プロローグ②

 準備を終わらせていざ外の世界へ。


 僕が座する玉座には配下の魔族でも見破れない程、高度な魔法によって作られた偽物が座っている。遠隔操作で動き、発言すらも可能。余程の事がない限りはバレまい。バレたら適当な言い訳をでっち上げる。


 彼等は僕に絶対服従なので、多少強引でも納得してくれるだろう。


 さて、そんなこんなでまず僕が訪れたのは、人族の領域で最も有名な王都サンタマリア周辺の森。


 何故森なんかに来たのかって? いきなり街中に入る勇気がなかった。通りすがりの冒険者か旅人を装って誰かについていこう大作戦である。


 しかし、木々の隙間から周りの光景を眺める僕は、大事な事をすっかり忘れていた。


 こんな森の奥深くに、果たして人が来るのだろうか?


 魔物や動物の鳴き声しか聞こえてこないのは、きっと気のせいだろう。


 結局、歩いて城壁の傍まで行くしかないのか? 転移魔法なんて急に使って現れたら問題になりそうだし。


「…………」


 冷静になると気分が落ち込んだ。


 妙案を思い付いて、僕なりに張り切って玉座から立ち上がったのに、一歩目でいきなり躓くとは……。


 大体、人間が弱いのが悪いと思わないか?


 転移魔法なんて僕からしたら便利な移動方法以外のなにものでもないし、配下の魔族に何人か出来る者もいるくらいだ。小手先ばかりの技術ばかりに現を抜かさないで魔法の鍛錬もしろよ! と言いたい。


 加えて、人間側がより優秀な能力を持ち得ていたら、わざわざ僕が出向く必要もなかった訳だ。うん。人間が悪いよね。転移場所を大雑把にしか決めず飛んだ僕は悪くないよね? ちょっとだけ悪い? うん、僕もそう思う。欠点や失敗を誰かのせいにするのはよくなかった。


「……切り替えよう」


 立ち上がり、手に付いた汚れをパッパッと払う。


 懐から人族の領地を書き記した地図を取り出し、うんうんと頭を捻ってとある問題の解決を図る。


「ふー……ここは、どこだ?」


 迷子である。


 転移魔法を使って数十、数百に及ぶ距離を楽々踏破したところまではよかった。しかし、だからこその問題が起きる。


 僕は生まれてまだ十年程度のガキだ。幼い頃から配下を動かし、命令を与えるだけの存在だった。故に、僕は知らない。魔王城以外の外の世界を。


 では問題だ。


 外の世界に出た事のない僕が、急に森の中に転移したらどうなると思う?


 正解はもう出ていたね。そう。迷子になる。


 見渡す限りの視界には鬱蒼と茂る木々に雑草。太陽の位置も大樹の枝葉でロクに空が見えず、通り掛かる人間の数もゼロ。


 野放しにされている魔物は駆逐すればいいとして……しょうがない。浮遊魔法か転移魔法で上空へ飛んで移動しよう。


 人気の少ないようだしバレる心配もないはずだ。


 魔法式を宙に描き、構築。膨大な魔力を注ぎ込む……直前。


 どこからか声が聞こえてきた。


 声質の違いから複数の男性だと分かる。


 これはしめたと思った僕は、如何にも平凡な人間ですよ? と言わんばかりの服装をチェックして、声のする場所に向かった。


 途中で彼等が移動したらどうしようかとも思ったが、運が良い。次第に聴こえてくる話し声が鮮明になってきた。どうやら全員で休んでいるらしい。


「くっくっく! 今日の俺様はツイてるぜ。まさか半魔(ハーフ)のガキを捕まえられるとはな」


「しかも女性ときたら、最高だよなぁリーダー!」


「ちゃんと俺達にも回してくださいよ?」


「分かってるよ。だが、見た目はいいガキだ。傷付けるんじゃねぇぞ?」


「当然ですよ。国に持ち帰れば高く売れる金の木なんですから」


「そうそう。魔族の強さを暴くだか、強さに迫るとかよく分かんねぇけど、大層な値段で売れるらしいですからねぇ」


「フッ。しばらくは金に困らない生活が出来そうだぜ」


「…………」


 うーん。


 颯爽と考え無しに突っ込むのは戸惑われた。話しを聞いてる限り、どう見ても善人には見えないからね。僕が姿を晒して、「なんだこいつ怪しい! 殺せ!」とか言われても困るし。


