Episode3-48 聖女様と未来とおっぱいと 

『私の騎士。ここが天国ですよ』


『【お金玉公】。怖がらないで飛び込んできてください』


 目の前に広がるは桃色の楽園。


 素肌を晒す聖女様とシスターの身を隠すのは薄く、指を引っかければすぐに外れてしまいそうな布切れ一枚。


 二人はなぜか抱き合っており、密着する形になったおっぱいが形を変えている。


 そして、二人ともわざとらしく胸元を指さしていた。


『ほ~ら、見ていてください。こ~んなに沈んじゃうんですよ~』


 シスターの細い指がどんどん谷間の奥へと消えていく。


『ここに私の騎士は何を入れたいのかしら?』


 クスクスと笑いながら、聖女様が二本指で谷間をくぱぁと広げる。


 あぁ、ダメですよ、二人とも。


 俺は疲れ切っていて、生存本能が種を残そうと元気になっているんです。


 理性も働かない状態で、そんな挑発をされたら……されたら……。


『きなさい、私の騎士』


『私たちはすでに準備万端ですから……ね?』


 う、うぉぉぉぉぉぉぉ……!


 いざ、天国へと飛び立たん!!


 俺は本能のまま、二人のおっぱいへと飛びついた。




 ………………


 …………


 ……




「おっぱい! ……あれ?」


 眼を開けると、桃源郷はなくなっていた。もう一度眠れば、あのおっぱい天国に戻れるだろうか。


 しかし、目をつむって待っても眠気はやってこない。


 虚しさを覚えた俺はおっぱいに名残惜しさを覚えつつも、起きることにした。


 ……ここはどこだろうか。


 柔らかい。だけど、体全体を包まれている感じで、聖女様の膝枕という至福の時間は終わっているようだ。


「……天井が、白い……?」


 大聖堂からも移動したのか。だとすれば医務室か?


