Episode1-7 長身スレンダー系後輩チョロイン
新人聖騎士のマドカちゃんが配属されて一週間。
私は自分の判断が間違いではなかったことに満足していた。
「いいぞ、マドカ! もう一本打ち込んで来い!」
「はいっ! あぁぁぁ!」
全体練習のあと、ルーガくんとマドカちゃんが残って個人練習を行っていた。
指導の声には熱がこもり、二人とも有意義な時間を過ごしているのだろう。
木刀を打ち合う音が心地よい。
「ルーガくんも初めての後輩でやる気満々ね」
彼もいちばん年下ながら副団長というポジションで頑張っている。
自分よりも年上に囲まれて気疲れもあったはずだ。
年下の仲間ができて毎日付きっきりで稽古、書類仕事のやり方まで教えている。
プライベートでも親交を深めているのか、マドカちゃんもよくルーガくんにくっついているし。
彼女だけじゃない。
第六番団の子たちも、あのカルラまでもルーガくんが来てから笑顔が増えた。
「ふふっ、お菓子でも用意しておきましょう」
頑張る二人のご褒美を考えながら私も仕事に戻る。
「……私も頑張らないとね」
みんなの幸せを守るために私は考えなければならない。
交流試合で団長として取るべき行動を。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
めっちゃいい子だ、この子!!
マドカ・ルシャール。
片目が隠れるアシンメトリーな前髪とポニーテールが似合う女の子。
「ふっ! やぁぁっ!」
俺を倒さんとばかりの鋭い目つきもいい。
強き意志が灯っている。
練習は本番の気持ちで、本番は練習の気持ちで。
よく言われる教訓だが、普段から意識して心がけている人間は少ない。
しかし、彼女はそれができている。
「いいぞ! 実戦のつもりでどんどん打ち込んで来い!」
「はい! 先輩!」
幼いころから剣に触れてきたのだろう。
理解が深い。
振り方で剣がどんな動きをするか、ちゃんとわかって剣戟に臨んでいる。
だが、なによりも!
「はぁっ! んんっ! たぁぁぁっ!!」
揺れない!!
清々しいまでの絶壁!
おかげで目を開けてちゃんと打ち合えている。
これだよ、これ! 俺が守護騎士団に求めていた鍛錬っていうのは!
目を閉じて『気配を察し、心眼で戦っています』とか言っていた俺の気持ちがわかるか?
団長の振り下ろした剣が耳のそばを通って、その風圧を肌で直に感じる恐怖が想像できるか?
とにかく心が乱れる恐れがないのだ。
もちろん貧乳だから魅力がないというわけではない。
俺には及ばないとはいえ一般男聖騎士よりも高い身長を持つ彼女のスタイルは美しい。
可愛いよりも綺麗の誉め言葉が似合うタイプ。
俺の救世主となった彼女は生真面目で指示にも従ってくれるのでとてもやりやすい。
このまま鍛錬を積めばある程度まではすぐにたどり着くだろう。
「くっ……! なら、これでどうですか!?」
あれだけ動いても一振りの鋭さが落ちていない。
体力も十分。予想通りの逸材だ。
俺は剣をあえて受けると発生した衝撃を手首を回して後ろへ流す。
力をぶつける場所を失い、前のめりになったところを足払い。
マドカは急いで体勢を立て直そうとするも、すでに木刀を首元に当てている。
この打ち合いの終わりを告げていた。
「今日はここまで。お疲れ様、マドカ」
「はい! ありがとうございました!」
「マドカは筋がいい。これならすぐに結果はついてくる」
「そんな……自分はまだまだです」
「そんなことないさ。俺もうかうかしてられないな」
ポンポンと彼女の頭をなでる。
すると、マドカはくすぐったそうに身をよじらせた。
「せ、先輩……」
「あ、悪い。どうも故郷にいた頃の癖で……嫌だったよな」
「い、いえ! そんなことは!」
「ははっ、気遣ってくれてありがとう。汗と土を落としておいで」
コクコクとマドカはうなずく。
うーん、やらかしてしまった。
つい幼馴染と同じ対応をしてしまった。
なんかあいつと雰囲気が似てるところあるんだよな。子犬みたいな感じで。
「そのあとは執務室に来るように。いいね?」
「はいっ。それでは失礼します」
礼をすると、マドカは駆け足でシャワー室へと向かう。
うん。これでリオン団長と二人きりになれる時間ができた。
