Episode1-9 強者の振る舞い 

「リオン団長。俺を先鋒にしてください」


 一週間前、ルーガくんが私に提案してきたのは彼の身を削った作戦だった。


 聖己戦デュエル制度を利用してくるのは明白。


 だからこそ、私も自分の体を差し出す――無論抵抗はするが――覚悟もしていたのだが。


 嘘偽りの犯罪行為をでっちあげて降格させる。


 考えても実行する人はいないだろう。間違いなくミュザークの裏をかける。


 でも、それは彼の未来を犠牲にする行為だ。


 上司である団長の私が承認するわけにはいかない。


 なのに、彼は反対されるのをわかって魔法の言葉を使った。


「受け入れてくださらないなら……俺はあなたのおっぱいを揉みます」


 普段の彼からは考えられない言葉と視線。


 今までにないくらいルーガくんは堂々と私の胸元を凝視している。


 私に嫌われてでも第六番団を守る覚悟。彼は本当にすべてを投げ捨てて立ち向かおうとしてくれているのだ。


 そこまでお膳立てされてしまっては、私も受けるしかない。


 唯一の権力者である私まで彼を見捨ててしまえば、正義の聖騎士は誰にも称えられることなく消え去ってしまう。


 それこそ絶対に許されない未来。私が彼の夢までの道をつなぎとめるのだ。


 戦闘面でもある程度の結果は計算できるのも大きい。


 彼が高い実力を有しているのは知っていたから。


 だけど、まさか――。


「ここまでだなんて……」


 全戦全勝。


【加護】を使わない状態での圧勝。


 次々と積み上げられていく気を失った第五番団の団員たち。


「次はあなたの番ですよ、バージ・ミュザーク団長」


 汚れ一つない美しき白色の隊服をはためかせながら、ルーガくんはミュザークへと剣を向ける。


「す、すご……」


「ウチらの副団長があそこまで強いなんて……」


「へっ……さすがアタシが認めた男だ」


 普段の優しい青少年から想像できない迫力に二人は驚きを隠せない。


 カルラは我がことのように嬉しそうだ。


 ミュザークは……。


「…………」


 うつむいているせいで表情がわからない。


 だけど、間違いなくダメージは与えられているはず。


 なにせ副団長までもが数分のうちにダウンさせられているのだから。


 ミュザークといえど多少の動揺は……!?


「ククク……ハハハハハ!!」


 肩を震わせ、こみあげる笑い声を漏らす。


 声量はだんだんと大きくなっていき、ついには天を見上げてこだまさせた。


「愉快な奴らめ。そんな雑魚どもを倒していい気分になってるらしい」


「なんですって?」


「お前らは知らねぇだろうから教えてやるよ。今回俺が連れてきたこいつらは実力で選ばれたメンツじゃない。俺に金を積み上げた上位4人を選んだのさ。第六番団の好きな女抱かせてやるからってそそのかしてなぁ!!」


 ついに本音を一切隠さずに喋り始める始末。


 わかっていたとはいえ気持ち悪い。


 獲物を射貫く三白眼も、ケタケタと笑う悪魔の表情も。


「つまり、お前がいい気になって倒したそいつらは端から戦力に入れてないんだよ」


「だが、残りはあなただけなのも変わらない事実だ」


「まだわからねぇのか。俺は俺一人だけでお前ら全員を倒せるって言ってんだ」


「ペラペラと……弱い犬ほどよく吠える。聖騎士ならば剣で語ればどうです?」


「……てめぇ、ただの団員の癖に誰に口答えしているんだ?」


「っ……!」


 あんなに余裕を持っていたルーガくんの表情が険しくなる。


 おそらく彼が初めてまともにぶつけられたミュザークの威圧感。


 本当の実力を隠して、いざという場面で効率的に使う。


 団長格のプレッシャーを受けても退かずに立っているだけで褒められる。


 現にミアとラフィアは足がすくんで座り込んでしまった。


「おお、わりぃわりぃ。なんせお前らは男が怖いんだったよな。トラウマでもほじくり返してしまったか?」


「……何が言いたいの?」


「いやいや、なんでもねぇよ。そこの二人は……確か故郷で盗賊に襲われたんだったよな。聖騎士が発見するまで何度も蹂躙されて――」


「てめぇ!!」


 仲間を貶められて一気に怒りのボルテージが上がるカルラ。


 とびかからんばかりの勢いで飛び出した彼女の動きを止めたのもまたミュザークの言葉だった。


「なんだ、変態親父はんざいしゃのガキ」


「なっ……!?」


「かわいそうだよなぁ。まさか実の親父にレイプ未遂されるなんてさ。それがきっかけで家庭崩壊。母親にも憎まれて生きてきた。仕方ない。お前は悪くなかったさ。正当防衛なんだから。お前は気にする必要なんてない」

 

「黙りなさい!!」


 この男……私たちの過去をすべて知っている。


 どこから? いや、今はどうでもいい。


 これ以上、語らせるわけにはいかない。


「おお、こわっ。そう怒んなって。俺はただ事実を話しただけさ」


「ふざけないで! これはただの交流試合のはずよ! そんなことする必要がないでしょう!!」


「ぎゃあぎゃあ騒ぐなよ。……それとも、もしかして……お前も知られたくない過去があるとか……?」


 ドクンと心臓が跳ねた。


 ……まさか。まさかまさか。


 こいつはアレを知っている……? 


 私がすべての男性から欲望を向けられる原因でもあるアレを……。


「ギャハハッ! そうだ! その顔が見たかったんだよ、俺は!!」


 口が止まってしまった私を見て、ニヤリと笑う。


「知ってるぜぇ、マイリィ。お前が隠したい秘密を。ダメだよなぁ、ちゃんとこういうのは伝えておかないと」


「……や、やめ……っ!」


「お前の母親は人間じゃなくて、淫夢魔サキュ――――」


 ――パシンと何かが叩きつけられた音が鳴る。


 見やれば、ミュザークの顔に第六番団の刺繍が施された手袋が当たっていた。


「拾えよ」


 団のエンブレムが入った手袋を投げつける、その行為が指す意味は一つ。


「やろうぜ、聖己戦」


 ルーガくんの瞳が燃え盛る怒りで揺れている。


 理性で抑えようとしても、心が言うことを聞いていない。


「……ハハッ。こいつ本物のバカか!? こんな簡単な挑発に引っ掛かりやがった!!」


「拾えって言ったのがわからないのか」


「……ははぁん? よほどひどい最期を迎えたいらしいな」


 空気を読まずに一刀両断する彼の声がミュザークに冷や水を浴びせる。


 罠にルーガくんがハマり、愉快な気分だった男に殺気がたぎっていた。


「お似合いだろう。お前みたいな男はしゃがんで頭身低く生きていた方がな」


「……ふん、いいだろう。なら、お望み通り……!」


 手袋を蹴り上げ、ルーガくんへ返すミュザーク。


 合意の証。これで二人の聖己戦は決定された。


 あの男は私たちの秘密をどこからか知り得ている。


 それだけじゃない。


 ルーガくんの性格、行動パターンまで把握済み。


 だから、初めから慌てていなかったのだ。傍若無人な振る舞いもできた。


 どう転んでも私たちに要求をのませる手段を持っていたから。


「いいか? 俺が望むことは」


「言わなくていい」


「……あぁ?」




「これ以上、お前の下世話な欲望を聞く必要はないから」



「……お前が勝ったときの条件はなんでも飲んでやる。だが、俺が勝った暁には――」



「――犯したすべての罪を全聖騎士の前で詫びてもらう」



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