 とにかく誰かが運んでくれたのだろう。


 なら、聖女様とシスターは無事に違いない。倒れた後、二人の身に何かがあったなら俺の命はないはずだから。


「くっ……まだ痛むか……」


 やはり数時間程度では酷使した反動は抜けきってくれないらしい。


 そもそも三回目の【黒鎧血装】さえ限界を無視していたんだ。よく体が動いてくれたと言っても過言ではない。


 しかし……。


「【白光招来】、か……」


 聖女様とシスターに抱きしめられ、二人からの希望をエネルギーとして発動した新しい力。


 今まで【黒鎧血装】は血を与えるのが発動条件だと思っていた。だけど、それは違ったのかもしれない。


 この【加護】は捧げるものの種類によって、変化する姿を変える。


 もしそうだとしたなら、俺はもっともっと強くなれる。


 その事実が嬉しくて、ぎゅっとこぶしを握り締める。


「んっ……」


 想いにふけていると、可愛い声が聞こえる。


 起き上がって見やれば、俺の脚にもたれかかる形で聖女様が眠っていた。


 隣の小さな机には桶とタオルが置かれている。


 もしかして、俺が眠っている間の看病をしてくれたのだろうか。


 どこか痩せこけている気もする……。そこまで心配をかけてしまったということを反省し、俺は聖女様の肩を揺らした。


「聖女様。ここで寝ては身体を痛めてしまいますよ」


「……んぇ……?」


 普段の聖女様からは考えられない可愛い声。


 相当お疲れのようだ。


「聖女様。さぁ、寝室までお運びします。お手をどうぞ」


「……ルーガ、副団長?」


「はい、ルーガですが……」


「……っ!」


 一気に顔を真っ赤にした聖女様は俺の手を振りほどくとベッドに顔をうずめる。


「あ、あの、聖女様?」


「……なにか聞こえましたか?」


「え?」


「先ほど私は決して変な寝起きの声を出していない。あなたは何も聞いていない。そうですよね?」


「は、はいっ! 自分はたまたま聞こえませんでした!」


 彼女から何気ない圧を感じたので、求められている答えを口にする。


 それから数分、聖女様は顔をベッドに突っ込んだままだったが、ようやくはい出てきてくれた。


「……おはようございます、私の騎士」


 あっ、そこからやり直すんだ。


 ゴホンと聖女様は咳払いすると、耳に手を添える。


「返事が聞こえませんね?」


「おはようございます、聖女様」


「ええ、おはよう。目覚めの気分はいかがですか?」


「はい、全快してんっっ!?」


 ツンと聖女様にわき腹を突かれると、痛みが走って変な声が出てしまう。


 慌てて口をふさぐも時遅し。


 聖女様が白い目でこちらをジトリと見ていた。


「いかがですか?」


「……すみません。まだ節々が痛いです……」


「当然でしょう。あなたは一週間も眠っていたのですから」


「次からはこんなことがないようにもっと鍛えぬいて……え?」


「あなたは一週間目覚めなかったんですよ、ルーガ副団長」


 一週間……?


