僕は魔王なので死んだフリをして自由になりたいのに、勇者サイドが問題だらけで全然やって来ないんだが?仕方ないのでサポートしてやろう

七咲

プロローグ①

 この世界は争いに満ちている。


 魔族と人間。


 人間と魔族。


 人間と魔物。


 複数の種族、生命体が、日夜お互いの命、領域を狙って戦っていた。仲間の血を流して、大切な存在を失い、慟哭すら出来ずに絶命する。


 僕は不毛だと思った。


 同じ一つの生命だと言うのに、何故、理解し合えないのか。


 資源。土地。自由。安寧。意地。


 魔物を除き、知性ある者達は欲深い。それこそ、自分達以外の存在を認めない程に。


 他を淘汰し、世界の全てを手中に収めるなんて、馬鹿らしい話しだといい加減気付くべきだ。


 手を取り合い、好意を示し、共存する道を模索した方がいいのだと、広い心で許してほしい。これまでの争いは水に流して、交流を深めよう。


 拒絶し合う事だけが生命じゃないだろう。


 お願いだから、仲良くしてほしいと願うのは僕だけなのか?


 僕が、史上最強の魔王として生まれてきたのが悪いのか?


 人間如き、片手でいびきをかきながら殺せるのがダメなのか?


 違う。違う違う。僕は悪くない。


 生まれて数年、邪魔をしてきた奴、ちょっかいをかけてきた奴以外は殺していない。人間に限って言えば見た事すらないぞ。


 なのに、配下の魔族達は人類を滅ぼせとか、圧倒的な力を見せてやれとか言ってくる始末。


 やらないよ?僕は人間が好きだから。


 彼等以上に世界の技術を進歩させてきた者はいない。


 美味しいご飯も、快適なベッドも、住みやすい居住も、全て人間が考え、僕達魔族が真似たものだ。


 完成度では遥かに劣る。


 お前たちが今まで口にしてきた具材、料理は人間が発案して生み出したモノなんだ。


 それを何度も教え、冷静になるよう促してはいるのだが……。


 依然、人間を滅ぼすべし、という意見は撤回されない。


 まあ、彼等の言いたい事もわからないではないよ?


 あいつら勝手に魔族の事を敵と認識して襲ってくるらしいからね。襲われたら手を出すのは当然。殴られたけど私は優しいから殴り返さなかったよ、が通じるのは非力な人間だけ。拳には拳を。魔法には魔法を。殺意には殺意を返すのが僕達だ。誰だって死にたくはない。短いようで長い人生を楽しみ、笑って老衰したいはずだ。


 故に、一概に魔族のみが悪いとも言えないのが余計に僕の頭を悩ませる種の一つだった。やんわりと主要都市に向かう部下を抑え、極力情報集めと籠城戦をさせているが、それも何時まで持つかわからない。


 ひとたび暴走すれば脆弱な人間では耐えられないだろう。そもそも僕一人で滅ぼせる程度の強さだ。確実に一方的な戦争となる。


 いくら人間でないとは言え、同じ二足歩行する知的生物だ。喜んで虐殺したいぜキャッホー! とはならん。


 理想は人間サイドから和平の申し込みがくること。


 手紙でもなんでもいいから寄越し、それを僕が許可すれば大半の魔族は大人しく従うはず。あとは残った離反者を片っ端から殺して回れば世界は平和になる。


 双方共に、悪い点はないだろ? なんでダメなの? なんで争わないといけないの?


 僕が頭を下げる事で平和が実現されるなら、喜んで土下座でもなんでもするのに……。




 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆




 歴代魔王が座した玉座にて、腰を下ろした僕は頬杖を突く。


 今日も今日とて平和への模索だ。何一つとして妙案は生まれないが、何もせずにいるよりは遥かに有意義な時間だった。


 しかし、僕が手をこまねいている間に人類サイドでは色々な変化があったらしい。部下から聞いた話しで、実際に見えてもいないが、とうとう現れたようだ。


 今代は生まれるなと僕が密かに願っていた存在。


 歴代魔王を勇気と根性、絆の力で葬ってきた悪魔のような怪物が!


 その名は勇者。


 聖剣に認められ、神から強力な才能を与えられた最強の人間。


 厳密には、先代魔王を討ち取った勇者がまだ生きているため、その妹が次の世代の勇者になる、と言われているだけだ。


 だが、魔王を倒せる程の化け物が二人とか、僕の運は最悪かな? せっかく手を取り合ってやろうと言うのに、絶対に力を合わせて僕を殺しにやってくるよ? だって僕ならそうするもん!


 てかおかしいだろ神様! 魔王は一人しか存在しないのに、勇者は二人でもアリとかどんな贔屓!?


 世界の意思すら魔王である僕を殺しにきてて鬱屈とする。


 それでも冷静に玉座へ腰を下ろせるのは、ひとえに僕が強いから。人類を圧倒する魔族の誰もが僕の足元にすら及ばない。先代魔王より遥かに強いと称される時点で、勇者が二人いても多分問題ないだろう。


 必死こいて共存の道を探す方が、百倍は難しい。


 何か、どこかに落ちていないかな……妙案。


 人間の知能は素晴らしい産物なんだから、血気盛んな僕らじゃなくてそっちが考えてほしい。


 その内僕がストレスで死ぬぞ? いいのか? 人類が勝っちゃうよ?


 ……って、おや? おやおや?


 僕が死ぬ? 魔王が?


