Episode3-42 【幻影生命】
私と青鬼はにらみ合って一歩も動かなかった。
存外、見た目に寄らず頭も回るらしい。
互いに初対面。手の内も知らない相手。
先に踏み込むのは危険。
ならば、
「ねぇ、あなたの名前を教えてくれる?」
「殊勝な心がけだな。主人の名前は覚えておけよ。バルルガンクだ」
「お花畑な頭をしていてうらやましい。名前を知っておかないとできないじゃない、討伐報告」
「ハッ、口だけは威勢のいい奴め」
「なら、お望み通り仕掛けてあげる」
空高く頭上に剣を振りかぶる。
今日は本当にいい天気だった。
大会が終わって、表彰式も済んだら、みんなでどこかに遊びに出かけたかったくらい。
今は輝く太陽がちょうど落ちてくる頃で、
「ねぇ――そこ、私の射程圏内だから」
影には無限の可能性が秘められている。
決して常識にとらわれず、どんな形にさえ変化する。
誰もが正体を掴めない底なし沼のような黒は誰にも縛られない。
ほら、そんなに私の剣に注目してたら――命を狩るぞ。
「【
私の背後に回り、遠く迂回して伸びた剣の影が上へと伸びてバルルガンクの胸へと突き刺さる。
危険を肌で感じ取ったのか、わずかにズラされて急所を外した。
舌打ちの一つもしたくなるが、その前に畳みかけよう。
死角からの先制攻撃に隙を作ったバルルガンクの足を狙って切り払うが、金棒で防がれた。
流石は魔王軍幹部。そう簡単にはとらせてくれないよね。
「これがお前の【加護】か!」
「正解。私の【
人差し指をクイッと引けば、私の影が奴の足を伝ってバルルガンクの身体に絡みつく。
武器を持つ手を固定してしまえば避けられない。
「まず、左足」
逃げる脚さえ奪ってしまえば、戦局は一気にこちらに傾く。
切り返す刀で機動力をつぶす。
「ちっ! 【
しかし、魔族特有の魔法で断ち切る前に止められた。
うーん、やっぱり魔法は厄介だ。
【
それでも腕はもらっていくけど。
「【
「うがぁっ!?」
ギュッとこぶしを握り締めれば絡みついていた影が丸太みたいに太い腕を縛り上げていく。
メキメキと骨が折れる音が響いて、完全に砕けた骨が皮膚を裂いた。
「うぉぉぉぉっ!? やらせんぞ!!」
バルルガンクは自身の肩へと手を回すと、細くひしゃげた腕を引きちぎろうとする。
「ふんぬっ!」
私の【幻影生命】の束縛は解け、緑の血が飛び散った。
流石に腕を失い、大量の血を流せば息も荒くなる。
それでも死なないのは魔王軍幹部の生命力がなせる技か。
「うぉらっ!」
「っ! なんてやつ……!」
自らの腕を金棒代わりに振り回す。
ぐちゃぐちゃになったとはいえ十分な凶器。体格差がある私はできれば一撃ももらいたくない。
冷静に一度退いて、態勢を立て直す選択をする。
後ろへと距離をとる私を見て――奴はニタリと嗤った。
「【
魔法が唱えられた瞬間、地面から上空を覆うように土の壁がせりあがる。
太陽の光は遮られ、私の影も消えていく。
完成したのは辺り一帯が漆黒と化した閉鎖空間。
「くっ……くくっ……がははっ! こうなればもうお前は何もできまい!? 【加護】さえ封じれば所詮はただの女よ!」
グワングワンと耳を揺さぶるくらい大きな笑い声が反響する。
完全な暗闇が私と奴を包み込んでいた。
右も左もただただ黒い。
「こうなってしまえば俺の力でねじ伏せる! 恐怖しろ! 泣きわめいてももう遅いぞ、女ぁ!」
「それは私の台詞だよ」
評価は訂正しておこう。
魔物は所詮、魔物程度の頭脳しか持ち合わせていない。
「見えないのはあなたもなんでしょう?」
いかにも私の【加護】に対策するために用意された急ごしらえの空間。
視界を封じるというアドバンテージを取ったはずなのに攻撃する素振りすら見せない。
全てハッタリで、奴の狙いは身体の回復。
そして、バルルガンクは最大の勘違いを犯している。
「暗闇にすれば動きを封じれると思った?」
迷いない足取りでバルルガンクへと近づいた私は青鬼の太ももに剣を突き刺す。
「いぐぉっ!?」
巨体が崩れ、片膝をついたのがわかった。
もう戦いの終わりは目の前まで来ている。
「がはっ……!?」
音を殺し。
「な、なぜだ!? どうして迷いなく動ける!?」
「自分の弱点くらい理解している。暗闇での特訓も当然こなしてある」
息を殺し。
「いでぇっ!? クソ! 出てこい、クソ女!!」
チクリ、チクリと剣先でバルルガンクの身体を突き刺す。
四方八方から襲い掛かってくる私からの殺意を、バルルガンクはがむしゃらに暴れて追い払おうとする。
暗闇を作ったから、反撃?
違う。あなたが作ってしまったのは自らの死に場所。
キンと剣を指ではじく。
わざとらしく地面を踏み込む。
耳元で手拍子すら鳴らしてみせる。
四方八方から見えない恐ろしさがジワリジワリと精神をむしばんでいく。
焦りを生み、冷静さを奪っていく。
「嬲り殺す! 死んでも犯し続けて、その首を人間どもに晒して――」
「ところで」
「――あっ」
何とも情けなく漏れ出た声。
それは己の死を悟ったからか、ただ恐怖から解放される喜びを自覚したからか。
錯乱したバルルガンクの大きな背中。
その上に私は立っており、切り開けた箇所から光が注いでいる。
天からの迎えが舞い降りてくるように、美しく輝く光が。
「影、できちゃったね」
「……うぁ」
パチンと指を鳴らす。
「うああぁぁぁぁぁああっ!!」
「――【
影が形を変えて、生まれたいくつもの剣がバルルガンクの身体を突き刺し、切り落とす。
最期の悲鳴すら許さずに呑み込んでいく。
背中から降りて振り返ってみれば、そこにはもう残骸すら消え失せていた。
「願わくばあなたの魂が二度と還りませんように」
術者が死んで維持できなくなった土の閉鎖空間は消えていき、太陽の光が私を照らす。
「う~ん……やっぱり気持ちいいねっ」
それは勝利を祝福するかのようだった。
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