「……一週間!?」


 慌てて自分の腕や体を見やれば、確かに肉付きが細くなっている気がする。


 ろくに食事をとれていなかったからだろう。


 そこで気が付いた。


 聖女様の目のクマ。もしかして……。


「聖女様……ずっと自分の看病をしてくださって……?」


「気にすることでもありません。あなたが命がけで私を救った。それを考えれば当然のことでしょう」


「いえ、そもそもあれは自分が招いたことで……!」


「私が進んでしたいと行っただけです。謝る必要はありません」


「しかし、聖女様のお手を煩わせるなど」


「愛する人の看病は苦なんかではありませんよ」


「ん゛んっ!?」


 すぐに周囲を見回す。誰にも聞かれてはいけない爆弾発言だ。


 ……実は記憶に鮮明に残っていた。


 特に聖女様の呼び声からは強烈に焼き付いている。


『私が愛する人ですから』


 そのあとの言葉も。


「あ、あの、それは聖騎士として部下を慈悲の心で愛してくださっているという」


「私の騎士」


 聖女様が俺の服の裾をグイっと引っ張って、顔を近づける。


「これ以上、私に恥をかかせるつもりですか」


「は、はひっ」


 本気だ。間違いなく聖女様は本気だ。


 これは世間一般でいう『LOVE』の方の『愛してる』。


「…………」


「……」


「……返事はないのですか?」


「えっ、あっ、すみません! ちょっと衝撃的すぎて理解が追い付かなくて……!」


 ジャラクとの対戦が終わったと思うと、一週間が経っていて、聖女様に告白されている。


 次から次へと流れ込んでくる情報に混乱してグルグルと目が回る。


 そんな俺を見かねた聖女様は一度椅子に座り直すと、一つ息を吐いた。


「すみません。起きたばかりのあなたに酷でしたね。少しばかり私も焦りが出ていました」


「い、いえ、お気になさらず」


「そうですね……では、襲撃事件後の話から始めましょうか」


 それから聖女様は事件の顛末を語ってくれた。


 バルルガンクとブルルガンクはリオン団長、マドカとミツリのペアが討伐に成功した。


 リオン団長は完封に近い勝利で場を治めたらしく、おかげで被害は最小限で済んだらしい。


 マドカとミツリの二人は大金星だろう。マドカは副団長格への切符は確実にしたし、ミツリはスカウト合戦になるだろうな。


 一方で聖騎士隊への市民からの信頼度も落ちた。


 なにせ民を守るための聖騎士が敵である魔族とつながっていたのだ。


 ジャラクの発言から推測するに魔族たちは人間の負のエネルギーを集め、代わりにジャラクは聖女様を自分のものにする協力を取り付けていたのだろう。


 即解体にはならなかったものの陣営の改革は避けられないらしい。


「そうですか……そんなことに……」


「ですが、これで聖騎士隊から癌を取り除けました。悪いことばかりでもありません。空白になった守護騎士団の枠には市民に人気もあり、実力者を配置する予定です」


「それがいいと思います。自分も信頼回復に尽力します」


「あなたのそういう鈍いところも、お人好しなところも私は好きですよ」


「え……っと、それは……」


「ふふっ、次はこの気持ちについても説明いたしましょうか?」


 いたずらな笑みを浮かべる聖女様は俺の手を握った。


 自分とは違う柔らかくて、手触りのいい小さな手にドギマギする。


 みんなの憧れの存在である聖女様に好かれている。夢でも幻でもなく現実なんだ。


 背筋を伸ばして、聖女様に向き合う。


「はい、お願いします」


「……っ。……そう、そうですね。あなたに一目ぼれしたのは昨年の――」


「――ルーガくん!」


「「先輩っ!」」


「【お金玉公】!!」


「ルーガが起きたって本当か!?」


 聖女様の語りを遮ったのは、大慌ての様子で医務室に飛び込んできたリオン団長たち。


 マドカやミツリは包帯がまだ外れていないし、カルラさんまでいた。


 どこからか聞きつけてやってきたのだろうか。


「ほらっ、言ったでしょう!? 私のルーガ先輩レーダーに間違いはないって!」


 もっととんでもない理由だった。


 そんなみんなを尻目に聖女様はお構いなしといった様子で俺へとしなだれかかる。


「「せい、聖女様っ!?」」


 俺とリオン団長の声が重なる。


 それに対して聖女様は首を小さく左右に振った。


「リオン団長。いま行っているのは治療行為です」


「えっ、でも、そんなに密着する必要は」


「あります。だって、私の心は大嫌いな大嫌いな男に何度も名前で呼ばれて傷ついていますから。……それを忘れるために私の名前を呼んでくれますね?」


 戦いのさなかでも聖女様がそんなことを言っていたのを思い出す。


 よっぽど我慢ならなかったらしい。


「しかし、自分がそんな恐れ多いことは……」


「これは治療行為ですから遠慮はいりません。もし呼んでくださらなかったら、私はこの傷を後まで引きずるかもしれませんね」


「うっ……」


 それを言われてしまっては俺は何も反論できない。


 だって、彼女をあんな窮地まで追いやってしまった責任の一端は自分の未熟さにあるのだから。


 タラタラと冷や汗が頬を伝って、顎から滴り落ちる。


 覚悟を決めた俺はごくりとつばを飲み込んで、彼女の名前を口にした。


「フ、フレア……」


「もう一回」


「フレア……」


「もっと強く」


「フレア……!」


「ふふっ……うふふっ」


 聖女様は満面の笑みを咲かせる。


「こんなに……こんなにいい気持ちなんですね……」


 どうやらお願いは叶えられたらしい。


 聖女様の声音は喜色に満ちていた。


「ありがとう、ルーガ副団長」


「こ、これが聖女様の」


「…………」


「……フレア様のためになるのなら」


「まぁ、今はそれでいいでしょう。それでは私からもお礼です」


「いえ、自分は何もっ……」


 そこから俺が何か言葉を発することはできなかった。


 唇がフレア様の柔らかな唇でふさがれたから。


 呼吸ができなくなるくらい、強く押し付けられたキス。


 フレア様の紅葉に染まった頬がよく見えて、瞳に映る俺もまたわかりやすいくらい赤面している。


「「「えぇぇぇぇぇぇっ!!?」」」


 団長たちの悲鳴をBGMにキスは彼女が満足するまで続く。


 俺は明日からどうやって生きていけばいいんだろう。


「これで……もう言い逃れできませんね、私の旦那様?」


 思考を放棄した脳で、そんな能天気なことを考えていた。











◇あとがき◇


これにて第三章終わりです!長かった!過去最長の章となりました……!


日記で書いていた第五番団とか実家帰省・正妻戦争編はこのまま幕間という形で続きます。幕間が終わったら第四章ですね~。

第三章がシリアスだった分、幕間&第四章は結構ギャグに振り切った形となりますので、ぜひお待ちいただければ!

 

ルーガくんの災難はまだまだ続きます(笑) 

これからもお付き合いよろしくお願いいたします!

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