Episode-Sub1-10 ギロチチ

「きゃっ! つめた~いっ!」


「え~い、えいっ!」


「俺は聖騎士みんなの模範となるべき立場決して己の欲に溺れてはならないだから気を静めて風邪を肌で感じるほどの集中力をもって」


「やりましたね~! とりゃ~っ!」


「あははっ! 気持ちいいわね!」


「煩悩退散一突入魂! 性(せい)っ! 性(せい)っ! 性(せい)っ!」


「さっきからなにやってるんですか、【お金玉公】……」


 呆れたシスターの視線と声がこちらに届く。


 神秘的な肉体美をこれでもかと昇華させた水着に身を包む二人は水をかけあって遊んでいた。


 一方で俺はパンツ一丁で正拳突きを行っている。


 服を着ていないのは服がびしょびしょになったから。


 二人から逃れるために俺は川へとダイブし、物理的に頭と股間を冷やしたのだ。


 熱を失った股間は膨張をとめ、なんとか平常運転に戻った。


 これから緊急事態は股間を冷やすのも一手だな。


 そんな新しい知見を得た俺はまたバキバキになってしまわないように、こうして暑苦しく体を動かしていた。


 鍛錬はいい……桃色な思考を吹き飛ばしてくれる。


「こんな時まで鍛錬をかかさない。聖騎士の鑑ですわね」


 水も滴るいい女とは、このことか。


 煌めく髪をなびかせてフレア様が近くの岩場に座る。


「私の騎士もこっちで遊びましょう」


「いいえ、自分は遠慮しておきます」


「あなたの真面目な姿勢は美徳だわ。だけど、ときには息抜きをするのも必要なのではありませんか?」


 今の自分に必要なのは息抜きの時間ではなく、ヌキヌキ・・・・の時間なんです、フレア様。


 二人と遊べば、どうあがいても死亡。


 自分たちがどれだけ魅力的なのか理解していない二人には困っちまうぜ。


 ふぅ……と若干呆れ気味に息を吐く。


 仕方ない。土下座で許しを請うか。


 しかし俺が両ひざをつき、頭を下げる行為に入ろうとしたところでフレア様からストップがかかった。


「動かないで。そのまま止まりなさい」


「えっ。ですが」


「いいから。そのまま」


「わ、わかりました」


 俺は万が一のために股間に手を伸ばしガードした状態で言われた通りにする。


「ほ、本当にするんですか、フレア様ぁ」


「ええ、もちろん。今後のためにも必要なことです。あなたもわかるでしょう、ライラ」


「……は、はい」


 二人の会話を聞くに何かをされるのは確実。


 動くなというのは抵抗するなってことだろう。


 これから何が起きるのか。ドキドキと動機が止まらない俺を挟むようにフレア様とシスターが立った。


「私の騎士。辛い姿勢で申し訳ありませんが、少しばかりお話を聞いてくださいますか?」


 凛と響く声音は【聖女】としてのフレア様だった。


「先日、お伝えした通りあなたには新生・第五番団団長として聖騎士たちを引っ張ってもらう立場になっていただきます」


「…………」


 肯定も否定もせずに話を聞く。


 内心ではまだ決まり切っていない感情。


 ……リオン団長とも、一度話そうか。


 せっかく同じ場所にいて、二人きりになれるチャンスもある。


 もう自分だけで処理するには悩みは大きく膨れ上がりすぎている気がした。


「そこでしばらくの準備期間を置いたのち、第五番団と第六番団には遠征をしてもらう予定です」


「遠征……。最前線へ出向いて、第一番団の補佐が主な仕事でしょうか?」


「いいえ、魔王軍も立て続けに二つの種族のトップが倒れ、攻撃の手は緩めざるを得ないでしょう。故に私たちもこの期間にさらなる力を付けます」


 フレア様は水滴を払うように髪を手でなびかせる。


「あなたたちには人類の代表としてエルフたちが住む森へと出発してもらいます」


 エルフ族。人類と敵対していない数少ない人外種族。


 しかし、彼らは戦いを好まないというだけでいわば停戦協定を結んでいるだけ。


 エルフの最大の特徴である魔法関連での協力は取りつけれておらず、今回はそんな状況の打破が目的だろう。


「彼らと親交を深め、より密接な関係を築いてもらうのが目的です」


「そんな大役が果たして自分に務まるでしょうか」


「もちろん。あなたを選んだ私を信じなさい」


「……っ!」


 その言葉はズシンと自分の中で響いた。


 失いかけていた自信を底から押し上げてくれるような、そんな言葉。


「ただ用心に越したことはありません。エルフたちが住む森へ向かうには一か所どうしても魔王軍たちの敷地をまたぐ必要がありますから」


「グリエル砂漠ですね……」


 脳内に叩き込んだ地図を引っ張り出して、王都からのルートをたどれば横断しなければならない砂漠地帯。