 それに、彼等が言っていた半魔という存在も気になる。


 配下の話では、人間との平和を望み、人との間に愛情が芽生え、お互いの血が混じって生まれたのが半魔。両方の種族の特徴を合わせ持つ稀有な存在だ。


 だが、それ故に彼等は弱い。


 種族的に元から効率よく魔力の操作が出来る魔族とは違い、人間の性質も受け継いだ半魔は、不思議と魔力の操作が上手く出来ない。鍛錬次第でいかようにも伸びるが、僕の視線の先に見える少女はまだまだ子供だった。世界の常識も恐ろしさも知らずに育ったのだろう。下手をすると僕と同い年くらいだぞ。


 ならば人間相手に簡単に捕まってしまった理由も納得がいく。多分、彼女は戦う術を知らないんだ。


 偶然奴等と出会い、襲われ、囚われた。


 このあと待ってるであろう展開を考えると、のんびり眺めてる訳にもいかないな。平和を望みながらも、その相手を殺そうとしてるのだから笑える。


 僕の共存への夢は、血塗れの一日から始まるのか……。ショックだ。


「……あ?」


 大樹のぶっとい枝の上から飛び降りた僕は、下卑た笑みを浮かべながら食事を摂る彼等の前に着地した。


 こちらに気付いた手前の男が、怪訝な顔で叫ぶ。


「て、てめぇ……なにもんだ!」


「怪しい者じゃない。通りすがりの……人間だ」


「ど、どこからどう見ても怪しい奴じゃねぇか!」


「失敬な。どこからどう見ても普通の人間だろ」


「普通の人間は魔物の生息する森の中に来ねぇよ!」


 なるほど。一理ある。


 ちなみに今の僕は、外見を変化させる魔法で15、6歳くらいの青年に見えているはずだ。流石に10歳の子供が来れるような場所とは思っていない。


「なら、通りすがりの冒険者って事にしといてくれ。魔物を討伐するのが仕事なんでしょ?」


「こいつ……! ふざけやがって! リーダー! やっちまった方がいいんじゃないですか!?」


「落ち着け馬鹿野郎。ほんとに冒険者だったら面倒だろうが」


 奥に座るひと際厳ついおっさんは、他二人の男性ほど焦ってはいないな。風格がある。


「おいお前。俺達に何の用だ?問題を起こすつもりがないなら、さっさと要件だけ言って消えろ」


「やれやれ。人間ってのはこんなにも態度が悪い生き物なのかな? 初対面の相手に向かって平気で暴言を吐くとは」


「……喧嘩を売りにきたのか?」


「違うよ。その子が気になってつい」


 おっさんの隣に座るボロボロの少女を指差す。


「ふん。こいつは俺等のもんだ。ほしいって言うなら、実力行使しかないよなぁ?」


「争いは不毛だと思うよ? その子を素直に渡してくれるなら、特別に君達の罪は問わない。無事に帰してあげるから」


「チッ! 態度のでけぇガキだ。おいてめぇら! もういい。サクッとやって魔物の餌にしてやれ」


「「了解!」」


 交渉は決裂。


 二人の男達が腰に下げた鞘から剣をを引き抜く。魔力を身に纏い、身体能力を極限まで上げて僕に迫った。


「しねぇ!」

「おらぁ!」


 左右からの同時斬撃。


