Episode3-46 希望のおっぱい

「私の騎士……」


「【お金玉公】!」


 俺を信じてくれていた二人の顔に生気が吹き込まれる。


 一方で冷や汗を垂らし始めていたのはジャラクだ。


 わなわなと体を震わせて、化け物を見るかのような視線をこちらに向けていた。


「なぜだ……なぜ、まだ生きている、貴様……!」


 ジャラクがなにかを叫んでいる。


 だけど、言葉を返す気力はなかった。


 俺が立っていられるのは、ただただ気持ちが支えてくれているだけだから。


 聖女様の声が俺を地獄の底から引き揚げてくれた。


 細く、それでいて力強い手で救い出してくれた。


 あの人と交わした約束が、聖騎士としての矜持が俺を立ちあがらせている。


「……はぁ……はぁ……」


 ゆらりゆらり、亡霊のように一歩ずつ近づいていく。


 そんな俺の姿を見て、焦っていたジャラクは見慣れたあくどい笑みを取り戻した。


「……なんだぁ、小童。もう立っているのが限界か?」


 血が足りていないから、【黒鎧血装】も完全な状態じゃない。


 兜は展開されてないし、体を覆う鎧だって中途半端だ。


「恐れるほどでもない。わしの手でよぉ……」


 それでも構わなかった。


 聖女様とシスターを守れるならば、それでいい。


 それに今の俺は。


「終わらせてやるわ、死に損ないがぁぁぁぁ!!」


 力に満ち溢れている……!


「……遅い」


 ジャラクの一撃は当たれば大きいだろう。


 だが、果たしてそんな大きく膨れ上がった体で速度が出せるか。否だ。


 どんなに大きな力もいなされては意味がない。


「なっ……!?」


 技術力の差は歴然だった。


 こいつは剣の道の歩みをずっと辞めていた。


 ただ私利私欲のために、私腹を肥やし続けることだけに注力してきた。


 そんな奴に負けるほど軟な鍛え方を俺はしていない。


「……ふんっ……!」


 突き出された腕を外側から手を添えて、内側へと押し流す。


 すると、簡単にバランスは崩れて、突きは空振る結果となった


 晒された顔面。


 視界を確保するために唯一、守りが不十分なそこへと拳を叩き込む。


「ぎゃがっ……!?」


 メキメキと鼻骨を砕く感触を感じながら、腕を振り切る。


 ジャラクはあらぬ方向へと吹き飛んでいく。


 金属の重みに振り回されたジャラクはゴロゴロと転がっていき、壁に頭をぶつける。


「……聖女様!」


「ええ、わかっています……!」


 今しかチャンスはない。


 聖女様はただ俺の意図をくみ取ると、けがをしたシスターのもとへ駆け寄った。


 それを確認した俺はボロボロの体を引きずって、ジャラクへと近づく。


 奴は突っ伏したまま、ピクリともしない。


 だけど、俺の直感が告げていた。


 この男はまだ死んでいないと。


「今度こそ終わりだ……投降しろ、ジャラク……!」


「……わって」


【金属化】が解けて、醜い体に戻った奴の顔は狂気に染まっていた。


「くたばってたまるかよぉぉぉぉ、小童ぁぁぁぁ!!」


「…………っ!?」


 そう言って、ジャラクが小さな球をこちらへ向かって放り投げる。


 鎧で弾こうとする俺に当たる前に紫の粉となって霧散した。


 慌てて、口を手で封じるが時すでに遅し。


「ああぁぁぁぁぁぁあああ!?」


 骨がきしみ、神経が焼ききれそうな激痛が全身を襲う。


「ガハハハッ! 壊れろ! 壊れてしまえ!!」


「ぐぁっ!? あが……っ!? ひぎっ……!!」


 今までに味わった覚えのない苦しみ、激痛、吐き気が一気に襲い掛かってくる。


 身体の内から喰い荒らされていくような気持ち悪い感覚。


 脳が業火に包み込まれているかのような苦しみに耐えきれない。


「これにはなぁ! 今まであのバカ鬼兄弟が貯め込んできた人間の負の感情が凝縮されている!」 


「がぁぁぁっ……あぐっ、おえっ……!」


「魔王復活に集めていたらしいが知らん! わしは貴様が死ぬ姿を見れたら、もうそれでいい! 苦しめ! 何千、何万人以上の絶望をまともに受けたお前の精神はどうなるんだぁ、えぇ!? 見せてくれよ!?」


「ごっ……こひゅぅ……」


「もがけ、もがけ、もがいて沈めぇぇぇぇぇえ!!」


 呼吸さえまともにできなくなる。


 一つずつ食いちぎられていく。


『諦めろ……もう倒れたっていいじゃないか』『ふざけるな……今度こそ倒れない……!』


『辛い、痛い、死にたい死にたい』『あいつを倒し……平和を取り戻すまでは……!』


 相反する二種類の感情がせめぎ合う。


 幻聴が聞こえてきて正気を削り、狂ってしまいそうだ。


「――あ」


 ふと、俺を犯す絶望が消え去っていく。


「大丈夫です、私の騎士……!!」


「あ、あなたは正義のヒーローです、【お金玉公】!!」


 聖女様とシスターの声が両隣から聞こえる。


 二人の柔らかみに包み込まれている。


 希望の象徴おっぱいに俺は挟まれていた。






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