Episode3-40 【第六番団団長】リオン・マイリィVS【鬼族首長】バルルガンク

「遅くなってごめんなさい。聖騎士たちの統率に手間取っていたの」


 リオン団長はバルルガンクとつばぜり合いをしたまま喋っている。


 いや、それよりも注目するべきは団長の剣。


 自身の何倍もあるバルルガンクと力の押し合いの態勢になっているのに微動だにしない。


 力負けしていないのだ。


 あの小さな体のどこにそんな力が……。


「ねぇ、ルーガくん。ここは私に任せて、ジャラクを追いかけてほしい」


 まだ動けるよね? 


 言外にそう期待が込められた眼差し。


 嬉しかった。こんな醜態をさらしてなお、俺を戦力として数えてくれている事実が。


「わ……かりました」


「うん。それでこそ第六番団の副団長だよ。マドカちゃんたちに回復魔法ヒールしてもらって」


「――おい。なに勝手に決めてんだ」


 団長の後ろにいても感じる確かな迫力を持った声。


 バルルガンクが双眸をギョロつかせて、俺たちをにらみつけている。


「そいつはオレの獲物だ。ちゃんと殺させろよ」


「……ねぇ、いま私が彼とお話しているんだけど」




「――邪魔しないでくれる?」




「……っ!?」


 はっきりと初めて感じたリオン団長の殺気。


 背中越しでもどんな表情をしているのか、誰にでもわかる。


 あのバルルガンクが後ろへと跳び退いたのだから。


「ルーガ先輩!」


「すぐに治療するから、あのおっさん追いかけよう」


「お、お金玉公……」


 その隙にマドカとミツリ、シスターが駆け寄ってきてヒールをかけてくれる。


 チラリと見える彼女たちはそれぞれ申し訳なさそうな表情を浮かべていた。


「マドカ……けがはなかったか?」


「は、はい。リオン団長が処置を施してくださったので……」


「そうか……なら、まだ挽回のチャンスはある。気を奮い立たせろ」


 そう言ってマドカの頭を撫でる。


 彼女は一瞬だけ動きを止めて、ゴシゴシと目元を服で何度も拭った。


「……はい!」


 そこには強い意志を瞳に秘めた聖騎士がいた。


 後々反省は多々あるけど今だけはそれでいい。


 うつむいている暇はないのだ。そして、それは俺も同じ。


 ふらつく身体に鞭打って、立ち上がる。


「ルーガくん」


「任せてください」


「うん、いってらっしゃい」


「はいっ!!」


 リオン団長が動きを止めたバルルガンクから視線をそらさずに、一方向を指さす。


 おそらくそちらにジャラクは消えていったのだろう。


 大丈夫。俺なら見つけ出せる。


 聖女様のおっぱいを揉んだ俺にはわかるのだ。あの人のおっぱいの気が。


「マドカ、ミツリ。ついてこい!」


「了解!」「うん!」


「シスター。あなたは」


「ついていきます。例え死の未来が待っていたとしても」


 ぎゅっと強く胸元のロザリオを握りしめる。


 彼女もまた俺と同じく聖女様に指名された者として覚悟が出来ていた。


 ならば、俺から無粋な真似はできないだろう。


「行きましょう」


「っ……! ありがとうございます!」


 俺はシスターを背負い、二人に目配せする。


 そのまま一気に跳びあがると、会場の外へと飛び出した。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 ルーガくんがジャラクを追いかけていたのを横目で確認して、ひとまず安心した。


 大丈夫。彼は強い生命力を持った子だ。


 サキュバスの血を引いている私が言うのだから間違いない。


 さて、問題は目の前の青い鬼だ。


 奴はルーガくんに執着する態度を見せていたのに、今はずっとうつむいて動かない。


 どうする……? こちらから動く?


 様子見で剣でも投げてみようか。案外そのまま刺さるかもしれない。


 様々な方法で先攻を取れないか検討していると、ようやくあちらに動きの気配があった。


 ブルブルと体を震わせて、己の肩を抱く。


 顔を上げた奴のつらはとても直視できる類ではない。


「強い女、み〜〜つけた」


 先が二又に分かれた長い舌をベロリと垂らして、喜びに口端をつり上げている。


 最も嫌うべきは欲のこもった汚らわしい目。


 あれには見覚えがある。


 日常的に私の身体に遠慮なく注がれた下世話な視線。


 全く同じ種類の嫌悪感を覚えた。


「おい、ブルルガンク! なにぼさっとしてやがる! あの男を追いかけろ!」


「えぇっ!? だ、だって、あいつは兄者の獲物だって」


「譲ってやる。俺はこの女をぐちゃぐちゃにする」


「本当かよ!? ラッキー! 愛してるぜ、兄者!」


 そう言って喜色満面になった緑の鬼はルーガくんたちの後を追いかけていった。


 大丈夫。あの程度ならルーガくんが処理できない相手じゃない。


 それにマドカちゃんともう一人、強かった子がついている。


 あの子は相当デキる。あの舞のような洗練された動きは、私やルーガくんと同じ狂人こちら側の人間の香りがした。


 最悪、死にはしないだろう。


 むしろ、こっちのほうが放置しておくのは不味い。


「うーん、結構苦労するかなぁ、これは」


 今まで魔族側の領地へと遠征へ繰り出して戦ったどの魔物たちよりも強い。


 間違いなく私の聖騎士人生において最大の強者だ。


 全くもって、それが退く理由にはならないけれど。


 逆にちょうどいいかもしれない。


 私も手に入れたいと思っていたのだ。今後、ジャラクのような輩が現れないように団長会議での発言力が。


「私を選んでくれてありがとう。あなたの方が都合がよくて助かるわ」


「なんだなんだ、相思相愛かよ。いいぜ。目を引ん剝くまで犯し尽くしてやる」


「ふふっ、気色悪いのは見た目だけにしておいてよね」


 私の体に触れさせない。


 私の心に触れさせない。


 私を自由にしていい人物はすでに一人と決めている。


 こいつには借りもあるのだ。


 ルーガくんをいたぶってくれた分、倍以上にして返してもらわないと。


「そろそろ私も聖騎士団団長として実績が欲しかったんだよね」


 瀕死の倍以上だから、命で償わせる。


「あなたのこれ。持って帰ろうと思うの」


 トントンと手で自分の首元を叩く。


「へへっ……いいねぇ! 強気な女はいい! お前みたいなやつが懇願する姿を見るのがオレはいちばん好きなんだよ!」


「懇願するのは、さて、どちらになるでしょうね」


 剣を天へと掲げる。天に昇る太陽の輝きを浴びて、奴の切り裂く刀身が輝いた。


 命を奪う。


 死闘の前の私の構え。




「我が剣があなたの魂を地獄へと還しましょう」


「楽しみだぜぇ……オレの下で喘ぐ姿がなぁ!」




 ええ、本当に楽しみ。


 あなたの首が宙に舞う、その瞬間が。

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