「さてと……」
ここ最近、元気のない団長とゆっくりお話をするとしようか。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「はぁぁ……気持ちいい」
運動の後の汗を流す瞬間はどうしてこんなに心地いいのだろう。
中身のある鍛錬のあとならば何倍にも感じる。
「ルーガ先輩……」
先輩はすべてを預けてしまえるような魅力を感じた初めての男性だった。
入団初日の出来事は簡単に思い出せる。
私は王都から遠く離れた辺境貴族の家に生まれた。
血のつながった家族は男ばかりで、私も兄たちと同じ育て方をされた。
そのせいか体の発達が早く、気が付けば10の頃には兄と肩を並べ、12で越してしまうほどに。
私にそんなつもりはなくても体が大きいだけで人間は恐怖を覚える。
故に付けられたあだ名が【怪物】。
田舎では異端は露骨に排除される。
父も、兄もどこか私に対してよそよそしくなっていく。
私を産んですぐに母が死んでしまったのも相まって、私は【怪物】の子となった。
人間ではないモノを見る目が怖かった。
だけど、それは田舎の狭い世界だけの話で外に出れば私も普通なんだと言い聞かせた。
ささやかな希望を胸に私は王都へと繰り出し、生きるために聖騎士隊の入団試験を受ける。
私の剣の腕が最も活かせる名誉ある職業。
多少の苦戦はあったが、幼少からずっと剣で戯れていた経験が私を合格へと導いてくれた。
そして、私が配属されたのは『地獄』と呼ばれる守護騎士団・第六番団。
……上手くやれるだろうか。
「……最初からクヨクヨしてはいけない」
グッとこぶしを握り締めて、勇気を振り絞る。
精神を落ち着けて、扉をノックした。
「本日から第六番団に配属されます、マドカ・ルシャールです」
「どうぞ。入ってきてください」
「失礼します」
中に入ると、一人の男性が立っていた。
私と同じ黒髪黒眼の彼の顔を見上げる。
……見上げる?
えっ……わ、私よりも大きい……!!
「どうかしたか?」
「い、いえ、なんでもありません!」
言えない。
私よりも大きい人を初めて見たから驚いていましたなんて……失礼すぎる。
「言いたいことがあるならはっきり言って構わないぞ」
力強い眼力が私を逃がさない。
あぁ……うぅ……と情けなく言いよどむが、私は情けなく感じたことをそのまま告げる。
入団初日から怒られてしまう。
――そう思っていたのだが、聞こえたのは怒声ではなく笑い声だった。
「なんだ、そんなことか。……凝視していたのがバレたかと思った」
「え、えっと……」
「ああ、ごめん。大丈夫。俺はそんなの気にしないから。……きっと君が似た思いをしてきたから気を遣ってくれたんだよな」
彼はかがんで目線を合わせると、緊張して固まっていた私に微笑んでくれる。
「君の教育係を頼まれた副団長のルーガ・アルディカだ。これからよろしく頼むよ、マドカ・ルシャールさん」
それは久しぶりに向けられた
「こ、こちらこそよろしくお願いします、アルディカ副団長!」
「そんなにかしこまらなくても問題ないよ。俺の呼び名もルーガで。副団長なんて堅苦しい役職もいらないからさ。仲良くやっていこう」
「で、では、私もマドカで!」
「わかった。よろしく、マドカ」
ルーガ先輩が差し出してくれた手を握り返す。
忘れかけていた温もりを感じる。
「…………」
「……マドカ?」
「っ……! す、すみません! すぐにやめます!」
気が付けば感傷に浸って先輩の手を握りっぱなしだった。
慌てて手を離そうとするが、今度は先輩がぎゅっと力を込めている。
「ル、ルーガ先輩?」
「いま団長は席を外しているから、
予想外の提案にブンブンと私は首を縦に振る。
それから私にとって夢のような時間が続いた。
「マドカ。よかったら、今度から俺と稽古のペアを組んでくれるか?」
【怪物】と呼ばれない。
「マドカ。悩みがあったら何でも相談するんだぞ」
私の瞳を見て、話してくれる。
「マドカ。本当に第六番団に来てくれてありがとう」
あっ、私、この人が好きだ。
出会って一日目。私はあっさりと初恋を抱いた。
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