Episode-Service2 大きい方、小さい方

「んっ……よいしょ……えいえいっ……」


 天井から吊るされた照明が照らすベッドの上で私は日課のマッサージを行っていた。


 胸の周りを丁寧にもみほぐして、成長を促す。


 巷で噂の豊胸マッサージ。


 地道な努力がいつか実を結ぶ。


 そうすればリオン団長……いや、そうでなくとも美乳くらいには育つはずだ。


「……よしっ」


 マッサージを終えて、成果を確認するように自分の胸を触る。


「…………」


 ツルペタだった。


 ……いや、まだまだ成長の余地はある。


 そもそも私は普通で、第六番団の先輩たちがおかしいのだ。


「リオン団長はすごいし、カルラさんもすごいし、そのほかの先輩方もおっぱい、おっぱい、おっぱい……!」


 なんなら聖騎士だけではなく隊寮の食堂のスタッフまで胸が大きい。


 地元では私くらいの胸の大きさの子はたくさんいた。


 だけど、第六番団では私だけ。


 私だけ貧乳……。


「はぁ……」


 急にむなしくなって、そのままベッドに寝転がる。


「ルーガ先輩……」


 私がこんなにもおっぱいを大きくしたい理由。


 それは私の想い人である先輩に振り向いてほしいから。


 男の人はおっぱいが大きい人が好きだと聞く。


 実際、リオン団長やカルラさんは街を歩けば目を引いているし、男性にとってあれほどの胸は魅力的に映るのだろう。


 ルーガ先輩は心根が真面目な人だから直接顔に出したりはしないが、やはり私みたいな貧乳よりも団長の特級巨乳の方が好きに違いない。


「……パッドは……うーん、でも偽乳……」


 団員のおっぱいを見て衝撃を受けた翌日。


 私は一度だけ胸に詰め物をして出勤したことがある。


 でも、ここでは無意味な行動。あまりにも差が埋まらな過ぎて、やるせなさが増しただけだった。


「どうすればいいんだろう……」


 正直に心境を吐露すれば、マッサージをしたところで団長のおっぱいサイズになる未来が想像できない。


 そもそもどんな生活を送って、リオン団長はあんな凶暴なおっぱいを手に入れたのか。


「……そうだっ」


 リオン団長の私生活に秘密が隠されているはず。


 それさえ見つけ出せれば私もバルンバルンのボインボインに……!


「ふふっ……あはははっ……!」


 待っていてください、ルーガ先輩。


 私は必ず素晴らしい「いいおっぱい」になってみせます……!




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「――というわけなので、団長。しばらく行動をご一緒しても構いませんか?」


「え、えっと……理由はともかく別に私は構わないよ?」


「……! ありがとうございます!」


 やった……! これでおっぱいが大きくなる方法が手に入るかもしれない!


