Episode1-6 俺の正義のために


 団長会議とは月に一度、第一から第六番団までの団長が集結して行われる定例会議。


 原則として参加できるのは聖女様と団長格のみで副団長でさえ参加は許されない。


 私はあまりこの集まりが好きじゃない。


 全くもって恥ずかしいけど聖騎士隊は一部が腐っている疑惑がある。


 特に長く団長の座が変わっていない第二番団。あとはあそこと懇意にしている第五番団。


 第五番団はもともと人間的に好きじゃないけれど。


 奴は昔から何かと絡んでくる。腰に触れようとしたり、肩を抱こうとしたり。


 夜の酒の席の誘いもよくしてくる性欲に従って生きているような男。


 今日もジロジロと好き勝手に欲望をぶつけてきて……肌はさらしていないが体の向きを変えて胸を隠した。


 まったく……ルーガくんを見習ってほしいものだ。


 我が団に入った新しい副団長の彼はまさに私が異性に求める理想像。


 仕事よし、性格よし、実力よし。


 たまにおかしな行動をとるけど団全体の雰囲気も明るくなっている。


 そんな彼が推薦してきた新人は確保しておきたい。


「それではこのマドカ・ルシャールは第六番団配属と致します。よろしいですね、リオン団長」


「はい。必ずや立派な聖騎士に育て上げてみせます」


 聖女様から直々のお言葉。


 これは聖騎士隊としての最終決定であり、一部の例外を除いて逆らうことは許されない。


 うん……これでまた多くの人々を守ることができる。


 さて、いつも通りなら今日の議題は終わりだけど……。


『…………』


 誰も去ろうとしない。


 つまり、まだ何か話があるということ。


 ……嫌な予感がする。


「……リオン団長。あなたにはもう一つ知らせねばならない報告があります」


 純白のベールを覆った聖女様がこちらを向く。


 見え隠れしている青の瞳が申し訳なさそうに伏せられた。


「今年の交流試合は例年と違い、第四番団ではなく第五番団と行ってもらいます」


「……っ!?」


 バッとあの男を見るとニヤニヤといけ好かない面をしていた。


 ……バージ・ミュザーク。


 こいつ、私たちを狙って企んでいたな。


「おーおー、怖い顔しやがって。せっかくの別嬪が台無しだぜ?」


「……理由をお聞かせ願いますでしょうか、聖女様」


「それなら俺が説明してやるよ」


「あなたには尋ねていません。……聖女様」


 聖女様は私たち第六番団の事情を知っていらっしゃる。


 だから、今までも融通を利かせて比較的マシな第四番団と組ませてくれていたのに……。


 聖女様でも意見を通せないとなれば……まさか。


「献金……ですか?」


「そうだよ。俺たち第五番団は自分たちで稼いだ利益から大量の献金をしたのさ」


「なにが稼いだ利益ですか。風俗街でしょう。それもわざわざ外部から勧誘までしたつながりのあるところばかり」


 ミュザークはもともとあった商業街をつぶし、自分たちにとってうまみのある風俗街を作り上げた。


 力と権力での強制退去はよく聞く噂だ。


 しかし、奴がまだ聖騎士を続けられているのは明確な証拠がないから。


 とにかくこいつが団長を務める第五番団と交流試合をすることは避けたい。


 部下は守らなければならない。


 ……だが、聖女様のお言葉は絶対。


 覆すにはミュザークよりも聖騎士隊に利益をもたらす必要がある。


 現状、そんな大金は第六番団になかった。


「第二番団のジャラク団長も賛成してくださったよ。第六番団はもっと他所と交流を持たなきゃ」


「あなたね……!」


「ん? なにか言いたいことでもあるのか、マイリィ団長さん?」


「っ……。聖女様」


「…………」


「……謹んでお受けいたします」


 交流試合は二週間後。


 どうにかして最悪の事態を回避する策を考えなければ。


 ……この身を犠牲にしたとしても。



 

