Episode3-37 黒の覇道

 ついにやってきた。私の命の分岐点が。


 空に浮かんでいる巨躯の鬼。


 あれは間違いない。発せられる圧が違う。


 魔王軍幹部だ。それも二匹いる。


 ジャラク……あなたは本当にどこまで腐って……!


「【緊急守護ガーディアン・エリア】!!」


 私の隣にいたカルキア学園長が空へ向かって光り輝く斬撃を放つ。


 光は空へ突き進むにあたって広がっていき、やがて一枚の大きな膜となって会場に降り注ぐ魔物たちを一部せき止めた。


 カルキア学園長の【加護】は【守護壁バリア】。


 堅牢堅守で名を馳せた彼の実力は伊達じゃない。


 おかげで時間を稼げて、生徒たちの避難がスムーズになる。


 だが、それでもすべての魔物の侵入を防げたわけじゃない。


「きゃぁぁぁぁ!?」


「お、おい、やめろ!? 来るなぁぁ!!」


「みなさん、慌てないで! 落ち着いて出口へ向かってください!」


 会場に響く悲鳴と怒号。


 わかっている。私のせいだ。私が巻き込んでしまったから彼ら彼女らはひどい目に遭っている。


 いくら裏切り者を捕らえるためとはいえ、すべてを受け入れなければならない。


 それが【聖女】だから。


「違いますよ、聖女様」


「――え?」


「悪いのはジャラクやあの鬼たちです。あなたは何も悪くない。あいつらがいなければ、こんなことは起きなかったんですから」


 ……そんな簡単に読み取れるほど表情に出てしまっていただろうか。


 いけない。彼の前では、つい子供になってしまう。


 無意識に聖女の仮面を被らずに甘えてしまうなんて……。


「安心してください、聖女様。うちの教師陣たちも十分な実力者たちです」


「他の聖騎士たちもいます。私たちも最善を尽くします」


「わ、私も精一杯頑張ります!」


「ちょっとちょっと。ボクも忘れないでくださいね?」


 カルキア学園長にマドカさん、ライラさん、ミツリさんも続いて、励ましの言葉をかけてくれる。


 ……ありがとう。本当に私は素晴らしい仲間に恵まれました。


「……ただちに混乱を鎮めます! カルキア学園長は聖騎士たちと連携して、魔物たちの掃討を!」


「承知いたしました! アルディカ! 聖女様は頼んだぞ!」


「はい! マドカ! シスターを連れて離脱するぞ! 俺たちも続く! ミツリも付いてこい!」


「「了解!!」」


 彼は即座に撤退の指示を出した。


 当然の判断だ。魔王軍幹部を二人を相手にして、お荷物わたしたちを守りながら戦う余裕はない。


 カルキア学園長の【加護】が残っている間が唯一のチャンス。


 彼は私を抱きかかえると出口へ向かって……え?


「…………」


 上を見る。ルーガ副団長の顔がそばにある。


 なるほど。私、いま彼に抱きかかえられているのですね。


「聖女様! 肩に手を回して絶対に離さないでください!」


「わ、わかりました」


 言われた通りにすれば、さらに密着度は増す。


「すぅ……はぁ……」


 落ちないように密着しているから、呼吸するだけで彼の匂いが脳へと染み込んでいく。


「……ふふっ」


 ……あわわわわっ!!




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「聖女様! 肩に手を回して絶対に離さないでください!」


「わ、わかりました。……すぅ……はぁ……」


 聖女様は俺の胸元へと顔を押し付けて深呼吸している。


 流石は聖女様。緊張を解消しようとしていらっしゃるのだろう。


「ふふっ」


 この状況でも微笑みを忘れない豪胆さ。


 さすが聖騎士隊を統べる立場にいるお方だ。


 絶対に失うわけにはいかない。どうかこのまま建物の外まで――


「――っ!?」


 咄嗟にブレーキをかけて、走るのを止める。


 直後、俺が走り抜けるはずだった場所に金棒が突き刺さった。


「やっぱりお前で間違いなかったなぁ」


 ガラガラと濁った声で笑う鬼たちが目の前に降り立つ。


 緑の鬼と青の鬼。


 レクセラに似た殺気……やはり幹部級か……!


「もうカルキア学園長の【加護】を破ってきたのかよ」


 つまり、せき止めていた魔物も降りてくる。


 チラリと上を見やれば、あの魔物が出てきた穴は消えているのがわかった。それだけが唯一の救いか。


 どっちにしろ状況の悪化には違いない。


 俺はそっと聖女様を下ろして、後方にいるマドカにジェスチャーで『退避』のサインを出す。


 ここで俺が二匹を引きつければ、まだ可能性はある。


 数分で構わない。耐え切れば、事情を知っているリオン団長が援護に来てくれるはずだ。


「この男だ、間違いねぇ、兄者!」


「ふん、オレの獲物だ。手を出すなよ、弟よ」


「わかってるよ。俺はここで見ておく」


 それはマズい。俺としては片方をフリーにしておくのは避けたい。


 マドカとミツリに聖女様やシスターを守りながら戦い抜くのは無理だ。


「おいおい、待ってくれ。俺を舐めているのか?」


「あぁん?」


「俺は魔王軍幹部を落とした男だぜ。お前ら如き、さっさと倒させてもらう」


 そんなの願うバカはここにしかいない。


 魔王軍幹部と相対するのさえ避けたいのに、二匹だと。


 レクセラとの経験があるからこそ、確実な自殺行為だと断定できる。


 だからこそ、この道を俺が選ぶ必要がある。


 人類の希望と未来を守るために。


「……調子乗ってんなぁ、人間風情が」


 反応したのは青い方の鬼。


 ギョロギョロと動く眼球は俺を捉えている。


「こっちが親切に一対一でやってやるって言ったんのによぉ。死にたがりなんて面白れぇ奴じゃねぇか」


 斧を担いだ鬼の闘気がどんどん上がっているのがわかる。


 興奮気味に、前のめりな姿勢は今すぐにでも飛び出しそうな雰囲気だ。


 それでいい。そのまま俺に攻撃を仕掛けて――


「ブルルガンク」


「――っ!」


 名を呼ばれていない俺でさえ、身が震え上がるような殺気。


 戦場の熱気が一気にリセットされたかのような感覚。


「あれは俺の獲物だ。いいな?」


「……わかってるよ、兄者」


「それでいい」


 クソッ。挑発は失敗か。


 ならば、致し方あるまい。


 実力で直接、勝負へと引っ張ってくる!


「後悔しても遅いぞ、化け物ども」


 抜いた黒刀を腕へと突き刺す。


BLOODYブラッディ CHARGEチャージ!!』


 正義を執行する聖血が刃へと注ぎ込まれ、正義の鎧を呼び出す準備は整った。


 奴らを葬る神に与えられし力を解放する、その名を口にする。


「黒鎧血装」


 黒の覇道が俺のもとへと舞い降りた。

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