Episode1-10 聖騎士の一撃 

 絶好調だった。


 それもこれもリオン団長のおっぱいを見れたからだと思う。


 正面から堂々と団長のおっぱいを眺めた経験はほとんどなかった。


 コソコソと偶然の機会をうかがう卑しい男。


 だが、今の俺は違う。


 真なるおっぱいをちゃんと記憶に焼き付けたのだ。


 大きく深く描かれたカーブ。右胸の谷間近くにホクロがあるなんて初めて知った。


「次はあなたの番ですよ、バージ・ミュザーク団長」


 絶対にこんな男に団長のおっぱい……じゃなかったリオン団長を好きにはさせねぇ。


 ――そんなことを考えていたのも過去のことだった。


「…………」


 心臓が張り裂けそうなくらい鼓動が速い。


 一分、一秒でも早く目の前の男を倒す。


 こんな奴が団長であってはならない。


 人の苦しみを喜ぶ人間は聖騎士にあらず。


「どうせ俺が勝つんだ。お前の勝利条件もどうでもいい」


「その言葉。必ず後悔するぞ」


「それは俺の台詞だ。なにせこんな簡単にマイリィを俺の女にできるなんてよぉ」


 感情が暴発しそうなのを必死に歯をかみしめてこらえていた。


 ミュザークの【加護】を俺は知らない。


 この世界において【加護】は切り札的存在。


 誰にも明かさずに秘匿する人間も多いのだ。


 ゆえに初動は見に徹するのが基本とされる。


「人を殺しそうな目をしやがって」


 戦場へと上がってきた奴は腰に差していたサーベルを抜いた。


 キラリと輝きを放つ切っ先は紛れもなく人間を殺せる武器。


 殺る気満々なのはお互い様だろうが。


「ヒロインを守る正義のヒーロー気取りか。そういう男がこの世で一番嫌いなんだよ」


 右半身に構え、サーベルを持つ腕をピンとまっすぐ伸ばしたミュザーク。


 獲物にとびかかる前の獅子のように低く腰を落とした。


 奇妙なスタイルだ。あれでは攻撃の始動が遅くなるし、防御もしにくい。


 出来る限り視野を広く、中心にミュザークの姿を置く形で動きを待つ。


「なぁ、知っているか、モブ野郎。この聖己戦はもう勝敗がついていることに」


 奴は得意げな笑みを浮かべる。


 その様子を鑑みるに相当の自信があるのか。


「お前は先手を取らなければならなかった。基本に忠実。セオリー通りに動いたのがお前の間違いだ。なぜならば」


 瞬間、剣先が目の前まで迫っていた。


「どいつもこいつも最初の一撃で終わりだからよぉ!!」


 剣よりも遅れて奴の声が届く。


 視界を埋め尽くすほど接近する刺突。


 思考が選択肢を選ぶ前に体が反射で首を傾けていた。


「っ……!」


 頬をかすめ、血が舞う。


 わずかだが頬肉をえぐったか。


「ほぉ……! よく避けたな?」


「なっ……!?」


 いつの間にこんな近づいていた?


