Episode1-4 己を犠牲に乗り越える

 守護騎士団の仕事は何も魔族狩りだけではない。


 王都内での犯罪も取り締まっている。


 六つの区画に分けてそれぞれが担当地区を巡察しているのだ。


 女性が占めるので勘違いされても困るが第六番団の逮捕率は守護騎士団でもトップを誇っている。


 各々が実力を発揮できる班員構成、ルート、時間帯をきっちりと管理している努力のたまもの。


 その緻密なスケジュールを練っているのはほかならぬ団長自身。


 彼女は才能を兼ね備えた努力人なのである。


「リオン団長。こちらが次の入団候補生です。目を通しておいていただけますか?」


「この時期に? えらく早いね」


「養成学園からではなく一般入団テストの合格者です。まだ若い女性ですから、うちで保護するのがいいでしょう」


「だねぇ。わかりました。今度の団長会議で聖女様に根回ししておきましょう」


「よろしくお願いします」


 養成学園を通さない入団テストは当然ハードルが高くなる。


 それを超えてきた優秀な人材だ。


 ぜひとも第六番団に欲しい。


「それにしても……」


 団長の視線が机にこんもりと積まれた書類に注がれる。


「今日も大量で嫌になっちゃいそう」


「この時期は新人入団、編成や予算の割り振り……たくさんすることがありますから仕方ありませんね」


「本当にルーガ副団長が優秀で助かってます。去年まで私一人でやってきたのよ?」


 そういえば副団長はしばらく空席だったか。


 あまり踏み込んでいい話題でもないし、理由は尋ねないでおこう。


「未熟な自分でよければ最後までお供します」


「ふふっ、ありがとう。でも、どうしても肩は凝っちゃうのよね」


 そう言った彼女は机に自分の胸をタプンと乗せた。


 ダラリと突っ伏しているせいでおっぱいが挟まれ、体に隠れきらずはみ出してしまっている。


 今日のお昼ご飯はサンドイッチにするか。


「ちょうどいい時間ですし、昼休憩にしましょうか」


 なんとか勃たせずに席を立ち、この場から避難することに決めた俺は併設されたキッチンへ向かう。


 風と水の魔法を利用した魔導具を開ければ色とりどりの食材がしまわれていた。


「うぅ……ごめんなさい、ルーガくん。同じメニューでいいから私の分もお願いしていい?」


「わかりました。用意します」


「食後は紅茶が飲みたいなぁ。淹れてくれる?」


「お安い御用です。団長の好きないつもの茶葉ですね」


「それからマッサージも。こんな重い肩では作業が捗らないから」


「任せてください。腕によりをかけますよ」


 えっと、サンドイッチ作ったら甘さ控えめの紅茶を準備して、リラックスした状態の団長をマッサージ……ん?


 んん? おかしいのが混ざってるな。


「リオン団長」


「なにかな? サンドイッチだと嬉しいよ」


「そのつもりです……いや、そうではなく! 自分がマッサージですか?」


「何かおかしなこと言った?」


「……女性はあまり体に触れられるのは好まないと聞いていますが」


「ルーガくんならいいですよ。それに練習後もストレッチなど体のケアを怠らないと団員たちから聞いています。なので、その腕を披露してもらおうかと」


「あのですね、あまり男性に易々と肌を触れさせるのは」


「あなただけです」


 リオン団長は俺の瞳を捉えてもう一度はっきりと口にする。


「私がこんなことを頼むのはルーガくんだけですよ」


 ……はっ!?


 あ、危なかった……。思わず好きになるところだった……。


 聖騎士として童貞を守り続けている俺には刺激が強すぎる。(別に守る必要はない)


