。


 だが、動き出した瞬間に右腕を掴まれた。犯人は隣のアルテミス。


「何かお礼をさせてください。未遂とはいえ、失礼を働いたので」


「いやほんと大丈夫です。先を急ぐので手を離してもらえますか?」


「いえいえお願い! します! 次代の勇者として! ここは譲れません!」


 こ、こいつ……! 僕を逃がさないために魔力を使って身体強化までしてやがる!?


 つーかなんなの? 自分で次代の勇者とか言う? 普通。恥ずかしい奴だ。絶対に関わり合いたくない!


「お金払うので許してください! お願いします!」


 あああああああ!


 周りから物凄い注目を浴びている!!


 お願いだから手を離してくれえええぇぇぇ! お金あげるからさああぁぁ!


「はぁ!? 何よそれ! 別にお金なんて要らないわよ! むしろ何でも一つ買ってあげるから逃げようとするな!」


 あ、本心が見えた。


 意外と過激なタイプの人なのかな? あとプレゼントとかいらないです。平穏をください。


「まじで勘弁……」


 ヤバイ。どんどん新入生らしき真新しい制服に袖を通した生徒が集まってくる。これでは僕の計画がパーだ! それも護衛対象の女におしゃかにされるなんて。


 背に腹は代えられない。バレない程度に魔力を練り上げ、右腕のみに纏わせる。ほんの僅かにアルテミスの筋力を上回る程度でいい。あとは男女の差で……。


「あっ!」


 振り切れる!


「ま、待って!」


「こ、今度何かあったら頼みますのでその時に続きをお願いしまーす!」


 僕は彼女の制止を振り切って魔術学院まで走った。


 登校初日から酷い目にあったな……。



 その後は何事もなく入学式に間に合った。警戒しながら生徒用の室内運動場に足を踏み入れたが、どこを見渡してもアルミテスの陰はなく、護衛するはずの僕が彼女の不在に安堵してしまった。


 ……しかし、神様は僕が嫌いらしい。校長の長ったらしい世間話が終わり、解散する前の挨拶として自分のクラスへ向かった僕は、本気で途中退学を考えた。


 というのも、


「ねぇ、貴方名前は?」


 予め教師によって決められていた僕の席に、朝見た嫌な女が居たからだ。


 どうやら同じクラスらしい。最悪だ。


 アルテミスが勇者の血統を継ぐ者だと周りの同級生達もわかっていて、好奇の視線が僕の元へ殺到する。まるで針の筵だな。


「ちょっと……私の話、聞いてる?」


「聞いてる聞いてる」


「ならさっさと答えて。貴方、名前は?」


「聞いてる聞いてる」


「ぶっ飛ばすわよ」


「…………シリウス」


 おい、次代の勇者が一般人を脅迫するなよ。


「そう。よろしくねシリウス。私はアルミテス。現勇者エリスの妹よ。知ってるかしら?」


「有名人だからね」


「姉さんは、ね。私はそうでもないわ。おまけよおまけ」


「確かに」


「ぶっ飛ばすわよ」


「アルテミスさんも十分に有名人だね!」


「あら、ありがとう」


 なんだこの茶番。


 アルテミスにはリリスと同じ雰囲気を感じる。逆らうと面倒なところとか、やたら凄むオーラが強いとか。


 僕も隠れ家ではよくリリスのお世話になっていた。シトリーも大概世話焼きだが、姉のリリスはナチュラルに僕の仕事ややる事を奪う。大丈夫だよと伝えているのに、「これくらい平気よ。お茶でも飲みなさい」って返される。僕は子供かな?


「それで、ね? シリウス。貴方にとても大事な大事な話しがあるのだけれど……時間を貰ってもいいかしら?」


「ダメです。用事があります」


「強制」


「嫌だ僕は帰る」


「実力行使」


「まあ少しくらいなら時間を割いてもいいかな」


「ありがとうシリウス。感謝するわ」


 この悪女め……。僕が本来の実力を出せないからと調子に乗って……。


「じゃあ行きましょう。場所は屋上でいいかしら?」


「もうどこでもいいよ……」


「あっそ」


 クラスメイト達の熱く鋭い視線を受けて、僕とアルテミスは教室を出た。



 場所は移って学院の屋上。


 生徒の立ち入りは禁止だったはずだが、流石は次代の勇者。一般常識やルールには縛られないらしい。


「此処なら誰にも話しは聞かれないわね」


 先頭を歩いていたアルテミスが、屋上の中心で止まる。こちらに振り返り、キッと僕を睨んだ。


「今日の事、誰にもバラさないでよ?」


「今日の事?」


「私の事よ! 私の!」


「???」


「性格よ! 性格! 普段は猫被ってるとか、そういう変な噂を流したら許さないって言ってんの!」


「変な噂も何も、本当の……」


「な、に?」


「いえ。アルテミスさんは心優しい次代の勇者様です」


「よろしい。口が滑ったら……そのお口とはさよならね」


 こ、こえぇ!


 こいつほんとに勇者の資格ある? 僕より魔王らしい女なんだが。


「まったく……寝坊なんてするから私の学生ライフが台無しよ」


 こっちのセリフだ。返してくれ僕の平穏な学生ライフ。


「まあ、新しいストレス発散用のサンドバッグが見つかったと思えば……あながち最悪とも言いにくいわね?」


「お金払うんで許してください」


「だからなんでお金なの!? 別にカツアゲなんてしないわよ!」


「サンドバッグにするのに?」


「言葉の綾よ! 言葉の! ほんとに殴るわけないでしょ? 私をなんだと思ってるの」


 人族の間に生まれた突然変異種の魔王、とか?


「……今、失礼な事思ったでしょ?」


「ソンナマサカ」


「嘘くさい」


 ウゲッ!


 問答無用で殴ってきたぞ!? 当たる直前、魔力で防御したからダメージはゼロだが、理不尽過ぎる。


「ふふふ、殴りやすい頭」


「……」


 こいつ、僕の未来設計に本当に必要かな? ぶっ飛ばしても許されることない? 世界平和のためにもこいつを魔王に仕立て上げた方がいいと思う。


「ねぇ、シリウス。今後もよろしくね? お互いの、平穏のために」


「……」


「返事」


「はい。ソウデスネ」


「うふふ」


 こうして僕の学院生活は、劇的に幕を上げた。


 どうしよう、退学したい。

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