Episode1-11 男としての尊厳 

「ルーガくん!!」


「ルーガっ!」


「んぐふっ!?」


 リオン団長とカルラさんに飛びつかれて、バランスを崩した俺はそのまま押し倒される。


 ムニュムニュと胸板に押し付けられたダブルっぱい。


 戦いの興奮が収まってきたら、別の興奮が盛り上がってきた。


 盛り上がるな、盛り上がるな!


 せっかく団長たちから密着してくれてるのに気づかれたらジ・エンドだろうが!


「ルーガくん、すごいよ! 本当に……本当にありがとう!」


 団長は今にも泣きそうな表情で感極まったのか抱き着いてくれる。


「よくやった! お手柄だぞ、ルーガ!」


 カルラさんはスッキリした笑顔で頭をクシャクシャと撫でてくれた。


 ……この温かい時間を守れただけでも頑張った甲斐があったというものだ。


「はははっ。ありがとうござい……っ」


 ズキリと鋭い痛みが駆け巡る。


 ああ、そういえば手を刺されたんだったか。


 ぽっかり穴が開いてしまっているだろうな。


「ご、ごめんね! すぐに治療するから!」


 団長は体を起こすと、手袋を外してそっと握った。


 淡い緑の光が傷穴をふさいでいくのがわかる。


「……うん、これで大丈夫。私の手を握ってみて」


 言われた通り、少しずつ力を込める。


 細く、だけど力強さを感じる団長の手。


 彼女も上から手を重ねてくれて、自分の胸元に寄せた。


「よかった……ルーガくんがいなくならなくて……よかったよぉ……!」


 こぼれ落ちる涙。


 それを見て、俺は呆けていた。


 リオン団長は優しく接してくれていたし、自分も良好な関係を紡げていると思っていた。


 でも、それはあくまで同じ仕事仲間としての認識だった。


 自分が考えるよりも俺という存在は彼女の中で大きくなっていたのかもしれない。


 気が付けば泣いているリオン団長の頭を抱えるように抱きしめていた。


「ル、ルーガくん……?」


「……リオン団長」


 俺がふがいないから彼女を泣かせてしまった。


 一瞬でも負けてしまうのではないかと想像させてしまった。


 未熟な自分が悔しく、腹立たしい。


「俺はあなたの笑顔をずっと見ていたい」


「うん……」


「何度でも言います。リオン団長の人を安心させる柔らかな笑みが。凝り固まった心をほぐしてくれる温かな微笑みが。太陽のように元気を与えてくれる笑顔が好きです」


 そっと彼女の涙を指で拭う。


 これが俺のために流す最後の涙だ。


「だから、強くなります。あなたが安心して、笑って出迎えてくれるように。誰にも負けない聖騎士になります」


 新たな目標ができた。


 俺が目指すのはただの【剣聖】じゃない。


 最強無敗の【剣聖】。その遥か彼方の頂に上りつめる。


「……私も」


 ぎゅっと腰に腕が回される。


 大きく跳ねる心臓の音が聞こえてしまいそうだ。


「私も……ルーガくんに相応しい団長になってみせるから」


「ははっ。まずは俺が団長に追いつかなきゃですね」


「絶対に隣に並んでもらうよ。二人で【剣聖】になって、第六番団みんなで魔王を倒すの。……ダメ、かな?」


 ……ずるいなぁ。


 そんな風に上目遣いで尋ねられて断れる男はいないのに。


 初めてリオン団長が慣れないながらも自分の女の子らしさを前面に押し出している瞬間に思わず笑ってしまう。


「やりましょう。俺たちで、みんなで世界を平和に」


「うん……うんっ!」


 リオン団長は満面の笑みでうなずく。


 団長としての威厳を被っていないリオン・マイリィという少女の素顔で。


「じゃあ、その第一歩として……」


 倒れているミュザークを見やる。


「目の前の悪を浄化するとしましょうか」


 俺たちの様子をほほえましく眺めていたカルラさんやミア先輩、ラフィアさんを呼び寄せる。


 そして、思いついていた作戦を伝えた。


 聞いた彼女たちはポカンと目を点にした後、お腹を押さえて笑う。


「いいぜ。多分一人ぐらいいるだろうからもらってくるわ」


「任せてくださいまし。すぐに用意しますわよ」


「副団長に頼りっぱなしも悪いもんね」


「ちゃんと後で弁償しますので、よろしくお願いします」


 これで準備は完了。あとはミュザークが起きるのを待つだけだ。




    ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「うわぁぁぁぁぁっ!?」


 恐ろしい夢を見て、目が覚める。


 見慣れぬ天井。


