Episode3-47 希望と愛はここにある

「せ、聖女様……シスター……」


 どうして俺は聖女様とシスターのおっぱいに抱きしめられているのかはわからない。


 唯一わかるのはクリームのようなほんのりと甘さを感じる匂いは、二人の持つおっぱいの香りだということだけだ。


「フレアぁぁぁ……どこまでもわしの邪魔を……!」


 苛立ちを募らせたジャラクの声が俺たちを捉える。


「なぜだ!? なぜ、お前たちは絶望に染まらない!?」


「簡単なことです」


「私たちの『希望』はここにあります!!」


 ぎゅっと二人が抱きしめる力が強くなる。


 乳圧もグッと高まり、天国とはこの空間を言うのだろう。


 呼吸も苦しくなるどころか、清々しささえ感じる。


 俺の心を侵そうとする汚れが消えていく。


「なんだと……」


「【お金玉公】が生きている限り、私たちが絶望することはありません。彼の凄さを知っていますから!」


「【聖女】たる私が、平和を愛し、正義を貫く彼を信じないわけがないでしょう」


「はっ、なら、なにか!? そんな死にぞこないの小童がわしに勝てると言うのか!?」


「勝ちますよ」


 わずかな隙間から見える聖女様の表情は自信に満ち溢れていて。


「私が愛する人ですから」


 その言葉に応えないのは、男じゃないと思った。


「それともう一つ。先ほどから言いたかったのですが」


 びしりとジャラクを指さした聖女様は誰もが見惚れる微笑みを浮かべる。


「あなた如きが気安く私の名前を呼ばないでください」


「っ……! フレアぁぁぁぁぁ!!」


 完全に逆上したジャラクが重たい図体を揺らして、こちらへと駆けてくる。


 纏われる金属の鎧。


 聖女様にも、シスターにも防ぐ手立てはない。


「シチュエーションは作り上げました」


 だけど、気高き彼女の笑顔は崩れず。


「さぁ、正義を執行してきなさい」


 俺の手を自身の胸へと当てて、告げるのだ。


「私の騎士」


 その言葉を聞いた瞬間、俺たちを白き光が包み込む。


【黒鎧血装】が希望で浄化されていく。


 漆黒は純白へと。


『ENERGY CHARGE!!』


 身体が感じていた。


【加護】の、【黒鎧血装】の雄たけびを。


 俺たちはまだ強くなれる。


『母さんの胸にはな、希望と愛情が詰まっているんだ。その胸の温かさだけで怖さなんて吹き飛ぶんだよ』


「……いま、わかりました、【先代剣聖】。これが……おっぱいむねに詰まった希望と愛情なんですね」


 二人を抱きしめて、強く、強く体へと刻み込む。


「お前にはわからないだろうな、ジャラク。人のおっぱいここには希望と愛が詰まっているんだぜ」


 彼女たちの鼓動する温かさが胸を伝って、俺へと流れてくる。


「――【白光招来びゃっこうしょうらい】」


 煌めく白刀を握りしめる。


 希望の光を胸に宿し、俺は進化した。


「くっ、くそがぁぁぁぁ!?」」


 ジャラクはもう攻撃をやめられない。


 止める選択肢がない。


 情報にない未知の力を見せた俺がさぞ恐ろしく映っているだろう。


 けど、もう奴は堕ちるとこまで堕ちた。


 外道に引き返す道など用意されていないのだ。


「聖剣十式・四の型――」


 瞼を閉じて、居合の構えで迎え撃つ。


 はっきりと感じる。


 強化された五感がすべての情報を教えてくれる。


「【金属双巨腕ダブル・アイアン・ジャイアント】!!」


 その速さは思考を置き去りにするかのようで。


「――閃光百斬り」


 瞬間、時が止まった。


 いや、違う。


 思考領域の処理速度が超加速して、時が止まったように見えるんだ。


 飛び出して、剣を振るう。その動作に刹那もかからなかった。


「一」


 斬って、斬って、斬り刻む。


「十」


 その間も斬られていることに気づけずにジャラクの金属鎧は形成されていく。


 もう自身を守っても意味がないのに。


「――百」


 白に似合わぬ黒血を払って、鞘へと納める。


 チンと鍔が鳴る。


「ぅぁっ……」


 時間が俺へと追いつく。


「ぁっぁっ……ぁぁああ」


 世界が現実を、無情に、平等にすべての結果を届ける。


「ふれっ…………!」


 最後の声を振り絞って、聖女様の名を呼ぼうとするが叶わない。


 バラバラに百分割されたジャラクだったものが崩れ落ちた。


「うぐっ…………」


 限界を超えた動きは身体への負担も尋常じゃないのか、ピキリと鋭い痛みが走った。


 思わず顔をしかめてしまうが、なんとか二人から見えないように逸らす。


 これ以上、迷惑をかけてはいけない。


 小さく呼吸を整えて、笑顔を見せないと……!


「聖女様、シスター! ご無事」


「【お金玉公】!」


「うあっ!?」


 言葉を紡ぎ終える前にシスターが勢いよく飛びついてくる。


「あっ、やばっ……」


 いつもなら受け止められたけど、今はもう体が限界だった。


 不意打ちに堪えきれずに、大きなおっぱいに押しつぶされた。


「あぁぁっ!? すみません! お金玉公!?」


「落ち着きなさい、ライラ。あと、あなたいつまで【お金玉公】って叫ぶの」


「ご、ごめんなさい!」


「……それと、その辺も後でじっくりお話しないといけませんね」


「ぴえっ!?」


 シスターが起き上がって、背筋を正しながらおびえている。


 なんだか日常が戻ってきた感じがして、思わず笑ってしまった。


「あなたもですよ、ルーガ副団長」


「えっ!? ち、違うんです、聖女様! これには谷間より深いわけが……あれ?」


 起き上がって弁明しようと思ったが、緊張の糸が切れたのか、上手く力が入らなかった。


 そんな俺を聖女様は怒ることなく、頭を持ち上げると自身の膝へと乗せる。


「どうやらお疲れみたいですね」


 そっと頭を撫でてくれる聖女様。


 柔らかな愛を感じる微笑みを俺は二度と忘れないと思った。


「ふふっ、【今はよく眠りなさい、私の騎士】」


 急に訪れる眠気。


 疲れもあるが、きっとこれは聖女様の……ははっ、最後まで迷惑をかけてダメだなぁ、俺は。


 弱くて、大切な人を危険に巻き込んで、最後だって助けられた。


「よく頑張りました」


 だけど、お褒めの言葉をいただけたから、今だけは良しとしよう。


 誰かから褒めてもらえた事実は、きっと誰にも否定できるものではないから。


 今日はいい夢が見れそうだ。








 ◇一か所、誤字っぽいところありますが誤字じゃないです◇

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