「……そうか。その手があったのか」




 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆




 死んだフリ大作戦。


 それが、突如として僕の頭上に浮かんだ最高のアイデアだ。


 内容は簡単。


 僕を殺しに来た勇者、ないし人間が僕と戦う。


 無論、僕より強かったらやばいが、その場合は、単純に勇者を騙す方へ力を注げばいい。大変かもしれないが僕の魔法の才能は一級品だ。自信がある。


 で。


 勇者が弱かった場合は気分よく魔法で創り出した偽物を倒してもらい、勝利の余韻に浸っている間に逃走する、という算段だ。


 賢い!


 配下の魔族達はただでは済まないだろうが、争いを止めなかった彼等、彼女等の責任だ。散々止めた僕に文句を言われても困る。


 逃走が成功したあとは人間のフリをして街中に溶け込み、魔物を狩る事でお金を稼ぐ冒険者でもやって悠々自適な日々を過ごそう。


 素晴らしい!


 ここまで具体的かつ穴の無い作戦は初めてだ。期待に胸が膨らみ、将来への妄想が止まらない。


 問題なのは人間サイドが魔王城へやってくるまで、一体どれくらいの時間がかかるのか。


 寿命は永いので老衰の心配はないが、あまり長くは待たせないでほしい。


「いっそ僕が勇者を導くのも悪くないな……」


 そうすれば何人かの配下を殺したように見せかけて逃がす事も可能だ。


 むしろ、そっちの方がいいんじゃないかとすら、思えてきた。




 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆




 ダメだった。


 人類は滅びるしかない。


 僕は手を尽くしたが、問題は広がる一方で解決の目途が立たない!


 それと言うのも、奴等、身内で勝手に揉めてやがる!


 魔王を倒した勇者を暗殺し、世界の征服を狙ってる組織もあるらしい。


 これは如何せん倒される訳にはいかなくなった。


 死んだフリをするのは誰でもいいが、死んだあとで世界がおかしくなるのはごめん被る。あくまで僕が死んだフリをする理由は、平穏な日々を過ごしたいから。


 欲望と権力に塗れた馬鹿が上に立つなど、次の戦争を彷彿とさせる。


 他にも別の、勇者そのものを殺してしまおうと画策する組織の情報が出てきた。魔王を崇拝してくれるのはちょっと嬉しいが、それで世界を闇に堕とそうとするのは間違っている。当の本人が平和を望んでいるんだから説得したら止めるかな? ダメだよね。彼等が望んでいるのは暴君としての僕。優しい魔王なんて死ね! とか言われたらすっごい困る。


「まともなのは勇者くらいか……」


 八方塞がりだった。


 勇者を勝たせてもダメ。勇者を放置してもダメ。どうしろと? 本当に世界を征服した方が平和になる気がしてきた。でもそっちを選んだら選んだで、お前は魔王に相応しくない! 死ね! って言われて再び戦争が起こる。


 結果的に、僕が勇者の世話を焼くしか無い訳だが、方法が難しい。ぴったりと彼女の傍に引っ付いていたら正体がバレかねないし、僕も動きにくい。


 理想なのは時折姿を現し、面倒事を解決する第三者的ポジション……。


「普段は学園に通い勇者候補のお嬢様を見守りながら、要所要所で問題を解決するしか……ないよねぇ」


 昼は学園で勇者候補の妹を。夜になったら街を徘徊しながら邪魔者を排除していく。


 順調にいけば勇者達が揃って成長するまでに、いくつかの悪い組織を潰す事が出来るだろう。最悪、僕の全力で無理やり誘き出して殺すか……。


「どちらにせよ、長期で頑張らないといけないな……」


 非常にめんどくさい。


 可能なら僕の影武者にでも任せたいが、配下にやらせたら目的がバレる。魔法で創り出した偽物ではいざとなった時の対処が出来ない。必然、本体で出張るのが一番手っ取り早い。


「はぁ……先代魔王を倒した実力があるのなら、頑張って僕の元まで来なよ……」


 本人のいない場所で言っても仕方のない愚痴だが、言わなきゃやってられん。当時、共に戦っていた精鋭が全員死んだと言っても、君ならやれるよ勇者。諦めるなよ勇者。守りに入るなよ勇者……。


 僕はこんなにも死にたいと言うのに。


 出血大サービスで魔王連続討伐の栄誉が貰えるよ? 一撃で負けてもいい。


 お金が欲しいなら宝物庫にぶち込んだ意味不明な宝をいくらでもあげるよ。不気味過ぎて僕はいらないし。お金にしようにも僕が集めたモノじゃない。魔族のためにも残しておかないと小さな呪いをかけられそうだ。


「……準備するか」


 玉座を立つ。


 外の世界を見るのはこれが初めてだ。僕が魔王になってから訪れる者と言えば魔族のみ。周りが強すぎて手を貸す必要もなかったから、散々文句を言ったが実は楽しみだったりする。宝物庫からくすねた少額で色々な文化に触れようと思う。


 これから頑張って世界に平和をもたらそうとしているのだ。それくらいは人間嫌いの魔族も許してくれるよね? 魔王命令とか言わなくても許して……くれるよね?


「あ……そう言えば、人間の街には検問なるシステムがあったな。魔王だと発覚しないよう適当な設定をでっちあげないと」


 両親とか出身地とか名前とか。


 両親は他界。これはガチ。出身地は人の少ない地域で尚且つ遠い場所にすれば大丈夫だろう。名前は元からないため作りたい放題だ。自分だと決めにくいから、部下を頼って決めてもらおう。


「年齢は……勇者候補様に合わせて上げていこう」


 僕は不老の存在だ。


 外見年齢もだいたい十代後半くらいで固定される。歴代の魔王もそうだったが、そのくらいがちょうど肉体の全盛期なのだ。


 魔法を使えばおじさんにもおばさんにも美少女にも出来るが、魔力の波長で偽りだとバレるリスクを背負うのはよろしくない。


万全を期して、誰も知らない僕の素面で潜入するとしよう。

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