Episode3-38 二つ名デビュー

 黒刀を握りしめた俺は即座に構えを作る。


 あの緑鬼ブルルガンクをやる気にさせないことには始まらない。


 だったら、広範囲の技で同時に攻撃を仕掛けるまで!


「聖剣十式・一の型、飛竜!」


 飛ぶ斬撃が並ぶ奴らめがけて放たれる。


 刀の間合いを無視した攻撃に面食らった二匹は防御が間に合わずにまともに喰らった。


「やったっ!」


 シスターの喜ぶ声が聞こえる。


 ……いや、残念だがこれは……。


「ほう? なかなかいい腕してやがんじゃねぇか」


 薄く皮膚に切り傷が入っただけ。


 青鬼はこぼれ出た血を舐めると、先ほどよりも好戦的な態度になる。


「せっかく手を出さないでやるって言ってんのに本当イイ性格してんなぁ、お前」


 逆にわかりやすいくらい額に青筋が入るブルルガンク。


「だが、兄者の言うことは絶対だ。命拾いしたな」


 それでもこちらに殺気を向けるだけで手を出す気配は一向にない。


 ドスンとあぐらをかいて、その場に座る。


 あくまで、青鬼の指示が最優先というわけか。


 俺はこいつらがジャラクと組み、聖女様をさらいに来たと思っていたが目的は違うのか?


 俺との戦いだけに固執しており、それ以外には興味がないみたいだ。


 ならば、残された選択肢は一つ。


 なんとかリオン団長が来るまで耐えきる……いや、俺の手で目の前の悪を斬る。


「レクセラを倒したんだろ? まだまだ手はあるよな?」


「……もちろん。たっぷりと浴びせてやるさ」


 視線を外さず、向き合いながら間合いを測る。


 対して青鬼は全く気にする様子なく、ズンズンと距離を縮めていく。


 先攻を取ったのは向こう。


「バルルガンクだ! てめぇを殺す名前くらい覚えて地獄に逝け!」


 名乗りと共に人を叩き潰せる金棒が振るわれた。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 飛び交う悲鳴。劈く怒声。鳴り響く破壊音。


 今まで縁のなかった非日常が目の前で繰り広げられている。


「ライラ。大丈夫ですか?」


「は、はい。なんとか……」


 聖女様が心配してくださる。


 私よりも若いのに一つも動揺していない。世話係として接している間は聖女様も年相応の女の子なんだと思っていましたが、やはり住む世界が違う。


 事前に話は聞いていました。魔族とつながっている裏切り者が聖騎士隊の中にいると。


 ならば、覚悟が足りなかったのは私の責任。


「大丈夫。彼なら私たちを守ってくれます」


 聖女様の視線の先では【お金玉公】が魔族と戦っている。


 鬼の一撃は重く、まともに喰らってしまえば死んでもおかしくない威力なのに【お金玉公】は真正面から渡り合っていた。


 ……一緒に聖女様に選ばれた彼はあんなにも頑張っているのに、私だけ何もできていない。


 私には戦う力はない。だけど、それでもまだやれることがあるはず。


 誰かの力になれないまま、見届けるのは嫌だった。


「聖女様! 私の【加護】をお使いください!」


「ライラの【加護】を……?」


「はい! 聖女様のお声を、学園の皆さんにお届けするのです!」


 思いついた案を聖女様に説明する。


 成功すれば一気にこの事態を好転させられるかもしれません。


「……やりましょう。それだけの価値があります」


「っ! ありがとうございます!」


「それではマドカさんたちにも共有しましょう。彼女たちの協力も必要です」


 そう告げた聖女様は戦況を見つめるお二人に私の作戦を説明する。


「……なるほど。それができるなら被害も少なく済みますね」


「ボクたちはあの緑鬼を警戒しておけばいいわけか」


「時間が惜しいので、すぐに実行に移します。ライラ、できますね?」


 力強くうなずく。聖女様は微笑んで、私の肩に手を添えた。


「それでは発動します――【超拡声】!」


 私の【加護】は私の声を何倍もの大きさにする【超拡声】。


 普段は全く使う機会が来ない【加護】でしたが、まさかこんな形で役に立つ日が来るとは思いもよりませんでした。


 今から私は聖女様のお言葉を代わりに読み上げ、戦場にいるみなさんへとお伝えする。


『みなさん、私はシスター・ライラ。聖女様に仕えている者です。私のそばにいらっしゃいます聖女様からのお言葉を皆様へお伝えいたします』


 この大会中、聖女様の隣に私はずっといた。


 だから、ここにいる人たちは私の言葉が嘘でないとわかってくれるはず。


 私は聖女様が口にする言葉を一言一句逃さずに、恐怖におびえる人たち、勇敢に立ち向かっている人たちへとお届けする。



『若き聖騎士候補生よ。未来、栄えある聖騎士になりし者たちよ。うろたえるな。勇敢なる心を震え上がらせ、己の命を守り通しなさい』


『私の信を置く聖騎士たちよ。剣を振るいなさい。思い出しなさい。あなたたちの一太刀は今日のために磨かれてきたのだから』


『さすれば必ず人類は勝利する。この戦においても、魔王軍との戦いにおいても』


『さぁ、雄たけびを上げるときは来ました。反撃ののろしを今ここからあげるのです!』



「「「うぉぉぉぉぉぉ!!」」」


 大地をも揺るがす聖騎士たちの雄たけび。


 士気が跳ね上がった聖騎士のみなさんは次々と魔物を打ち倒していく。


 うずくまっていた学生さんたちも教師のみなさまの指示に従い、避難がスムーズに行われていた。


 うつむいていた顔が全員、前を向いている。


 作戦は成功した。聖女様と喜びのハイタッチをする。


 だけど、すぐに現実へと引き戻す声が聞こえてくる。


「ちっ。こりゃ不味いな……弟よ!」


「おう、兄者! 計画・・は邪魔させねぇ!」


 ずっとこちらに興味がなかったはずの緑鬼が食いついた。


「なっ、待て――」


「お前の相手は俺だろうが!!」


「――ぐっ! 邪魔を……!」


【お金玉公】は青鬼に止められて、こちらへやってこれそうにない。


 ……大丈夫。わかっていたことです。


 注目を集めれば当然、敵からの攻撃を受ける可能性が出てくる。


 聖女様もそれを考慮したうえで私の案を採用してくれた。


「させな――きゃっ!?」


「それ以上は行かせな――ぐっ!?」


「女連中に興味はねぇんだよ!!」


 斧で薙ぎ払われた二人が吹き飛ばされてしまう。


 目を背けるな。こうしたのも私の責任。


『聖女様には手出しさせません……!』


 ぎゅっとロザリオを握りしめる。


 少しだけ、私に力をお貸しください――




『――【お金玉公】!!』




【超拡声】状態で、彼の名を空へと轟かせる。


 付与された【加護】が発動して、顕現した鎧が魔族の攻撃を防いでくれた。




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