「ど、どこだ、ここはっ……ぐぉ……!」


 起き上がると激痛が走る。


 腹をさすると包帯がグルグルと乱雑に巻かれている。


 ……そうだ。思い出した。


 俺はあのモブ野郎と聖己戦をして……。


「負けた、のか……」


 ズキズキと嫌でも響く痛みがその事実を証明している。


 負けを受け入れ、まず沸きあがってきたのは怒り。


 俺の覇道が邪魔された。楽に明るい未来を手にするプランが崩れ去った。


 それも聖騎士になりたての若造によって。


「ルーガ・アルディカァァ……」


 あいつに出会ってから散々な目にしか遭わなかった。


 聖己戦の結果は絶対。


 どれだけ金を積もうとも覆らない聖騎士隊において不可侵の領域。


 何時間寝ていたかわからないが、もうすでに大聖堂にいる聖女のもとに一報が届いているだろう。


 奴が求めたのは全ての騎士の前で犯した罪を詫びること。


 つまり、俺の人生は詰みだ。


 第二番団のあのデブ親父もあっさり切り捨てるに違いない。


「だったら……!」


 壊してやる。少しでも奴らが苦しむようにやり返してやる。


 ただでは絶対に終わらねぇぞ……!


 復讐に燃える心が痛みを抑え、俺を突き動かす。


 そして、さっそくその一手を見つけた。


「捨てる神あれば拾う神あり、だな」


 カーテンで仕切られた隣のベッドに眠っている女がいた。


 こちらに背中を向けているので顔は見えないがどうでもいい。


 女であるという事実が大切。


 そういえば交流試合の時、ビビっている女の片割れが同じ桃色髪だったな。


「クククッ。恨むならお前の団長を恨めよぉ?」


 勝利に油断したあいつらの落ち度だ。


 やるなら徹底的に縄で縛り付けておくべきだった。


 結局は女の団長。


 その甘さがお前を地獄へ突き落すんだぜ、マイリィ


 カチャカチャとベルトを外し、ズボンを脱ぎ捨てる。


 そして、寝ている女の腰にまたがった。


「楽しませてくれよぉ! お前の泣きわめく顔でな!」


「それは俺も楽しみだな」


「……へ?」


「ん? どうした? やらないのか? なら、こっちから攻めるとしよう」


「ぐぉっ!?」


 背中に膝蹴りを入れられた俺はあっけなく腕を掴まれ、組み伏せられる。


 痛みのせいで力も入らずほどくこともできない。


 関節をキメて、逆にマウントを取った奴はその桃色のカツラを投げ捨てる。


「て、てめぇ! どうしてここに!?」


「決まってるだろ。お前をハメにきたんだよ」


「は、はぁ!? 何言ってんだよ! 気が狂ったか!?」


「そっちこそ思い出せよ。お前がここに来てから俺が言ったことを」


 脳裏をよぎるアルディカの発言。


『ミュザーク団長はご存知でしょうか? 自分が男色家という噂を』


 キュっとケツが勝手に引き締まった。


「――はっ!? ま、まさかお前本当に……!?」


「……ふふっ」


「……っ!? あぁ……ぁぁ……!?」


「安心してください。ちゃんと初心者の団長向けに道具を用意していますから」


 そう言って奴はどこからかピンク色の物体を取り出す。


 まるで俺の股間についているアレのような形をしていた。


 それを認識した瞬間に自分がナニをされるのかを察する。


「嫌だ嫌だ嫌だ!! やめてくれ! それだけはっ! そんなのされたら壊れちまう!!」


「お前はその言葉を聞いてもやめてこなかったんだろう。ダメだなぁ。自分ができないことを他人に求めたら。そんな都合のいい話があってたまるか」


「頼む! なんでもする! 金も地位も全てお前にやるから! それだけは……! それだけは勘弁してくれ!」


「最初にレイプしようと襲い掛かってきたのはそっちですから。因果応報。諦めて受け入れてください」


 タラリと何かヌルヌルした液体が尻に垂らされた。


 尊厳が! 男として大切な何かを失ってしまう! 


 アレを入れられたら俺が俺ではなくなってしまうと確信できる。


 だから、それだけは……それだけは奪わないで――


「それじゃあ、いきますよ!」


「――んおぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」


 ブスリと異物が侵入してくる感覚を覚える。


 今までに出したことのない絶叫を上げて、俺は意識を手放した。




「……ふぅ。これでもう女性に悪さはしないだろう」










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