 昼夜の温度差が激しく、体力の損耗が激しい。


 俺たちだけに限らず魔族でさえも長期滞在を嫌がる区域だ。


 実際にエルフたちが独立していられるのも、グリエル砂漠が自然の防壁としての役目をはたしているからだとされている。


「そこで遠征に向けての戦力強化は必須です。無論、私の騎士も例には漏れません」


「もちろんです。さらなる研鑽を積んで、自分を追い込もうと思います」


 そう答えると、フレア様はニコリと微笑んだ。


「それでこそ私の愛するルーガ・アルディカです」


 彼女の微笑みにドキリと胸が跳ねる。


 すぐに感情を抑えて、色恋に敏感に反応する自分を自制する。


「そして、そんなあなたに私から一つ提案があります。あのジャラクとの一戦であなたが身に着けた白い鎧を覚えていますね?」


「もちろんです。【白光招来】……俺の新しい力」


【黒鎧血装】が進化したのか、新しい【加護】なのか。


 実態はまだ理解できていない。【加護】においても女神から授けられた力というだけで、詳細を人類は知らないのだ。


 歴史において一人の人間が二つの【加護】を持った事例はないため、前者だと思うのだが……。


「では、【白光招来】は自由に発動できるようになりましたか?」


「……すみません。自分でも試したのですが発現には至らず……」


「やはりですか……。私もそうなのではないかと。私の騎士の本来の【加護】はあの黒の鎧。ならば、白の鎧は特殊な条件下でのみ発動すると考えるのが道理でしょう」


「特殊な条件下……つまり、それは……」


「はい。あの時と同じ状態でなければならない」


「なるほど……」


 あの時と同じ状態……ということは……。


「あ゛っ」


 正解にたどり着いた俺は変な声が出てしまう。


 なぜなら、水着姿の……素肌を晒した二人のおっぱいに挟まれるという事実に気が付いたから。


 思わず両乳へと目線が下がりそうになるのをこらえて顔を上げるとペロリと唇を舐めるフレア様と山脈の上で指をツンツンとさせているシスターの姿。


「男に二言はないとお父様も言っていました。【剣聖】を目指す私の騎士なら、もちろん同じ……ですよね?」


 フレア様の視線がなぜか猛獣に思えた。


「や、優しくするので安心してくださいね、【お金玉公】……」


 その台詞はなんか違うよ、シスター!?


「では、お固い話は終わりにしてさっそく実験してまいりましょう」


 フレア様、いけません! 今度はあそこが固くなるお話が始まってしまいます!


 二人が手を組んで左右から俺を挟み込む。


 さながら気分はギロチン台に首をかけられたようだ。


 このままでは二人のギロチチによってギロ『チン』されてしまう……!


「ちょっと待ってください! お二人は大丈夫なんですか!?」


「なにがでしょう? これは人類のために必要な行為です。恥じらいはありません」


 あっ、意識が完全に【聖女】様モードに切り替わってる……!


 お下品な考えになってるの俺だけだ!


「あの時の想いを思い出します。【お金玉公】への祈りをささげましょう」


 シスターも全然照れがない! この人も優しいから、人類のためだと本当に真剣な気持ちで挑んでくれているんだ。


 その気持ちはすごく尊くて素晴らしい。拍手喝采だ。けど、この場面では発揮してほしくなかった。


 くそっ、振り払おうにも絶対その柔肌に触れてしまう……!


「いきますよ。タイミングを合わせて」


「痛くないですから。大丈夫ですからね」


「そういう問題じゃないと思いますが!?」


「せーの」


「「えいっ!!」」


 むにゅむにゅ、ふにょんっ。


 視界どころか鼻、口まで隠してしまう乳挟み。


 安らぎを与える肌の温もり。


 視界を封じられているから五感が敏感になって、谷間のほのかな水の香りまでが脳を刺激する。


 口に触れている柔らかみ。これもおっぱい。


 つまり、俺はどちらかの横乳にキキキキスを……。


「……ふ」


「ふ?」


「ふぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 理性の防波堤はこみあげてきた本能に破られた。


「私の騎士ぃっ!?」


「【お金玉公】ぉぉぉぉ!?」


 二人の悲鳴が遠くに感じる。


 俺の身体はなぜか後方へと倒れ込んでいく。


 あぁ……神よ……。あなたに捧げるべきは感謝なのか、恨みなのかわかりません。


 ただ今は今日という日を忘れないようにします。


 結局、白き閃光は到来せず、赤の噴水が俺の鼻から噴き出たとだけ言っておこう。

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