 ルーガ先輩がお休みで出払っていてよかった。


「じゃあ、さっそくお仕事しよっか」


「はい、リオン団長!」


 今までにあまりない気分の高揚を感じながら任務にあたる。




 巡回中。


「団長さん、こんにちは! いつもご苦労様です。よかったら、これ皆さんで食べてください」


「わぁ、美味しそうなお野菜ですねっ。ありがとうございます」


「お~い、姉ちゃん! これも持って帰ってよ! 今日はいつもより多くとれたからさ」


「立派なお肉! 今晩にでもいただいちゃいますね」


 ……いたっていつもと変わらぬ日常。


 ただ荷物を運ぶ私の胸は持ちあがらなかったが、団長の胸は箱の上にドンと載っていた。




 お昼休憩中。


「う~ん、美味しかった。ごちそうさまでした」


「あれ? いつもより食べる量が少なくないですか?」


「えっ、そうかな? いつもこれくらいだと思うよ? 私、そんなに食いしん坊じゃ『グ~』……」


「……リオン団長」


「……いや、今のは私じゃ『グゥ~……』……」


「ふ、普段通りに生活してくださると、参考にしている私としては助かるな~なんて」


「そ、そうだね! マドカちゃんのためなら仕方ないよね! ちゃんとおなかを満たさないと午後の仕事に影響も出るし! うん!」


 顔を真っ赤にしたリオン団長は嬉しそうにトレーを持って、受け渡し口へ並ぶ。


 なるほど。よく食べる栄養が全部、胸にいっているのか。


 なら、私も少しずつ食べる量を増量して――


「おかわりしてくるね」


「あ、あと、もうちょっとだけ……」


「さ、最後にスープをもう一杯……」


 ――ここまでは真似できない。見ているだけで胸やけが凄かった。


 巨乳の道は遠い……。




 就寝時。


「う~ん、今日も疲れた~」


「はい、お疲れ様です、リオン団長」


「うん、マドカちゃんもお手伝いありがとう。そろそろ私はもう寝るね」


「えっ」


「えっ」


「……団長はマッサージとかはしたりしてないんですか?」


「う~ん、激しい運動をしたときに足や肩のマッサージをするくらいかな。それがどうかした?」


「い、いえ、なにも……」


「そっか。じゃあ、おやすみなさい」


「はい、失礼します……」


 失意のまま、私は団長の部屋を出る。


 ま、まだだ……! ほかにもきっとなにか秘密があるはず……!




 というわけで、三日間ほどリオン団長に密着生活を送ってみた結果、私がたどり着いた答えは……。


「ふ、普通の生活だ……!!」


 地面に手を突き、うなだれる。


 どこにもバストアップにつながる秘密なんてなかった。


 あのお乳は天性のもの! 神様が授けられたギフトなのだ!


「うぅ……」


「……マドカちゃん」


 リオン団長が私のそばでしゃがみこみ、頭を撫でてくれる。


 優しい。優しいけど目の前におっぱいがくる姿勢はやめてください。


 感情がごちゃまぜになります。


「そもそもマドカちゃんはどうして胸を大きくしたいの?」


「どうしてって、それは……」


「ルーガくんに好きになってもらうため?」


「っ……!」


 図星だった。


 というか普段の私の言動からして、初めからバレバレだったのかもしれない。


「私はルーガくんはそんなの気にする人じゃないと思うよ? マドカちゃんもそれは薄々わかっているんじゃないの?」


 それは……きっとリオン団長の言う通りだ。


 ルーガ先輩はおっぱいの大きさで人に優劣を付けたりしない。


「で、でも、大きい方が男性は喜ぶじゃないですか」


「そうかもしれないけど、それはあくまで好きになる要素の一つ。きっと彼はおっぱいの大きさで付き合ったり、結婚したりする相手を決めたりしない」


 リオン団長がそう言ったタイミングで、コンコンとノックが鳴る。


 そのあとに聞きなれた愛おしい声が届いた。


「すみません、ルーガです。ちょうどお花をいただいたので飾りつけにきました」


「ほら、ちょうど遊びに来たみたいだよ。聞いてみよう?」


「……はい」


「ルーガくん、入っていいよ」


「お仕事中、失礼します。見てください、このきれいな花――」


「ルーガ先輩! 先輩は(おっぱいが)大きい方が好きですか!?」


「――は?」




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「いやぁ、今日も王都が平和でよかった。こんなきれいな花ももらえたし」


 俺は花束を抱えて、廊下を歩いていた。


 本日は非番なので私服である。


 やることないから街をブラブラとしていたら、いつも贔屓にしている花屋さんの看板娘さんがお祝いにと通りがかりにプレゼントしてくれたのだ。


 俺が魔王軍幹部を討伐したことへのお祝いだろう。


「これでまた執務室も華やかになるな」


 花はいい。空気が和らぐし、ふと癒されることもある。


 ちょうど花瓶は空いていたはずだ。


「すみません、ルーガです。ちょうどお花をいただいたので飾りつけにきました」


「ルーガくん、入っていいよ」


「お仕事中、失礼します。見てください、このきれいな花――」


「ルーガ先輩! 先輩は大きい方が好きですか!?」


「――は?」


 いきなり何の質問だろうか。


 大きい方が好きかどうか……ああ、そうか!


 きっと二人も花瓶に活ける花について話していたのだろう。


 確かに人によって好みも変わるものだしな。


 景観にも関わってくるから以外と大切な部分かもしれない。


 大きい花、小さな花。好みは別れるけど、どちらかといえば俺は……。


「うーん、大きい方が好きかな」


 その瞬間マドカが思い切り泣き出して、リオン団長は見たことないお怒りの表情をしていた。


 事情がよくわからなかった俺は即座に額を床にこすりつけ、何がお気に召さなかったのか許しを請うた。


 どうやらおっぱいの大きさと花びらの大きさで、勘違いが起きていたらしい。


 誤解が解けてよかった。


 でも、昼間からおっぱいの大きさについて語っているなんて思わないので、そんなトラップを仕掛けるのはやめてほしい。


 切にそう願った休日だった。


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