 まったく……リオン団長はどれだけ自分が魅力をその身に抱擁しているか理解していない節がある。


 揶揄われているのか。天然での言動なのか。


「……後者だろうなぁ」


「何か言いましたか?」


「そろそろ完成しますので書類を片づけておいてください」


「はーい」


 トマト、レタス、チーズ、ハム。


 定番の食材を挟んで対角線に切れば完成だ。


 団長は見た目に似合わずよく食べる人。彼女のお皿には多めに盛り付けて……と。


 その栄養が全て胸にいっているのは誰にでもわかる。


「できましたよ」


 本当にレシピ通りだが、これがいちばん。


 シンプルなメニューは変に手間を加えないのが美味しく仕上げるコツ。


「うんうん、美味しいよ」


 パクパク頬張る団長を見ると、こちらまで嬉しい気持ちになる。


 彼女も俺とほとんど年齢は変わらないのに俺よりも大きな期待と責任を背負っている。


 前は忙しくて昼食もよく抜いていたらしいが、副団長に就いたからにはそんなことさせないつもりだ。


 あとはタイミングを考えて話題を逸らすだけ……。


「ふぅ……お腹いっぱいだよ」


「お粗末さまです。洗っておきますね」


「じゃあ、ソファで待ってるから」


「…………はい」


 さらっと席に戻ろうと思っていたが先回りされては逃げ道がない。


 こうなればさっさと終わらせるに限る。


 団長に気持ちよくなって満足してもらおう。


 執務室へ戻ると、団長はリラックスした姿勢で寝転がっていた。


「とりあえず肩をお願いします」


「リオン団長。申し訳ないですが座ってください」


「やりにくいなら馬乗りしてもらって大丈夫ですよ?」


「ダメです」


 そんなことしたら固くなった部分で俺は速攻でギルティ。


「むぅ。仕方ありませんね」


 諦めた団長は体を起こして、脱力した状態だ。


 俺も安心してソファの裏側に回る……が、ダメ!


 これ後ろに行っても谷間が丸見えだ!


 所狭しと詰められたムチムチおっぱいに思わず目が釘付けになってしまう。


「どうですか?」


 どうですか!? これ何の感想求められてるんだ……?


 視界に入ってくるのは団長の巨乳山脈のみ。


 おっぱい……? おっぱいか……?


「……素晴らしいです」


「でしょう? 私もケアは怠っていませんからね。ルーガくんと一緒です」


「……? 俺はしてませんよ?」


「もうっ。この期に及んで足掻いてもダメです。ちゃんと肩の調子も整えているんでしょう?」


「あ、ああっ! してますしてます! すみません、少し緊張してしまって……」


「……ふふっ、心配いりませんよ。失敗しても怒ったりしませんから」


 団長の柔和な笑みが俺を安心させてくれる。


 よかったぁ……胸の話してたのには気づかれてないみたいだ。


 大きく深呼吸して、ギュッと握りしめる。


「それでは始めます。だんだん強くしていきますから痛かったら言ってください」


 手のひらをそっと肩に当てる。


 上から下へとゆっくりゆっくり……。


「あっ……んんっ、ふぅ……んぁっ」


 ……まだ始めて1分も経ってないが!?


 グッグッと筋肉をほぐす準備段階で団長は艶かしい声を漏らす。


 くっ……! 惑わされるな!


 団長はただマッサージで気持ち良くなってるだけ。


 決して漏れ出る喘ぎも他意はないのだ。


 さらに指全体で肩まわりを押していくと彼女は過剰に体を震わせ始めた。


 そのせいで揺れるたわわな果実。


「ふんっ!」


 ちょっとでもいいから触りたい。


 そんな考えがよぎった瞬間、自分を殴った。


「んん? どうかしたの?」


「いえ、虫がいましたので。それよりも痛くないですか?」


「ちょうどいい感じです。ルーガくんの手は温かくて気持ちいいですね」


 団長のせいで興奮して体温上昇中なんです。


 それくらい察してください。


 あっ、でも興奮している事実がバレたら剣聖の道は閉ざされるのか。


 この世界、理不尽すぎる。


「あぁんっ……ひゃっ……んくぅっ……」


「ん゛ん゛っ!」


「はぁはぁ……すごく、気持ちいっ!」


「ああ゛っ!」


「……ルーガくん、大丈夫?」


「……すみません。虫がしつこいものでしたから」


「それならいいんだけど……あっ、次は腰も頼める?」


 軽い感じで告げて、彼女はソファに寝転がってしまう。


 そのせいでまた柔らかな横乳が丸見えだった。


 ……リオン団長はどうやら俺を舐めている。


 俺だって男なのだ。やるときはやるぞ。


「……団長」


「何ですか?」


「仕事に戻りましょう」


「もう少しだけ。もう少しだけだから」


 それ男側がよく言う台詞じゃない?


 とはいえ、主導権を握られていてはいつまでたっても状況は好転しない。


 ふぅ、と浅く息を吐く。覚悟を決めろ。


「……失礼を承知で言わせてもらいますが、団長」


「……?」


「――少々腹回りが太くなっている気が」


「仕事しよう! さっさと終わらせて今晩は自主練に付き合ってもらいます!」


 自席に戻り、次々と書類の山を片していく団長。


 当然太ってなどいない。今日も美しいくびれをキープされている。


 だが、主観的意見と客観的意見では後者の方が信じてしまいがちだ。


 特に普段から長い時間を共にしている異性に指摘されたらなおさら。


 すみません、団長。


 この罪は必ず償います。


「リオン団長。今度一緒に飲みに行きましょう。いくらでもおごります」


「ルーガくんの鬼! 悪魔! 魔王!」

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