Episode3-3 シュレディンガーの童貞
まだ重い瞼をこすって開ければ、隣に愛おしいリオン団長が寝ていた。
「……っ!? っ!?」
叫びそうになったのを口を手で塞いで我慢する。
大声に反応した団員のみんながやってきたらジ・エンド。
俺は普段から数々の危機に関する対策を練って生きてきた。
だが、この状況に対応できる手段は持ち合わせていない。
だって、そうだろう?
朝起きたら爆乳上司が下着姿のまま隣で寝ているシーンの危機管理を誰がするのか。
さらりと流せる奴は間違いなく経験豊富な奴のみ。
ダラダラと背中を冷や汗が伝い、ゴクリとつばを飲む。
とりあえず呼吸するたびに上下する団長のおっぱいを視界から外すため、ベッドから離れようとする――が、くいっと団長の手が俺の服をつまんでいた。
「んっ……」
そして、艶やかな声が漏れる。
あれ? 団長もしかして起きてる?
「だ、団長……?」
「……すぅ……すぅ……」
「失礼ながら……最近、ウエスト周りも柔らかくなってきましたね」
「……すぅ……すぅ……」
……どうやら寝ているみたいだ。
団長にとってお腹周りの話題はマッサージの時より禁句となっている。
反応しないということは、彼女はまだ夢の世界にいるのだろう。
「しかし……」
呼吸と共に上下する張りのあるおっぱい。みずみずしい唇。
全てが無防備にさらけ出されている。……なんて目に毒な光景なんだ。
まだ早朝だぞ。クールになれ、愛棒。
お前はお呼びじゃない。
「……ふぅ、落ち着け。まずは状況を整理するんだ」
いま一番恐ろしいのはこの姿を誰かに見られることだ。
まさか団長とボタンを飛ばし合っていたときにマドカが乱入してきた経験が活きるとはな……。
「すみません、団長」
そっと彼女の手を服からはがすと、椅子をドアの前に置いて封鎖した。
安全な空間を作った俺はそのまま椅子に座り、脳みそを雑巾のように絞って昨晩の記憶をひねり出す。
隊舎に帰ってきた後、着替えの途中に団長が入ってきて、晩酌して、いつになくハイペースでワインを
お酒の勢いに任せて、自分の気持ちを吐露してしまったことも。
「うぉぉぉぉっ、冷静になったら死にたくなってきた……!」
黒歴史を生み出したことを後悔する。
しかし、今に限っては重要じゃない。
そのあとが大切なのだが……いくら唸っても思い出せなかった。
記憶が途切れてしまっている。
「俺は酔いつぶれた……もしかして、それだけなんじゃないか?」
よくよく考えれば俺が無実という状況証拠はそろっている。
俺には一切の服の乱れがない。
リオン団長が全裸じゃない。
そして、酔ったからといって俺には団長を襲う度胸がない。
「完璧じゃないか……!」
推理の末に行きついた結論に思わず笑顔になる。
そうだ、俺が俺自身を信じてやらなくてどうするんだ。
俺は何か月もの間、第六番団で生き残ってきた唯一の男騎士。
金玉パンパンで理性が限界だった以前ならともかく、団長に管理してもらえた今の俺が実力行使に出るとは思えない。
そうとわかれば焦る必要はない。
団長を起こして部屋に戻ってもらえば終了――
「うぅん、ダメだよ、ルーガくぅん……。そんなところ触っちゃ……」
――とんでもない爆弾が落とされた。
リオン団長。
それはただの寝言でしょうか。
それとも俺の知らないナニを無意識に思い返しているのでしょうか。
ここに来て混沌としてきた。
わかっているのは夢の中の俺がうらやましいってことくらい……。
「くそっ、どうして俺の愛棒は何も教えてくれないんだ……!」
普段から自己主張は強い癖に肝心な時に役に立たない。
なぁ、教えてくれよ。
お前は卒業したのか?
駆け上がったのか、大人の階段を……!?
しかしながら、当然のごとく愛棒は何も答えてはくれない。
俺が童貞なのか否かは、やはり団長にしかわからないのだ。
「……ははっ、何やってんだろう俺……」
団長に直接聞けばそれで済む問題じゃないか。
申し訳ないが団長にとっても大切なお話なので、起きてもらうとしよう。
「だーんちょう~。起きてくださ~い」
ゆさゆさと肩をゆする。
すると、ゆっくりと彼女の二重瞼が開いた。
「うぅん……ルーガくん……?」
「はい、おはようございます」
「えへへ……ルーガくんだぁ~」
「だんちょっ!?」
もしかして寝ぼけている!?
団長は抱き着いてくると、そのままベッドに俺を引きずり込む。
マズイ……マズイぞ……!
さきほどまでは触れあっていなかったから、なんとか理性を保てていたが密着状態となっては話が別。
覆いかぶさるように倒された俺の胸に押し付けられた団長のマシュマロおっぱい。
なんて肉厚と柔らかさ……!
「……いや、そうじゃないだろ!」
まだお眠りモードの団長の抱き着き攻撃により、俺の精神がガンガン勢いよく削られていく。
つまり、理性で抑えていた本能が沸きあがってくるわけで。
バカ野郎! こんな時に限って反応を返すんじゃねぇ!
いくら目をつぶっても、鼻から、肌から団長を感じてしまう。
髪から漂うシャンプーの清楚な香りがシャワーを浴びる団長の妄想を駆り立てる。
何度も味わってきたおっぱいの質感。絡められた足の滑らかさ。
過去の経験がさらに妄想を完璧なものへと昇華させていき、ブレーキをぶっ壊して暴走していく。
ダメだ、ダメだ、ダメだ……!
このままじゃ愛棒が限界を迎えて……!
「ルーガくん……あったかい……」
ふと耳に届いた団長の声音が俺の心に火を点けた。
「……バカか、俺は」
団長の信頼を取り戻すって決めたばかりじゃないか。
きっとお出かけでの誠実な対応が認められたから団長はこうやって接してくれている。
嫌っている男の夢は見ないだろうし、意識があいまいでも抱き着くことはないだろうから。
ここに来て、ようやくすべての謎が解けた。
昨晩、俺と団長の間には何もなかった。
酔っぱらった俺を団長がベッドまで運んでくれて、ついつい一緒に団長も寝落ちしてしまっただけだ。
下着なのは……寝苦しかったとか蒸れるからとかそんな理由だろう。
そうさ、そうに違いない。
頭の中で組み立てられる推測。
「俺は信頼を裏切らない。団長に相応しい聖騎士になるんだ」
覚悟はできている。
こうやって団長のおっぱいを押し付けられても手を出さなかった事実があれば、より清らかな人間に近づけるはず。
そのためならば多少の無理くらいやってのけよう。
最後に団長を見つめる。
「ははっ、幸せそうな寝顔」
鼻周りにかぶさった金色の髪をそっとかきあげて、頬に触れた。
「団長……俺はおそらく起こせませんので、ちゃんと仕事に遅刻しないように気を付けてくださいね」
そっと俺は自分の両手を自分の首元に添えた。
簡単な結論だ。
本能が暴走しようとしているならば、本体ごとシャットアウトしてしまえばいい。
「おやすみなさいっ!!」
グッと手に力を込めた俺は自分の手で絞め落とし、強制的に意識を沈ませた。
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