 さっきまで動き出す前兆はなかったのに。


「おらぁ! ちゃんと味わえよ!」


「んぐっ……!」


 打ち出された蹴り。腹との間に腕を割り込ませて威力を削ぐが、それでも吹き飛ばされる。


 痛みが脳を揺さぶるが、目だけは奴に固定させて離さない。


 間違いなくさっきの一連の攻撃は【加護】を使っている。


 それを見極めなければ俺の勝ちはどんどん遠くなる一方だ。


「オラオラオラオラ!」


「ウォォォォッ!」


 刃をぶつけるたびに激しくなる打ち合い。


 致命傷を避けるが捉えきれない速さにかすり傷が増えていく。


「防戦一方か? やり返してみろ、ハーレム野郎!!」


「……ハーレム野郎?」


「まだいい子ちゃんぶってんのか? 女侍らせてハーレム性活・・! 毎日ヤりまくってさぞ楽しかっただろうなあ!」


「侍らせる……? 毎日ヤってる……?」 


「今から楽しみだぜ! お前の女を俺色に染めてやるのがなぁ!!」


 いままでより一段階ギアが上がった刺突。


 躱すには追いつかない。


 だから、俺は攻撃に合わせて開いた手を突き出した。


「……ふざけるな」


 ポタリ、ポタリと血が滴り落ちる。


 手袋は赤くにじんでいき、ミュザークの剣によって手のひらごと貫かれていた。


 だが、そんなことはどうでもいい。


 こいつは言ってはならないことを口にした。


「もう一度言ってみろ。お前の女? ハーレム性活? あぁ?」


 興奮した脳は痛みを無視する。


 貫かれた手でサーベルの鍔を握りしめた。


「そんなものはなぁ……この世にないんだよ……」


 あるのは自慰も禁止の孤独な禁欲生活。


 おっぱいに囲まれ、ズリネタは毎日提供され続ける。


 そんな地獄みたいな生活だ。


「バカにするなっ!」


「がぁっ!?」


 大きく振りかぶって、顔面へストレートを打ち込む。


 この試合始まって一発目のクリーンヒット。


 全体重を乗せた一撃にミュザークは壁へと叩きつけられた。


 俺はここでの生活が地獄だと思っている。


 初めは【剣聖】になるために我慢しようと決意していたさ。


 だけど、今は違う。


 俺が第六番団にいるのは……!


「俺はみんなが好きだから、ここにいるんだ!!」


 てめぇみたいな簡単にエッチできると思ってるピンク脳とは違うんだよ!


 できないから! おっぱいワンタッチさえギルティだから!


「ぐっ……いきり散らしやがって……!」


「……ふん」


 興奮止まない俺は手からサーベルを抜き、奴へと放り投げる。


「お前の手の内は割れた。お得意の攻撃をやってみろ」


 そう言って、剣を正眼に構える。


 次の交戦でとどめを刺すために。


「その伸びきった鼻を叩き折ってやる」


「……! 舐めるな、クソガキィィィィィ!!」


 怒りに狂ったミュザークが立ち上がって、こちらへ向かって飛び出す。


 それを見て、俺は目を閉じた。


「なっ!? こいつ、バカか!?」


「バカじゃないさ」


 これは俺が第六番団に配属されたから身に付けた技だ。


 おっぱいを見ない。


 シャツの袖からチラ見えする横乳を眺めない。


 汗が流れる谷間をのぞき込まない。


 彼女たちとの日々が作り上げた気配で相手の動きを察知する聖騎士としての新境地。




「――『万乳回避圏ニュー・ワールド』」




 極限まで研ぎ澄まされる神経。


 耳がミュザークの【加護】が発動した音を知らせてくれる。


「お前の【加護】は【剣の伸縮】だ」


「っ!?」


「突きが繰り出されたんじゃない。刃を伸ばし、いかにも速い攻撃が打ち出されたかのように錯覚させる」


 刺突ばかりの攻撃も面ではなく、点で視界に映すことで相手にサーベルが伸びたと気づかせないための工夫。


 でたらめなフォームも相手に錯覚させるために生み出されたもの。


 刃が伸びるだけで体を動かさない攻撃だから予備動作がなく、対応がどうしても遅れてしまう。


 だから、初撃で命を奪われる。


 俺も手のひらを裂かれなければわからなかった。


 明らかに肉が断たれる時間が長かったから思い至れた。


「しかし、タネが分かったなら対処は簡単だ」


 剣で首をガードする。刹那、金属がぶつかり合う甲高い音が鳴った。


「……ほらな?」


「あ、ありえん!? お、俺の【加護】が……こんな奴なんかに!!」


 お前にはわからないだろうな。


 俺が団長たちとキャッキャウフフなハーレム性活を過ごしていると勘違いしているお前には!


「命がけで防げよ、モブ野郎・・・・


 攻撃を避ける技術はもちろん攻撃の精度も格段にアップしている。


 胸には触れない! 尻もダメ! 顔も傷つけてはいけない!


 俺が団長たちとのけいこで許された攻撃箇所はたった一つ。


聖騎士ヒーローの一撃は少しばかり響くぜ」


 力強く石板を蹴って接近する。


「や、やめろ! 来るな来るな来るなぁぁぁ!?」


 刺突の態勢で加速しきったミュザークと思い切り振り抜いた俺の剣が交錯した。


「あがぁぁっ……っ……ぁぁぁ!?」


 胴薙ぎ一閃。


 刃ではなく、面で思い切り叩きつけた。


 骨が砕ける鈍い音が鳴る。両手に重たい衝撃と感触が訪れる。


 ミュザークの耳を劈くような悲鳴が部屋中に響き渡った。


 激痛に耐えきれなかった奴は膝をつき、無防備な背中を晒して倒れ伏す。


 ……こんなのでも団長格の強さを感じた。一歩間違えれば、俺がこうなっていたかもしれない。


 だが、この聖己戦。


「俺の勝ちだ」


 そう告げて、剣を天に掲げた。

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