Episode2-3 少女のお願いは断れない
通された部屋は本当に聖騎士隊の頂点に座する方の私室かと目を疑うほど質素だった。
聖女様はまだお若い。美女ではなく、美少女と形容するのが正しい年齢だ。
少しぐらい着飾りたくなるのが年頃の乙女心だが、それらを一切感じさせない内装。
その中央に立たれている純白のベールをまとった白髪の少女。
青き瞳は宝石のごとくきらめき、見惚れて脳が思考を放棄してしまいそうな美しさを持つ。
この方こそが【聖女】フレア・クレオドール様。
聖騎士隊のトップに代々君臨するクレオドール家の若き当主様である。
「ルーガ団員。ようこそ、私の部屋へ」
「……よろしいのでしょうか。自分のような者が聖女様と二人きりなど」
「構いません。私はあなたを信用しています」
どこでそのような高評価を得たのかわからないが、ありがたいことだ。
感謝の意を示して頭を下げる。
聖女様はゆっくりとこちらに近づき、そっと頬を撫でられる。
「
「……申し訳ありません。聖女様の瞳が美しく、私には直視できません」
嘘である。
聖女様はわざわざ『私の騎士』と家族のように扱ってくださった。
なのに、今の俺はどうだ?
毎日おっぱいの欲にまみれ、金玉をパンパンに膨らませ、これから赤ちゃんプレイをするような男だ。
本来ならば聖女様の前に姿を現すことさえ許されない汚れ切った人間。
このように頭を垂れ、勅命を授かるだけで終わらせたい。
「……そんな情熱的な言葉をくださるほど、あなたは私を好いてくださっているのですね」
「紛れもない事実を申し上げただけでございます」
聖女様の瞳はそれこそ宝玉で作り上げられたと騙られても信じてしまう。
これくらいの誉め言葉は誰でも言っていると思うが……貴族の礼儀作法的にまずかったか?
あまりにお世辞に聞こえすぎてしまったかもしれない。
「失礼しました。私ごときが偉そうに……」
「謝罪はいりません。私は喜んでいるのですよ。今日は会えてよかったと思うほどに。このままお茶でも楽しみたいところでしたが……」
耳元に聖女様の生暖かい吐息を感じる。
「あなたには厳しい任務をこなしてもらわなければなりません」
ほのかに温もりを持つ両手が俺の頬を挟んで、ゆっくりと頭を上げさせる。
「ですから、その前に私の騎士を瞳に焼き付けておきたいワガママを許してくれますね」
「……そういうことでしたら」
「ふふっ。願いを聞き届けてもらえて嬉しいです」
「聖女様……」
なんてお優しい方なんだ……!
これから俺は風俗街へ単身調査に向かう。
聖騎士がわざわざ足を踏み入れるのだから、厄介ごとに巻き込まれるのは確実。
つまり、誰にも死を知られることなく生涯を終える可能性があるのだ。
孤独死は寂しいだろう。恐ろしいだろう。
だが、聖女様だけは『俺のことを覚えておく』とおっしゃってくださっている。
俺なんかのために、ここまで精神を案じてくれるのは心の根元から優しさに満ちた人間しか無理だ。
「ルーガ・アルディカ。必ずや聖女様に成功報告を届けると誓います」
「ええ、期待しています。それでは名残惜しいですがお仕事の話をしましょうか」
聖女様は俺のもとから離れ、分厚い紙が綴じられた束を手に取る。
「ミュザーク元団長が誘致した風俗施設ですが、どうやら魔族が関与しているのではないかという疑惑が浮かび上がってきました」
「風俗街に魔族……もしや」
「お察しの通り、
色欲をつかさどる魔族。
男性の精を好み、干乾びるまで搾り取って殺害する危険な種族だ。
団長は人間とのハーフなので性衝動は薄まっているが、本来ならば定期的に発情期を迎えて精気を摂取するのが定説。
淫夢魔を放っておけば世の中から男性がいなくなり、人類は後継を残せずに消え去っていくだろう。
快楽に溺れたい男がたまに淫夢魔に出会いたいと口にするが、その代償はとてつもなく高くつく。
「発情期を迎えた淫夢魔が人間を装って、集団でやってきたということですか?」
奴らは異常状態の魔法が得意と聞く。
淫夢魔の存在を認識していなければあっさり人間だと勘違いしてしまい、ベッドに連れ込んだら人生終了というのはよくあるケースだ。
「実際に風俗街ができてから男性の死者が増えています。原因は肉体と精神の脆弱化。死亡者のほとんどが風俗街に通っていたそうです」
「恐れながら……事実ならばもっと市民も騒いでいるのでは」
「ミュザーク元団長が報告を握りつぶしていました。そのせいで私たちも気づくのに遅れてしまったわけです」
ミュザークの野郎……。
どこまでも腐った男だ。聖騎士隊に迷惑ばかりかけやがって。
「聖騎士隊としても放っておくわけにはいきません。しかし、乗り込むにしても迅速に場を制圧する必要があります」
当然である。民の平和を守るのが俺たち聖騎士の役目。
これ以上、魔族に好き勝手にはさせない。
だからといって、いきなりの大軍勢で押しかけてしまえば淫夢魔との抗争に発展してしまった場合……大切な民を傷つけてしまう可能性が高いのだ。
故に淫夢魔に悟られることなく、一気呵成に攻め入らなければならない。
「私たちに足りないのは淫夢魔側の情報。これを手にしなければ作戦の立てようがありません」
聖女様はパラパラと束をめくり、途中で手を止めた。
チラリと見えたが、あれは風俗街関連の資料ではなく、俺たち聖騎士隊に所属する団員の一覧表だ。
「聖騎士たちの多くは男性。淫夢魔にとっては格好の餌です。そういう意味では私たちの天敵とも言えます」
ですが、と聖女様は言葉を続ける。
「すでに魔族に顔を知られているリオン団長を起用するわけにもいきません。他の女性聖騎士は……敵地に送り込むのですから、それ相応の実力も兼ね備えている人物が求められるので候補から除外されます」
……なるほどな。
見えてきたぞ、俺が選出された理由が。
「昨年までならば頭を悩めたでしょう。ですが、今の聖騎士隊にはいるではありませんか。あの第六番団に配属されても手を出さない『清き心』を持ち、ミュザーク団長に真っ向から勝負できる正義の聖騎士が」
「…………」
「ルーガ・アルディカ。『性欲が皆無』と噂の私の騎士よ」
「………………」
「風俗街の単身調査。――受けてくださいませんか?」
それ、返事が『はい』と『イエス』しか用意されていません、聖女様。
さらなる地獄が幕を開ける。
聖女様の優しさに感激して意識の外にあった金玉への痛みが、その事実を突きつけるようにぶり返してきた。
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