Episode2-2 それぞれの思惑
私はシスター・ライラ。
聖騎士隊が所有する大聖堂で働く者です。
今日から見習いを卒業し、一人前のシスターとしてお勤めすることになりました。
本日は懺悔室でみなさまのお悩みや後悔をお聞きする日です。
まだまだ未熟な身ですけど、精いっぱい信者のみなさまのお力になれればと思います。
「失礼します」
意気込んでいると、さっそく一人目の悩める子羊がやってまいりました。
小さく喉を鳴らして、声を整えると初めてのお悩み相談が始まります。
「ようこそいらっしゃいました」
「シスター。悩みを聞いてくださいますか?」
「もちろんです、悩める子羊よ。どんな悩みであろうと最後までお付き合いいたしましょう」
「それはありがたい。感謝します」
「して、悩みとはなんでしょうか?」
「金玉が痛いんです」
「……今なんと?」
「金玉が痛いんです」
なるほど。
……どどどどうしましょう!?
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
聖女様との面会を控えた俺は懺悔室でシスターに悩みを打ち明けていた。
溜め込むだけでは鋼の精神もいつか折れてしまう。
こうして時には吐き出す必要もあるのだ。
ここは一般人も利用するし、匿名ならばバレる恐れもない。
そもそも聖女様とお話するというのに「金玉痛い」とか邪な考えを持ったままでは失礼に値する。
「その……あなたはお金玉が痛いということですが、それは病気ではないのですか?」
「はい。心情的というか環境が原因といいますか」
「環境……ぜひお聞かせ願いますか?」
それから俺は自分が置かれた状況について気持ちと共に吐露した。
もう辛い。今も金玉の痛みをジンジンと感じながらシスターとお話ししているんです。
「……という感じなんです」
「それは……お辛かったですね」
グスリと鼻をすする音が聞こえる。
まさか彼女……泣いてくれている?
「わかっていただけますか?」
「私にお金玉は付いておりませんがお気持ちはよく理解できました。あなたは性欲を解消したいのにできない苦しみを抱いている」
「なんとかなりませんでしょうか」
「お恥ずかしながら未知の世界の話。……ですが、おひとつ。あなたに術を授けることができるかもしれません」
「ほ、本当ですか!?」
「以前、尊敬する人物から聞いた話があります。そこから着想を得ました」
「おぉ……!」
「性欲を覚えるから苦しんでしまう。ならば、性欲を断ち切れば良い。答えましょう。悩める子羊よ、汝──」
「赤ちゃんプレイをしなさい」
「シスター!?」
猿でもわかる間違った対処法がきた。
だ、だが、今までにはなかった観点だ。
彼女は俺の金玉痛いというアホみたいな悩みにも真摯に受け止めてくれた。
どうせならば最後まで聞いてみよう。
「乳房とは元来、母性の証です。子どもも大人も抱きしめられれば大人しくなる。それは乳房に母性を感じるからです。喧嘩をしても、お胸に顔をうずめさせたら男性は落ち着くと聞きますから間違いないでしょう」
「なるほど……」
「あなたは母親に欲情しますか? いたしませんよね」
「つまり、上司を母親だと思って接すれば……」
「ええ。決してあなたを誘惑するお胸にも負けはしないでしょう」
「……シスター」
「はい、シスターです」
「天才ですか……?」
「きょ、恐縮です。私はただあなたの力になりたかっただけなのですよ」
仕切りの向こう側で、シスターが微笑んだような気がする。
「私こそ感謝させてください。あなたのおかげで一つ新たな経験を得ることができました」
「そんな……大したことでは」
「いいえ。お金玉が痛いなんて悩みは今後、耳にするのも難しいでしょう。私は得難い機会をいただきました」
「シスター……」
なぜだろうか。
彼女とは出会ってまだ1時間も経っていないのに、すごく強い信頼を抱いていた。
またお世話になる機会がある気がする。自然とそんな風に思えた。
「シスター。もしよろしければまたお世話になりに来てもよろしいですか?」
「……本来ならば会えないことを喜ぶべきなのですが、もしあなたが悩みを抱いたのでしたら私はいつでも寄り添いますよ」
「ありがとうございます……シスター……!」
やったぞ。これで定期的に性欲関連の悩みを相談できる相手ができた。
何気に一番の収穫はこれかもしれない。
「さっそく本日から試してみようと思います。本当にありがとうございました」
「汝に幸福が訪れることをお祈りいたします」
シスターの激励を背に受けて懺悔室を出ると、そのまま聖女様の元へ向かう。
それにしてもいい気分だ。
この金玉の鈍くじんわりと広がる痛みがなくなるとわかったのだ、か……ら……?
