Episode3-39 団長

 うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?


【お金玉公】!? 【お金玉公】って言った、あの人!?


 確かに名前を叫んでくれって教えたけど、どうしてそっちの方が出てくるんだ。


 それよりも俺が物申したいのは【お金玉公】でちゃんと付与した【加護】が発動したこと。


 嘘だろ……?


 俺、【黒鎧血装】にも【お金玉公】だと認識されているのか……?


 他にも問題は山積みだ。


 聖女様に間違いなく【お金玉公】って聞かれたし、なんなら【お金玉公】の名前が世界デビューしてしまった。


 いいや、落ち着け、ルーガ・アルディカ。


 まだ【お金玉公】が俺だとバレたわけじゃ――


『【お金玉公】! できました!』


「シスターぁぁぁぁぁぁ!!」


 俺の方を向いて、その名で呼ばないで!


 ほら! マドカとミツリが『信じられない』みたいな顔してる!


 きっと興奮して、とっさに普段使いしている【お金玉公】が出てしまったのだろうが、致命的失敗ファンブルすぎる。


「どうした! 集中が切れてるぞ、金玉野郎!」


「ぶっ殺すぞ!!」


 シスターには恩義があるから許すが、こいつにそう呼ばれる筋合いはない。


 振り下ろされる金棒に刀を当てて、つばぜり合いの形に持ち込んだ俺はそのままタックルしてバルルガンクと距離を作った。


「ちっ! しゃらくせぇ!」


 とっさに金棒から右手を離してからの空いていた左手で空中キャッチし、横薙ぎ一閃。


 しゃがみこんで躱した俺は両足に力を溜める。


空想具現化ファンタズム爆乳大砲ボタン・ガ・パァン


 勢いよく飛び跳ねた俺はシスターとブルルガンクの間に割って入り、牽制代わりに黒刀を振るう。


 視界外からの急な攻撃に剣先がわずかに膨れ出た腹をかすめた。


「邪魔するな、雑魚の癖に!」


「ぐっ……!?」


 バルルガンクよりも一撃が重い。


 刀越しでも衝撃が伝わり、腕がしびれそうだ。


『受け』ではなく『流し』て対応しないと、早々に使い物にならなくなるな。


「ブルルガンク!! てめぇ、手を出すなって言っただろ!」


「ち、違うよ、兄者! こいつから勝手に!」


「兄弟喧嘩ならよそでやってろ、鬼ども!」


「ふげっ!?」


「うおっ!? こっちくるな、弟!?」


 隙だらけになったブルルガンクを青鬼めがけて蹴り飛ばす。


 巨体を転がして止まれない奴はそのまま兄もろとも巻き込んで壁にぶつかった。


「二人とも! 聖女様たちを!」


 俺が二人の面倒を見れるシチュエーションになった今がチャンスだ。


 マドカとミツリはうなずくと、聖女様とシスターを抱き上げて出口へと向かった。


 よし、これでひとまずは問題ない。目の前の鬼たちに集中できる――


「――とでも思うたか、小童」


 耳に届いた聞き覚えのある声に思わず振り向く。


 見やればマドカがその場にうずくまり、聖女様はジャラクの腕の中にあった。


 ここでやってきやがったか、ジャラク……!


「この時をずっと待っておった。苦節十数年、ようやくワシのもとにやってきた……!」


「くっ! この……!」


「抵抗しても無駄じゃよ、聖女……いや、フレア。【金属化かご】で硬化したワシには小娘が暴れても無駄じゃて」


 鈍色に輝くジャラクの腕。


 腹を抑えてうずくまるマドカはアレで殴られたのだろう。


 その足元が吐しゃ物で汚れている。


「ジャラク……!」


「動くなよ、小童。逆らった瞬間、そこの小娘の首を折る」


 ジャラクがわずかにマドカの方へにじり寄る。


 仮にも団長格の男。俺が助けに入るよりも先に奴の足がマドカを蹴り上げるだろう。


「ふざけるのもここまでよ。【ジャラク。私を解放しなさい】」


「……ぐふっ、ぐははははっ! 知っているぞ、フレア。お前の【加護】はお前を敬う意思を持つ者にしか効果を発揮しない」


「なぜ、それを……!」


「知っているかって? 愛のなせる技じゃよ、愛の……のう?」


 虚を突かれ、唇をかみしめる聖女様。


 その表情すら愛おしそうにジャラクは笑みを浮かべる。


「ワシがお前に向ける感情はただ一つ」


 汚らしく己の唇を舐め、性欲に満ちた下卑た目で聖女様を見つめた。


「――色欲だけじゃ」


 聞くのさえ堪え切れない気持ち悪さ。


 だがしかし、行動を起こすにはあまりに不利な状況下。


 奴が油断し、一瞬でも隙を見せたら『飛竜』で斬る。その準備だけ構えていた。


「さて、ワシはそろそろ去るとしようか。――時間稼ぎも終わったようじゃしの」


「おう。今回だけはよくやったぜ、クソ爺」


「っ!? しまっ……」


 頭上に差す影。


 バルルガンクが逃がさないように俺の肩を抑えて、金棒を構えていた。


「おごっ……!?」


 衝撃がやってきて、肋骨を粉々に砕いていく。


 砕かれた【黒鎧血装】の一部が体へと突き刺さり、口から血があふれ出た。


「げほっ……がはっ……!」


「まだ終わってねぇぞ、聖騎士」


 下から振り上げられた金棒が眼前に迫りくる。


 やばいマズイ回避も間に合わない首だけは守れ――


「うらぁぁっ!」


「っ~~!」


 叫び声すら出てこない。


 身体が空へ舞って、頭から落下する。


 叩きつけられた衝撃のせいで脳が揺さぶられてしまったのか視界がぐらぐらと揺れる。


 立ち上がろうにも黒刀が元の短剣サイズに戻っている。


 血を失い過ぎたせいで【加護】が解けたか……。


「ごほっ……うぇっ……」


 それよりマドカは大丈夫なのか……?


 ミツリとシスターは? 


 聖女様も追いかけないと。早く立て。立って、動かなきゃ。


「死ね」


「あ」


 思わず漏れた声。


 それは自分の死を覚悟したからではなく、死を免れたことがわかったから。


 金属と金属がぶつかり合う甲高い音が戦場に鳴り響く。


 倒れ伏す俺の前に一つの影があった。


「お待たせ、ルーガくん」


 人々に安心を与えてくれる強く、優しい声音が響く。


「――ここから反撃といきましょう」


 誰よりも頼もしいリオン団長ひとがやってきた。

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