 何もしなければ僕の身体は綺麗に三分割されるだろう。


 だが。


「遅い」


 一息。


 彼等がそれを認識するより早く、二人の胴体が二つに断たれる。


 颯爽と間をすり抜けた僕の背後で、ぐしゃりと鈍い音が鳴る。声は返ってこない。


「な、なん……だと!?」


「直情的な大振り。当たる方が難しいよ」


 僕の指摘は、絶命した二人の剣士には無意味なものだったが、せめて皮肉気味にリーダーの男に告げてやった。


「俺の仲間をよくも! てめぇは許さねぇ! 殺してやる!」


「最初から殺すつもりだったくせに。何を今さら」


「だまれえぇぇ!!」


 男が疾走する。先程倒した二人よりも纏う魔力の量が明らかに上だった。


 凝縮した魔力が小さな渦を巻き、手にした刀身に収束される。


 しかし、しかしだ。まだ遠い。まだ足りない。


「残念だよ」


 僕と男の剣がぶつかる。あえて正面から打ち合う事によって、圧倒的な実力差を見せつけた。


「!?」


 一秒と掛からず、男の剣が折れる。僕の巨大すぎる魔力量に、強化された刀身ですら耐えられなかったのだ。そのまま僕の剣は勢いを止めず、目を見開いた無防備な男の首元へと吸い込まれていき、


「ぁ……」


 何の抵抗もなく首を刎ね飛ばした。




 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆




 殺した。僕は殺した。


 人間との平和を望みながら、表情一つ変える事無く人間の男を殺した。躊躇も戸惑いも無かった。こういう自らの欲望を優先し、簡単に人を傷付けられる奴は死んでもいいと思ったからだ。


 刀身に付着した夥しい量の血を振って払う。


 力無く横たわる死体をよそに、僕の視線が次に向かったのは、大樹の根元で体を震わす幼き少女。


 こちらの視線に気付き、足元に転がる死体と僕の顔を見比べている。瞳の中には拭い切れぬ程の恐怖と絶望が同居していた。


 まずいな。


 こんな状況では何を言っても彼女の心には響かない。差し詰め、少女から見た僕は自分を捕まえていた盗賊以上の大悪党に映っている事だろう。口先から出る言葉は全て嘘だと誤解するはず。


 だが、沈黙は銅以下だ。人族の情報を得るためにも彼女の協力を仰ごう。


「やあ。怪我はないかな?」


「ッ……!」


 二人の間に緊張が走る。


 予想通り滅茶苦茶に警戒されていた。無理やり尋問して吐かせる選択肢もあるにはあるが、その手は極力使いたくない。


 僕は彼女の自由意志が欲しいのだ。


「警戒しても構わないけど、僕の話を聞いてくれ。僕は君の父親のような存在であり、仲間だ。害するつもりは微塵も無い。いくつか訊きたい質問がある。それに答えてくれるなら、安全な場所を提供しよう」


「……父、親?」


「そっちに喰いつくんだ……まあいいけど」


 話しは脱線するが、ちょうどいい。信頼を勝ち取るためにも面白い話しを聞かせてあげよう。みんなには秘密だよ?