……あれ? 俺が教えてもらえたのは性欲を溜めない方法で、この金玉の痛みがすぐになくなる方法ではないのでは?
「……しまった」
目から鱗な解決方法だったから、つい納得してしまったが今の状況は変わりないままだ。
つまり、俺は金玉をパンパンに膨らませたまま聖女様の前に……。
マズイ、マズイ、マズイ。
バレれば不敬罪は確実。
いや、落ち着け、ルーガ・アルディカ。
普通ならば金玉が男の精で満たされ過ぎて崩壊寸前など見抜かれるわけがないんだ。
俺が痛みを顔を出さずに、平常心を努めればなんら問題はない。
「……腹を括るか」
聖女様、申し訳ございません。
日頃からおっぱいに欲情を覚えてしまう未熟な自分をお許しください。
これからは赤ちゃんプレイを利用し、金玉を膨らませない立派な聖騎士を目指します!
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……昨日から汚れた雑念を感じます」
捧げていた祈祷を中断して、劣情のこもった思念が飛んできた方向を見やる。
扉の向こうからやってきた。
そこを通って、私の元へやってくる予定があるのはごく一部の人間のみ。
「……いいえ。今日はあの方もいらっしゃるのでしたね」
ルーガ・アルディカ。
守護騎士団・第六番団に所属する聖騎士。
仲間を守るべく自らの副団長という肩書きを躊躇なく捨てた正義の心を持つお方。
「フフッ……」
リオン団長と共に直訴しにきた時を思い出せば、誰だって笑ってしまう。
『女性の裸に興味があり覗きを働きました! どうか自分を罰してください!!』
そんな風に聖女に土下座をする聖騎士は初めて見た。
リオン団長のアタフタした姿も面白かったが、彼はそれ以上に興味をそそった。
聖騎士隊の権力を握る私に媚びを売る人間は数多く目にしてきたが、その逆はいない。
ましては理由が理由だ。
彼の所作、言葉、なにより深く奥に灯った決意。
それらを読み取れば、ルーガ・アルディカが清く気高い心を持った人間だとすぐにわかる。
だからこそ、今回の調査に適任だと判断を下した。
そして第六番団にいて、女性に手を出さない汚れなき騎士道精神。
まだ若いながら第五番団団長を【加護】の使用無しで倒す実力。
「……あぁ、まさか本当にいるなんて……」
幼き頃に見た理想の聖騎士になり得る逸材がここに……。
弱きを助け、巨悪を挫く。
欲に溺れず、純粋無垢な体を貫き──愛する聖女に尽くす。
昔々、母様に読んでいただいた絵本の出てくる憧れに近しい青年。
今回の風俗街調査は私が彼に贈る試練。
私の予想が正しければ、間違いなくあの魔族が絡んでいる。
もし、あの性欲の権化たちを振り払い、ここを乗り越えられたなら──。
「──アハッ」
……おっと、いけません。
邪念に影響されてしまいましたか。
私は神に身を捧げた聖女。
少なくとも今は訪れた彼が知る仮面を被っていなければ。
「お待たせいたしました、聖女様」
「よく来てくださいました、ルーガ・アルディカ」
このくだらない世界から私を助け出してもらう、その時まで。
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