     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 本日は団長会議だ。


 王都中心部にある大聖堂で行われている。


 俺は参加できないので部屋の外で待っていた。


 将来【剣聖】を目指している俺に団長クラスの人間の強さを知っておくチャンスだと連れてきてくれたのだ。


 会議室に入ってすでに一時間。


 そろそろ終わるだろうか……。


 扉を見つめていると中からゾロゾロと人が出てくる。


「……へぇ、なるほど」


 一目でその実力差がわかる。


 離れたここからでも威圧感を肌にヒシヒシと感じる者もいれば、逆に倒せそうだと思える人もいる。


 特に赤と白のラインがまじりあった団服を着ている大柄の男――第一番団団長、オルガ・バークシップ。


 確実に一人だけ桁外れの圧をまとっていた。


 ……来てよかった。


 自分の立ち位置がおおよそ把握できたから。


「……さて、リオン団長は……ん?」


 なんだ、あの紫髪の長身の男。


 やたら団長に話しかけて絡んでいる。


 その表情は愉悦に歪み、目線はわかりやすく団長の胸に注がれていた。


 そこまでわかればためらう理由はない。


 俺は団長の名前を呼びながら駆け寄る。


「お疲れ様です、リオン団長!」


「……あん?」


「あっ、ルーガ副団長。ごめんなさい、待たせちゃったね」


「いえ、有意義な時間でした。さぁ、午後の仕事もありますし帰りましょうか」


 そう言って団長のうしろにまわり、背中を押す形で間に割って入る。


 当然面白くない紫男が俺の肩を掴んで制止してきた。


「おい、待てよ。なに勝手に帰ろうとしてんだよ」


 わかりやすいくらいの直情型。


 口よりも先に手が出るタイプ。


 これなら誘導もしやすい。


「俺がマイリィ誘ってんだからモブは引っ込んでろよ」


「そういうわけにはいきません。自分たちはこれから用事がありますので」


「団長である俺との会話より大事な用事があるのか? あぁ?」


「えぇ。あなたよりも大切な我が第六番団に関する用事です。そもそもこちらが先約。ですので、申し訳ありませんが……」


 言葉を濁して俺は出口を指さす。


 それが示唆する内容を理解した紫男の額に青筋が入った。


「てめぇ……調子に乗るんじゃねぇぞ!」


 ――釣れた。


 剣ではなく拳での攻撃。


 これを受け流して投げ飛ばす……!


 シミュレーションした通りに動こうとし――澄んだ透明な声が俺たちを止めた。


「――おやめなさい」


 はっきりと意識を持っていかれる感覚があった。


 強制? 命令? どんな効果があるかはわからないが、強力な【加護】だと予測できる。


 声の主は顔をベールで隠しているけど、聖騎士ならば誰でもわかる存在。


 聖女様。


 聖騎士隊のトップに君臨するお方。


「大聖堂での私闘は禁止されています。聖騎士ならば規律をお守りください」


 紫男とにらみ合うこと数秒。


 先に手を引いたのはあちら側だった。


「運が良かったな、モブ野郎。今日はこの辺にしておいてやるよ」


「…………」


「また今度を楽しみにしていろ。泣きわめいても終わらねぇからな」


 捨て台詞を言い終えた男は舌打ちすると、大聖堂から去る。


 後ろ姿が見えなくなったのを確認すると、聖女様に頭を下げた。


 彼女は小さく手を振り返してくれると、俺たちとは反対方向へと歩いていく。


「……ふぅ。大丈夫でしたか、リオン団長」


「こちらこそごめんね。迷惑かけちゃって……」


「あれくらい気にしていませんから大丈夫ですよ」


「ううん、そうじゃなくて……その……」


 何かを言いよどむリオン団長。


 ……あぁ、もしかして俺がよその団長と険悪な仲になったのを気に病んでくれているのか。


【剣聖】の前提条件である団長になるには聖女様含む4人の賛成票が必要だから。


 でも、俺に後悔はない。


 あの状況を見逃す男が【剣聖】になんてなれるわけがないのだ。


 俺は俺の正義のために動いた。


 リオン団長の責任はどこにもない。


「それよりどうでした? 新人の彼女は確保できましたか?」


「う、うん。……それでね。急な話なんだけど……」


「なんでしょう?」


「ルーガくんに教育係を頼みたいの」


「……俺でいいんですか?」


 俺の問いかけにリオン団長はうなずく。


 ただ元気がないのか胸は縦に揺れなかった。


「わかりました! ルーガ・アルティガ。必ずやリオン団長の期待に応えてみせます!」


「……ふふっ、ありがとう」


 大げさな俺の敬礼にクスリと笑声を漏らすリオン団長。


 この笑顔が見れるのならば、俺のメンタルくらいいくらでも犠牲にできる。


 ただ俺のささやかな願いが届くのであれば巨乳じゃありませんように。


 ワガママは言いません。


 巨乳ではありませんように。


 ……でも、きっとビックマウンテンな胸の持ち主なんだろうなぁ。


 だって、うちの団に入ってくるんだもん。


 腕っぷしが強い女性はみんな巨乳なのだ。


「明日には着任するらしいから楽しみにしておいて」


 ふふ……本当に俺がどうなってしまうのか楽しみだ……。







 ◇あとがき◇

 作者はNTRとかの類が大嫌いですので、そういう展開はありません。絶対に。

 なので、安心してこれからも読んでいただければと思います。

 あとルーガくんにちゃんと主人公してもらいます。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る