「僕は魔王。君の両親、どちらかの頂点に君臨している存在だ。遠い親戚のようなものかな?」


「ま、魔王様……!? そ、そんな……嘘よ!」


「嘘じゃない。実力の一端を君は見ただろう?」


「いえ嘘よ! 父が言っていたわ! 先代の魔王が勇者に倒されて、新しい魔王はほとんど生まれたばかりの子供だと! でも貴方は私より明らかに年上じゃない……!」


 ああなるほど。偽装してたね僕。魔法を解除してあげよう。


「なっ!?」


「これで、信じてくれたかな? 多分、僕と君は同い年くらいだね」


「本当に子供……? 魔力の波長も消えてる……魔法は使って……ない?」


「事情があってね。僕の素顔を他の人に見られたくなかったんだ。念には念のためってやつさ」


「な、なら! 素顔を見た私達も殺すの?」

「殺さないよ。君にバレたところで問題はない。どうせ、関係の無い話しだからね」


「? どういうこと?」


 よしよし。やっと話しの本題を切り出せる。


「じゃあ僕の目的を語らせてもらおうか。何故、魔王たる僕がこんな人族の住む領域に足を運んだのか……。それはね? 平穏だ」


「平穏……?」


「そう、平穏。平和。自由。争いの無い日々。僕は、そんな人生を夢見ている」


 一拍置いて。


「歴代の魔王達がどんな理想を掲げ、どんな気持ちで人族と戦っていたのかは知らないし、ぶっちゃけ興味もない。ただ僕は、彼等とは違う道に理想を求めた」


「何故? それだけの力がありながら。それだけの地位を持ちながら、何故平和を求めるの?」


「考えてみてよ? 人族に生まれながらにして嫌われる僕の気持ちを。勇者に殺意を向けられ、世界には必要ない悪として討伐される運命を。……虚しくない?」


 それに。


「それに僕は、人間が好きなんだ。何時だって面白い物を作り出すのは人間だけ。魔族は所詮、その上辺を真似てるだけさ。嫌いじゃないけどね」


 戦争しようそうしよう、という集合的無意識さえなくなればもっともっと彼等を好きになれるのに。


「……おかしな魔王様ね。私が知るどんな魔王とも違う」


「僕は僕さ」


「ええそうね。貴方は貴方。でも、まだ大事な事を聞いてないわよ」


「大事なこと?」


「貴方の目的は?最終的に着地する結果とは何か」


 ……ほう。同い年だと思って舐めていたな。実に聡明な子だ。


 僕の根幹に興味を抱くとは面白い。半魔は他の魔族よりも随分と冷静で話し合いの出来る種族だ。


 しかし、ここは嘘をつく。


 人間に対して負のイメージを拭えない彼女に、僕が幸せに暮らしたいだけさ! なんて言ったらどんな反応が返ってくると思う? やばいだろ? 今までのちょっとだけ重い感じの空気が霧散するよ? 結局は自分のためかよ! とか思われたらカッコ悪いじゃん。これだけは墓まで持っていく必要がある。


「僕の目的、か」


 神妙な顔を浮かべて必死に頭を回転させる。


「……鍵は君だ。人と魔族の血が混じった君こそが、僕の理想の果て」


 どうしよう……。


 あまり間を置くと怪しまれるから適当なこといったけど、自分で何言ってるかよく分かんない。


「私が……鍵?」


「あ、ああ。君の両親が実現した共存の道こそ、僕の夢でありこの世界の希望だ」


 ええい! もう出たとこ勝負でいけ! 彼女とはここで別れるし、多少馬鹿なこといっても許されるだろう。


「人と魔族の……共存」


「道のりは険しい。茨の道だ。辛い事も悲しい事も多々あるだろう。だが、僕は必ず叶えてみせる。恒久的世界平和を」


 恒久的世界平和ってなんだ。無理だろ。


「そこまでの……覚悟を……!」


「当然だ。そのための力を持って、僕は生まれた」


 ごめんなさい。嘘です。生まれた意味はありません。強いて言うなら人族を滅ぼせという歴代魔王の意思だろうね。


「全て理解したわ。貴方が私の前に現れた事も……私を助けてくれた理由も」


「そうか。誤解が解けてよかったよ」


 一先ずは安心かな? これで落ち着いて彼女から情報を毟り取れる。


 ……と思っていた。


「お願い! 貴方の旅に、私も連れて行って!」


 ……は? なんて?


「危険な事は重々承知しているわ! 足を引っ張るということも! けど、それでも! 私は貴方と同じ理想を見たい! 背負いたい! 虐げられた私達が、幸せな日々を掴むところを!」


 いやいや! 無理だって。不可能だって。嘘だもん。作り話だもん。


「辞めた方がいい。命がいくつあっても足りない」


「構わないわ! 私が、私のために! 貴方のために働きたいの!」


 僕は構う。適当な言い訳を信じた仲間なんていらないよめんどくさい。


 けれど、彼女の決意は固くて。


「いいって言うまで付き纏うわ。絶対に諦めない」


 とか言い出した。強情だな。


 吹きすさぶ微風の暖かさの中、僕はお手上げ状態で項垂れるしかなかった。

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